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統一暦449年/創世救国暦4年、もし、そうであったのなら

 大神殿内部のとある部屋に女神教長老会の幹部たちが集まっていた。今後のディーシス国の方針を話し合う、いつもの会議の場だった。


 会議の出席者は高齢の男性が多くを占める。その中で、聖女一人だけが女性だった。


 聖女が出席していたとしても、それは形ばかりのものだ。女神教では、女性がこのような場で発言をすることは、ほとんどの場合許されていなかった。


 聖女の存在を大々的に公表し、同時に、ディーシス国の年号を創世救国暦と定めて数年が経つ。他国とのやり取りでは、帝国の定めた統一暦を使用することがどの国も多いが、ディーシス国内での公的な年号としては創世救国暦が使用されるようになっていた。


 大々的に国内に公表された、癒しの力をもつ神秘的な聖女という存在は、女神教の信者たちの信仰心を神殿に集め、聖女が表に立って国の方針を示すことで、神殿とそれを運営する長老会の求心力を高めていた。


 そんな風に聖女の影響力を利用しておきながら、長老会は聖女自身の意見を尊重するようなことはない。それが会議でのいつものことだった。


 今日の会議の議題は、レテの民をその住んでいる土地から追い出す、その方法についてだ。国を広げ、豊かな土地を収奪するための効果的な方法を議論していた。


「見せしめに、また村を消してしまえばよいのでは」


 出席者の一人がなんてことのないことのように、そう言いだす。


「ああ、以前もやりましたな。そう、何と言いましたかな、最初に見せしめにした、あの村」


「エミネンシアとか、そんな名前でしたっけ。あれはうまくいきましたなぁ」


 いつもと同じ服をまとった聖女が、そのベールの下で息を飲んだ。そのかすかな音は、会議の場で話をする男性たちの耳には入らなかったようだった。


「村人を全員殺して、あとは噂が広まるのを待てば、周囲の村から追い出していくのも簡単でしたなぁ」


 笑いまじりにその当時のことを男たちが話す声が部屋の中に響く。


「より惨たらしい方法で殺せば、反抗する気も起きんでしょう」


「そうですな。最近の奴らの行動は目に余る」


 そうして、人を殺す、村を滅ぼす計画が、その場で決められていく。


 聖女の力で守られた大神殿の中。安全な場所にいるものたちによって、すべてが決定されていった。


 聖女は何も言わず、うつむきがちに座っていた。


 机の下に隠れて誰にも見えないまま、膝の上に置かれた手が、かすかに震えているようだった。


 * * *


 会議後、一人部屋に残った聖女は、若い神官の青年に声をかけた。最近、聖女の側付きとして、このような会議の出席時に補佐をする役目のものとして配属された神官だった。


「話に出ていた、過去に消された村の資料をもらえるかしら」


「……何のためですか?」


 神官の青年が、少し警戒するような顔で聖女に聞き返す。側付きと言いながらも、その実態は長老会からの監視も兼ねているのかもしれなかった。


「同じようなことをこれからするのであれば、過去にどのようなことが行われて、どのような結果になったのかを知っておくのは必要なことでしょう?」


 ベールを身にまとってほとんどの時間を過ごす聖女の顔は、今もベールの下に隠れており、神官の青年からはどのような表情でその言葉を発したのかはわからなかった。


「承知しました。のちほど部屋にお持ちします」


「お願いね」


 聖女の説明に納得したのか、神官の青年は了承の言葉を返した。


 そうして聖女は部屋を出て行った。その足取りは、いつもと変わらず静かなものだった。


 * * *


 その日の夜。聖女は自室で一人、手にした書類を眺めていた。


 会議後に神官の青年に頼んでいた、過去の消された村々の資料だった。


 どのような計画が立てられ、どのような行為が実行され、それがどのような結果となったのか。計画書や報告書という形で記載された過去の出来事をたどる。


 最初に、対象とする村や町が選定された。


 女神教として、ディーシス国として獲得しておきたい土地。今後、国土を広げていく上で経済的に、政治的に価値のある土地。


 そして、その土地に合わせて、実行する内容が検討された。


 できる限り町のつくりや畑、果樹園をそのまま収奪したい土地の場合は、その土地に被害を出さないように。


 うまみのない土地は、他の村や町への脅しのために、徹底的に家屋を破壊し、畑や果樹園を焼き払い、住人を見せしめに残虐に殺害し、人の住めない土地へと変える。


 その結果、どうなったのか。


 地図から消された村の名前と、そこで殺害された人の数が羅列された資料に目を向ける。


 村の名前と数字が、何の飾りもなく並べられている。


「エミネンシア……」


 書類に書かれた、その村の名前を細い指がなぞる。


