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統一暦438年/レテ新暦309年、いつかの別れ

 ソラールがルーナと出会ってから、もう一年は過ぎていた。


 ルーナはすぐに村の他の子どもとも仲良くなって、今ではソラールと一緒でなくても村の子どもたちと楽しく遊んでいるようだった。


 ソラールの方は、ルーナとは少し年が離れているということもあり、最近ではなんとなくルーナと一緒には遊ばなくなっていた。


 同年代の子どもたちが、なんとなく男女で分かれて遊ぶようになってきていたこともあり、同年代の同性の友だちと遊ぶ方が多くなっていた。


「あ! またやったな!」


 空き地で男友だち数人で集まってボール遊びをしていたのだが、一人の蹴ったボールが空き地の外まで出て行ってしまった。


 今日もう何度目かのことだった。


「悪い!」


「あははっ。へったくそ~」


 ボールが出て行ったところに一番近かったのがソラールだったため、そのまま取りに行く。


 一緒に遊んでいた友だちは、ボールを外に出してしまった友だちの背を叩いて笑っていた。


 空き地から出て、転がっていったボールの行き先を探す。


 最近では住む人が増えたとはいえ、空き地の周囲はまだ隣接する家はない状態だった。


 だからこそ、こうやってボールが飛んで行っても人の家のものを壊してしまったのではないかという心配をせずに済んでいる。


 転がっていったボールは人の足に止められ、その人が手に取った。


「すみません。そのボール、僕たちので……」


 そこまで駆けて行って声をかける。


 ボールを拾ったのは、最近この村に増えてきた帝国の傭兵らしき人だった。


 帝国の傭兵は、この村に住む女神教の信者たちの畑や果樹園の警備に来ているらしい。


 女神教の信者――ルーナの家もその一つだ――の人たちは、同じ村にいるソラールたちレテの民と特に争いもなく過ごしているのだが、この帝国の傭兵だという人たちは何かと素行が悪いという話だった。


 あまり近寄らないようにと大人たちに言われていた相手とはいえ、ボールを受け取る必要があり、相手の近くまで行って見上げる。


 相手は二人組の若い男だった。ボールを手に取った方が、手元で投げて遊びながらニヤニヤともう一人と笑い合い、こちらを見下ろす。


「なーにー? このボール、欲しいの?」


「俺たちが拾ったから、俺たちのだよなー」


「なっ……僕たちのです! 返してください!」


 ニヤニヤと笑いながら言われた言葉に言い返し、ボールを返してもらおうと手を伸ばす。


「おっと……ははっ。返して欲しいなら、取ってみな」


「っ……返してください」


 ポンポンと手元でボールを投げ上げながら言われた挑発には乗らず、手を差し出したまま言いつのる。


「やーだね。ほら、取り返してみなよ」


「ほらほら、取れないのか?」


 ソラールの後ろに回ったもう一人との間でボールが投げ渡され、目の前でボールが往復する。


「くっ……返、せっ……」


 ソラールの手の届かない高さにボールが投げ上げられるため、受け止めるところを狙って取りに行くしかない。


「ぐっ……」


「おっと。悪いな。手が滑っちまった」


 ようやくボールを取り返せたところで、顔面を拳で殴られる。そのまま、うずくまったところを蹴り上げられた。


「そんなところにしゃがんでると邪魔だろ~。ボールと間違えて蹴っちまう」


 ゲラゲラと笑いながら蹴られ、ようやく取り返せたボールを守るように体を丸める。


「はっ。生意気な目だな」


「っ……」


 前髪をつかまれて顔を上げさせられると、わざと目を狙って殴られた。


「おい。その辺にしとけ。あんまりやりすぎるとまずいぞ」


「へいへい。じゃーな」


 何度も殴り続けたその場所をもう一度殴ったあと、二人組は立ち去った。


 どうにか守り切ったボールを抱えたままうずくまる。殴られ続けた左眼は開けなくなっていた。




 * * *




 そのあとは、空き地で待っていた友だちのところに戻り、ボールの持ち主である友だちの一人にボールを返した。


 怪我を心配する友人たちに付き添われて家に帰り着いたあと、怪我に驚いた両親によって病院に連れて行かれたが、左眼はもう見えないままだろうという話だった。


 ソラールから詳細を聞いた両親が、帝国の傭兵を管理している組織に抗議をしに行ったが、あの二人はあのあとすぐにこの地を離れたようで、そうなってしまうとできる処分はないという回答しか来なかった。


