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統一暦445年/レテ新暦316年、これが、答えか

 日々は過ぎ、ソラールは少年と青年の間の年頃になっていた。


 周囲の同年代の子どもは成長期で背が伸びている中で、ソラールはまだゆっくりとした成長だったが、父親に似ればきっとこれから背がぐっと高くなるだろうと考えていた。


 怪我によって見えなくなった左眼はそのままで、今では眼帯をして生活するのにも慣れたものだった。


 元々レテの民で構成されていた村には、少しずつ女神教の信者の人たちが移り住み、年々それらの家が増えてきていた。


 それに伴い、畑や果樹園の護衛だと言って女神教の信者たちの家々に雇われた帝国の傭兵たちの姿も村の中で見かけることが多くなっていた。


 住む人が増えるに従い、村も大きくなっていった結果、今では村と町の中間くらいの規模にはなっている。


 相変わらず帝国の傭兵たちの素行は悪く、たびたび問題が起きていたが、女神教の神殿の有力者が支援しているらしく、なかなか状況を変えることができずにいるようだった。


 大人たちが難しい顔をして話し合っていたそんな村の状況も、子どものころにはわからなかったが、今のソラールは少しずつ理解できるようになっていた。


 そんな村の日々で最近の悩み事と言えば、レテの民の家や畑の土地について、女神教の神殿関係者たちがその土地を売ってほしいと話をもってくるようになったことだった。


 それなりに高額の条件を提示されていたこともあり、別の町に移り住む事情があった村人の中には家や畑を売ったものもいたようだ。


 とはいえ、先祖代々引き継いできた土地を売るものは多くはなく、女神教の神殿関係者は、次第に帝国の傭兵たちを引き連れて脅しのように家々を訪問してくるような出来事も起きていた。


 ソラールの家もその一つだったが、もちろん家を売って出ていくようなことは断っていた。




 * * *




「おい、もうそろそろ準備に帰った方がいいんじゃないか?」


 父親から声をかけられ、ソラールは顔を上げる。


「ん。そうだね。じゃ、いってくる」


「ああ。気を付けてな」


 今日は隣の村の親戚のところに届け物をしに行く予定だった。少し距離があるため、行商の荷車に途中まで乗せてもらい、向こうで一泊して明日に帰って来るというそんな予定になっていた。


 届ける予定の荷物はそれほどかさばるものでもなく、一人で運べるくらいの大きさということもあり、ソラールももう大きくなったことだしと、両親から頼まれてソラールが一人で届けに行くことになっていた。


 出かけるまでまだ時間があるからと父親の畑仕事を手伝っていたのだが、気付けば時間が経っていたらしい。急いで道具を片付けて家へと戻る。


 その途中の道で、知り合いに話しかけられた。


「よう。ソラール、急いでんのか」


「うん。用事があって」


「なあ、ちょっとだけ、見て行かないか。うちの娘かわいいんだぜ」


 声をかけてきたのは知り合いの男性、フェルティルだった。彼のところに最近子どもが生まれたという話は聞いていた。


 子ども自慢をされると話が長くなりそうだし、断って立ち去ろうとしたのだが、フェルティルの呼びかけに答えて赤ちゃんを抱いて家から出てきた女性、妻のアンシアの姿を見て、なんとなく立ち去りそびれる。