「覚えてもいないのね」


 どこか嘲るような響きでつぶやかれた言葉を拾うものはいない。


「……ただの道具のことなんて、気にすることもないのでしょうね」


 その視線の先、その指の先にある紙の上には、変えることのできない冷たい数字が並んでいた。




 * * *




 一つの集団と、もう一つの集団が争っていた。


 罵声と暴力、悲鳴と流血。


 どちらの集団も譲ることなく、いつしか互いが互いを滅ぼそうと、破滅的な手段を取り始めた。


 緑の大地に火が広がる。


 川に血と灰が流れ込む。


 そうして争い続けていたそのとき、空から大きな手が降りてきた。


 空の向こうにあるはずの腕の先が見えないその手は、その地で争っていた一方の集団をぐしゃりとその手で押し潰した。


 潰された集団の周りにいたものたちは、あるものは悲鳴を上げて逃げ惑い、あるものは呆然とその場に立ち尽くし、あるものは潰された誰かを助けようと、空から降りてきた大きな手と地面との隙間に手を伸ばしていた。


 それを見ていた潰されなかったもう一方の集団では、あるものは喝采を上げ、あるものは空から降りてきた手を警戒し、あるものは混乱している相手の集団へとさらに攻撃を加えようと武器を手に取った。


 大きな手は地面から離れると、今度はもう一方の集団の上へと移動し、またぐしゃりとその手で押し潰した。


 さっきまで喝采を上げていたはずの声が悲鳴とうめき声へと変わり、悲鳴を上げて逃げ惑っていたものたちが喝采を上げ始める。


 それらの悲鳴も喝采もそのままに、大きな手は再び地面を離れた。


 そうして、争っている二つの集団を巻き込んで、その周りの山も川も、その大きな手で地面からこそぎ取るようにして崩し去った。


 そのままぐるりと大きく手を回すと、すべてが混ざり合ったその地は大きな渦となった。


 いつしか悲鳴も喝采も、声は聞こえなくなっていて、どちらの集団の姿も、混ざり合ったその渦からは見つけられなくなっていた。


 大きな手は、粘性のある土色のその渦に手を沈めると、その土色の泥のようなものを手に握って渦から取り出し、びしゃりと地面に叩きつけるようにした。


 取り出された分だけ小さくなった渦の周りに、山ができ、谷ができた。大きな手が握り取ったときに零れ落ちたものは、小さな丘や台地になった。


 少し小さくなった渦に再び手を沈めると、今度は泥を掬い取るようにして取り出し、指を開きながら大きく手を振り、その地にばらまくように動かした。


 山にぶつかったものは川となり、跳んで弾けたものは湖になった。


 粘性のある泥のように見えるそれは、不思議と大きな手にこびりついて残るようなこともなく、きれいに落ちていく。


 また少し小さくなった渦の中に、今度は指だけを浸して、何かをつかむようにして取り出す。


 取り出された土の塊が、渦から少し離れた地面へと置かれていく。


 地面に置かれた土の塊は、少しすると表面が形作られ、血が通い、動き始める。


 大きな手は、一つ、また一つと、渦から土を取り出しては置いていく。


 置かれた土の塊は、山へ、川へ、と散らばり、活動を始める。


 そうして随分と小さくなった渦から、また一つ土の塊が取り出される。


 人の形をした土人形は、先ほどまでのものたちと同様に、少しすると表面が形作られ、血が通い、動き始めた。


 その姿は、争っていた二つの集団のどちらにも似ているようで、どちらとも違っていた。


 最後の一つが取り出されると、泥の渦はきれいになくなった。


 地面に置かれた最後の土人形も、血が通い、動けるようになると、先に動き始めた土人形たちの中に混ざり、それらの活動の中に入っていく。


 別々の集団に分かれることもなく、争い合うこともなく、生活が営まれる。


 空から降りてきた大きな手が空の向こうへと消えたあと、陽の光で明るいその土地には、少し前の二つの集団の争いが嘘だったかのように、平和で穏やかな姿しか見えなかった。




 * * *




 ぱちりと目を見開く。


 視界に映る空間は、白で統一された清潔感のある――だが、殺風景な――部屋だ。


「ああ……そう。……そうよね」


 上半身だけ起き上がり、両手で顔を覆う。


 普段は聖女の衣装の中に隠れている亜麻色の髪が、動きに合わせて背中を流れる。


 大神殿のある街を守るために常に流し続けている聖女としての力が、また少し減り、どこかで攻撃を受けたことを知る。


 減り続ける、この身に宿った力は、今もまた生命が喪われ続けていることを意味していた。


「……そうであったなら、どんなにか、よかったか」


 都合の良い存在がすべてを解決してくれる。


 そんな夢は、夢でしかなかった。


 ――夢の残滓は、ひどく苦かった。


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