統一暦453年/創世救国暦8年、報いは、受けなければならない
その日、ディーシス国の首都ジャヌーラの大神殿の奥にある一室で、ベールをまとった人影が窓際で外を眺めていた。
白を基調とした清潔感のある部屋だが、物は少なく、殺風景で生活感のない空間だった。
人影は顔を隠すベールと、髪をすっぽり覆う衣装を身に着けており、髪の色も顔もわからない姿だったが、華奢な体躯から女性であるように見えた。
ふと、その女性は部屋の入口へと顔を向ける。廊下の先から、慌ただしい空気が部屋の中に伝わって来ていた。
夜に予定されていた定例の会議の時間にはまだ早く、人の動きが活発になるような時間ではないはずだ。
そうしているうちにバタバタと人が部屋へと駆け込んでくる。
「――聖女様。プラジャの町の神殿に攻撃があったとの知らせがありました。定例の会議を繰り上げて対応を話し合うので、出席をとのことです」
「そう。わかったわ」
入室して礼をとった神官からの言葉に聖女と呼ばれた女性が返事をすると、他に伝えに行くのか神官は部屋を退出していった。
再び一人になった部屋の中で、聖女は窓から離れ、部屋の入口へと歩みを進める。
会議の行われる場所へと向かうために、部屋を出て行った。
* * *
部屋の中には、どこか興奮したような空気が漂っていた。
大神殿内で行われる女神教の長老会による定例の会議の場は、少し前に入った報せ――プラジャの町で起きた襲撃への対応を話し合うための場となっていた。
海に近いプラジャの町は、国外――特に少し離れた島国との貿易のための町として経済的に重要な土地だった。
「徹底的に痛めつけるべきだろう。プラジャの町だけじゃない。奴らが拠点としている町すべてを滅ぼすべきだ」
「いや、まずはプラジャの軍事施設を取り戻すのが先だ。まだ取り返せていないのだろう」
会議の場で口を開くものは皆、好戦的な発言ばかりだ。
現在の長老会の主流派は領土を広げることに積極的で、そのためには攻撃的な手段も採用するような好戦的な派閥だった。そして、帝国との取引によって帝国の傭兵を戦闘に大量に投入できるようになってからは、その傾向がさらに増していた。
「――軍事施設の奪還のため、駐留している傭兵を使って攻撃を加えましたが、取り戻せず……攻撃の余波で近隣の神殿に被害が出ています」
当初の報告では、プラジャの町の神殿にレテの民の武装集団からの攻撃があったという話だったが、実際は軍事施設への攻撃であり、神殿への被害は女神教側からの反撃に巻き込まれてのものだった。
だが、神殿への被害の報告があっても、それを重く受け止めるものは、この場にはいないようだった。
「多少の被害はやむを得ん……いや、そうだ。それも奴らがやったことにしてしまえばいい」
「おお、それはいい。奴らの攻撃で出た被害ということにすれば、多少過激なことをしても問題ないだろう」
「国内の新聞も、帝国の新聞も、押さえておりますしな。いつも通り、こちらの指示通りに書かせれば、国民の反発も出ないでしょう」
悪辣な話が、どこかにこやかな表情で交わされる。話をしているものたちにとっては、何の抵抗も覚えない平常の話だった。
「――では、聖女様もそれでよろしいかな?」
「……ええ」
会議の最後。話が終わるころになってから、出席していた一人がその場にいた聖女に対して、取ってつけたように尋ねる。
ずっと何も言わず、会議の場にいた聖女は、静かにうなずいた。
「では、いつもの通りに」
そうして会議は終わった。
会議の場で決まったことは、ディーシス国の国民――女神教の信者たちに対しては、聖女が決めたこととして知らされるのだ。
定期的に地方の神殿を訪れては、その力で病気や怪我をした人々を癒す聖女は、国民の多くに信頼を寄せられており、聖女のことを信じる国民は、聖女様の言うことであればと、国の方針を支持するものが大半だった。
* * *
会議が終わったあと。その日の夜。聖女は一人、白い殺風景な自室にいた。
「――報いは、受けなければならない」
ベールの下の声を、窓から吹き抜ける風がさらっていった。
その言葉は誰にも届かなかった。