 両親の話を漏れ聞いた限りでは、帝国の傭兵たちはそのような事件をたびたび起こしては、今回のように表沙汰になる前に別の地に行くことでうやむやにすることを繰り返しているようだった。




 * * *




「はあ……つまんないな」


 その日、ソラールは、まだ怪我が治りきっていないため空き地でみんなと遊ぶこともできず、とはいえ天気のいい日に家の中にこもっているというのも性に合わず、やることもないままなんとなく家の外に出て来ていた。


「それ、どうしたの?」


 そうしてうつむいて歩いていると、透き通るような声で話しかけられ、びっくりして顔を上げる。


 目の前にはルーナがいた。村の子どもたちと同じように遊んでいるはずなのに、相変わらず透き通るような肌をしている。


 彼女も少し背が伸びたとはいえ、まだソラールの方が背が高く、こちらを見上げるようにしていた。


 しばらく一緒に遊んでいなかったからか、ソラールの怪我の話を聞いていなかったのだろう。はちみつ色の瞳が心配そうに陰って、ソラールの左眼を覆う眼帯を見つめていた。


「ん……ああ、ちょっと怪我して」


 なすすべもなく殴られてしまったことを格好悪く感じて、曖昧に言葉を濁す。


「……痛い?」


「ん、まあ、ちょっと、な」


 ぎゅっと眉を寄せて心配そうな顔をする少女に嘘をつくことはできず、そうは言っても心配させるようなことを言うわけにもいかず、どちらとも取れる言葉を返す。


 実際は、殴られて見えなくなった左眼も、蹴られた身体も、まだズキズキと痛むことがあった。


「痛くなくなるおまじない、してあげる」


「……ありがと」


 まだ幼い少女の精一杯の申し出を受け入れる。その優しさに少しだけ笑みがこぼれた。


「女神様、女神様。ソラールはとってもいい子だから、痛い痛いケガは治してあげてください。お願いします」


 女神教のおまじないなのか、手を伸ばしてソラールの頬に両手を当てたルーナが、瞳を閉じて歌うように言う。


「どう? 痛いの、よくなった?」


「ああ。ありがとう」


 ぱっと両手を離して目を開いた少女に期待するような目を向けられ、その優しさにくすぐったい気持ちになりながら言葉を返す。


「女神様がきっときれいに治してくれるよ」


「ん、ルーナのおかげだな」


「……えへへ」


 照れたように笑う少女に笑顔を返す。気のせいか、ずっと感じていたズキズキとした痛みがなくなっていた。




 * * *




 その日の朝は、なんだか村中の空気が騒がしいように感じた。


 ソラールの両親もなんとなく不安そうな厳しい顔をしていた。


 朝食の席で、そんな両親の顔を見ながら、何かあったのだろうかと内心首をかしげていると、朝食が終わったあとに話があった。


 なんでも、ルーナの家に強盗が入ったのだという。部屋が荒らされていたという話で、詳しくは話してもらえなかったが、ルーナの両親も亡くなったらしい。


 ルーナの居た部屋は気付かれなかったのか、ルーナは無事だったということだ。


「つらいだろうから、会ったときには優しくしてあげなさい」


「……うん」


 母親から言われた言葉にうなずく。


 最近はあまり遊ばなくなったとはいえ、近所に住んでいれば顔を合わせることもある。


 何かあれば気にかけてあげよう、と、そう思っていた。


 だが、その日がやって来ることはなかった。


 あとから聞いた話では、その日のうちに女神教の神殿関係者がルーナを引き取って行ったらしい。


 気付いたときにはルーナは村からいなくなっていて、ルーナの家族が住んでいた家は空き家になっていた。


 ルーナの両親が育てていた庭の草花だけが、そこに住む人がいなくなったあとも、変わらず葉を茂らせ、花を咲かせていた。


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