「かわいいだろ」


「そうだね」


 小さな姿が腕の中で静かに眠っている様子を見つめる。


「ラスピージャって名前にしたんだ」


「ふーん」


 そういえば、どんな名前にしようかと悩んでいる姿を、この子が生まれる前のしばらくの間、見かけていたのだった。


「抱っこしてみる?」


「えっ……いや、畑で汚れてるし、やめとく」


 優しい笑顔で聞いてきたアンシアに提案されたが、土で汚れた自分の格好を思い出して断る。


「うーん。そっか。じゃあ、また今度な。遊びに来てくれよ」


「うん。じゃ、またね」


 手を振って別れる。若い夫婦は腕に抱いた赤子を見つめながら、ゆったりと話をしているようだった。


 幸せそうな姿を見て、なんとなくあったかい気持ちになりながら、村の中を家に向かって歩みを進める。


 その道の途中でまた村の知り合いに話しかけられる。


「おう、坊主。暇なら、うちのガキと遊んでやってくれねぇか」


「ごめん。今日は、隣の村まで行く用事があるんだ」


 家の前の道に出て子どもと遊んでいた近所のおじさんであるエレロに話しかけられる。


「え~。兄ちゃん遊ぼうよー」


「ごめんな。明日の夕方には帰って来れるだろうから……明後日なら」


「うー……わかった。約束だよ?」


「ああ」


 近所に住んでいることもあり、時折一緒に遊んでいるからか、懐いている少年のベルデにねだられ、帰ってきてから遊ぶ約束をする。


「よろしく頼むな。隣の村まで一人か? 気を付けて行けよ」


「うん。じゃあ」


 エレロとあいさつを交わし、別れる。少し歩いたところで後ろからベルデの大きな声が聞こえた。


「約束だからねー!」


 振り返ってみれば、ベルデがこちらに大きく手を振っていた。軽く手を上げてそれに応え、また家へと帰る道を歩む。


 * * *


 そうして帰り着いた家で、母親に隣の村までもっていく荷物と道中食べるようにと軽食を持たされ、家を出る。


 話を通していた行商の人の荷車に乗せてもらい、村を出た。


 隣の村までの道中は特に何の問題もなかった。途中で荷車を降り、お礼を言って行商の人と別れる。しばらく歩けば隣の村に到着した。


 この隣の村とは毎年合同でお祭りをすることもあり、何度か来たことのある場所だった。


 レテの民というのは、歴史をたどれば元々は遊牧民族であり、部族単位で定住するようになったのが今ある村や町の起源だと言われている。


 定住するようになってからも緩やかにつながっていた部族をもとにした集団が、帝国という大きな勢力に対抗するために連合して国となったのがレテス国だった。


 そんな成り立ちをしているレテス国の村や町であるが、ソラールの住む村と親戚たちの住むこの隣村は、他の土地よりも雨が少なく、農業には少し厳しい土地だということもあり、昔から互いに協力し合って生活してきたらしい。


 そういうわけで、二つの村合同でのお祭りがあったり、親戚がいるなどでお互いに頻繁に行き来があったりと、二つの村はつながりの深い土地だった。


 見知った隣村の中を進み、道に迷うこともなく親戚の家にたどり着くと、荷物を渡す。


 親戚の家に一晩泊めてもらう中で聞いた話では、この村でも女神教の神殿関係者たちがレテの民の家々を訪問しては、土地を売ってほしいと言ってきているらしい。


 帝国の傭兵たちによる嫌がらせのようなものも起きているらしく、対応に苦慮しているとの話だった。


 お互いの村の情報交換をして、物騒だから帰りは気をつけろよ、と心配され、翌日親戚たちに見送られて村を出た。




 * * *




 帰り道も行きと同じように途中まで行商の荷車に乗せてもらうことができた。


 途中で降りて別れたあと、村までの道をのんびりと歩く。少し早めに出たから、時間には余裕があった。


 そうして歩いていると、もう、すぐ向こうに、村の入り口が見えるところまで来ていた。


 慣れた帰り道。常と同じはずのその道を歩きながら、ふと焼けたにおいが鼻についた。


 畑で何かを燃やすような、そんな季節でもないはずなのに、何かが焼けたときのにおいが辺りに漂っていた。


 ソラールは、その匂いに顔をしかめると、歩みを急がせた。胸騒ぎのようなものがした。


 速足で歩を進める。村に近づくほどに何かが焼けたような、その鼻につくにおいは強まるようだった。


 嫌な予感はますます強くなって、半ば駆け込むようにして村に入る。


 いつもなら、そこかしこに知り合いがいるであろう時間であるにもかかわらず、村の中に人影は見られなかった。


 煙の上がる家々と、道に散乱するガラスの破片。昨日に発ったばかりのはずのその場所は、同じ村とは思えない様子が広がっていた。


 開け放されたドアから、家の中を覗き込む。


 ドアから入る光で見えた先の部屋の中に人は見つからず、薄暗い部屋の中には赤黒い液体が床に広がっているのが見えるだけだった。


 歩みを進めれば、焼けて崩れてしまった家もある。


 焼けていない家を見つけ、その中に声をかけながら入ってみる。


 応えるものはおらず、部屋の中には人だったはずの身体が血にまみれた状態で床に倒れていた。


 血を失い冷たくなった身体は、一目見ただけでもう息をしていないことがわかった。


 焼け焦げたにおいの漂う村の中で歩みを進める。


 知り合いの家を覗いては、生きている人には会えずに村の中を通っていく。


 誰にも会えないまま進んだ先。村の外れには、大きな穴があった。


 見覚えのないその穴は、大きな長方形のような形をしていて、長辺は村の入り口の端から端までの長さにも近いように見えた。


 村中に漂っていた焼け焦げたにおいは、この場所で一際強く存在を主張していた。


 暗い色の土に囲まれ、身長ほどの深さのあるその大きな穴の中には、折り重なるように焼け焦げた人の身体があった。




「ああ……ああ……」


 ベルデと遊ぶと約束していたのに。


 笑顔で約束だと言っていた。元気に手を振って見送ってくれた。



 くずおれ、膝をつく。握りしめた土は血が染みて赤黒く染まっていた。




「ああ……」


 ラスピージャ。あの小さな子は、まだ生まれたばかりだったのに。


 フェルティルも、アンシアも、この先の日々を幸せそうに話していたのに。



 ぽたりと手に落ちた水滴が滲んだ。


 土に落ちた水滴は、血と混じってその場所の土の色をさらに暗くした。




 父さん。母さん。


 知り合いばかりの村の人々の名前が次々と思い浮かぶ。



 帰って来たときには会えると思っていた。



 この先も笑い合えると思っていた。



 明日も、明後日も、その先も、生きているのだと当たり前のように信じていた。




 その存在が、こんなにも簡単に失われるのか。




「ああ……そうか。これが……お前らの、答えか」


 かすれて低くしゃがれた声で宙を見上げ吐き出す。




 その言葉の届く相手はいなかった。


 だが、それでいいのだ。


 これは自分への誓いなのだから。


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