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統一暦438年/創世救国暦 前8年、あの日の別れ

 幼少期、少女は、とある小さな村に住んでいた。その村に来る前には別の場所に住んでいたらしいのだが、そのころのことはあまりよく覚えていなくて、村に来てからのことの方がよく覚えていた。


 その村で住んでいた家の近くには黒髪に青空色の瞳の少年が住んでいて、少女にとってはその少年が、その村に来て初めて会った、自分と近い年齢の子どもだった。


 村に来て一年も経つころには少女も村の子どもたちになじんでいて、少し年の離れた青空色の瞳の少年とはあまり一緒に遊ばなくなっていた。


 それでも、少女にとってその少年は、兄のような、友だちのような、近くで遊んでいるとなんとなく目で追ってしまうような、少し特別な存在だった。




 * * *




 そんなある日、少女は村の中で、疲れたように座り込む老人を見かけた。


 小さな村のため、たいていの人は知り合いだから、見たことのない姿をしたこの人はきっと村の外の人なのだろう。


「おじいさん、どうしたの?」


 近寄って声をかける。困っている人は助けてあげなさいと両親に言われていた。


「ん? ああ、少し休んでいるんだよ。もう年だから足を痛めていてね」


「足、痛いの? 痛くなくなるおまじない、する?」


 いつもは人見知りをしてしまってこんなに話すことはできない少女だったが、今日はさっき、青空色の瞳の少年に会ったところだった。


 怪我をしていた少年におまじないをして喜んでもらえた嬉しさが、老人に声をかける勇気を少女に与えていた。


「おお、そうかい。それはうれしいねぇ」


 老人も破顔して答える。


「女神様、女神様。おじいさんの痛い痛いケガは治してあげてください。お願いします」


 老人に了承を得た少女は、その痛めているという足に触れ、おまじないの言葉を唱えた。


「おお……これは……」


「どう? まだ痛い?」


「いいや。随分とよくなったよ。ありがとうなぁ」


「よかった!」


 少し驚いた顔をしていた老人だったが、にっこりと笑って返された言葉に少女も笑顔になった。


「じゃあ、おじいさん、お大事にね!」


「ああ。お嬢さんも、女神様の加護がありますように」


 少女は少し大人ぶって、両親が怪我や病気をした人にかけている言葉を使ってみた。そして、そのまま家に帰ることにした。


 老人も女神教の信者なのか、加護を祈る言葉で返してくれた。


 いいことをしたという満足感と喜んでもらえた嬉しさで飛び跳ねるように歩く少女の後ろ姿を、老人がじっと見つめていた。




 * * *




 それからしばらくして、家に女神教の神殿関係者を名乗る人たちが訪ねて来るようになった。


 いつも両親が対応していたため、その訪問客に少女が会うことはなく、直接詳しい話を知ることはなかったが、神殿が少女を引き取りたいと言っているとのことだった。


 なんでも、少女には女神様の加護で与えられた力があるのだそうだ。


 そんな不思議な力なんてないのにね、と、困ったように母と少女は顔を見合わせて笑い合った。



 * * *




 そうしたちょっと困った出来事は続いていたが、いつもの日々を過ごしていたある日の朝、少女は不思議と静かな家で目を覚ました。


 夜が長く寒い季節の今は、日が昇るのが遅い。それでも窓の外がうっすら明るくなっている、そんな時間だった。


 起きるのが遅くなれば母が起こしに来てくれるだろうが、自然と目が覚めたため、少女はそのまま起きることにした。


 いつもは少女が起きるころには両親が家の中を動き回っている空気が伝わって来るのに、今日はそんな雰囲気もせず、奇妙なくらいに静かな空気が家を満たしていた。


 普段、みんなでご飯を食べる部屋へと足を踏み入れる。いつもなら明かりがついているのに、まだ両親は起きてきていないのか、明かりはついておらず、薄暗い。


「なに、これ……?」


 カーテンが半分だけ開き、少しだけ外の光が入っていたため、明かりがついていない中でも部屋の様子がぼんやりと見て取れた。


 椅子が倒れ、物があちこちに散乱している。もう少し明るければ床に土足で踏み荒らされた跡が残っているのも見えただろう。


 そんな荒れた部屋の中で、倒れている人影が見えた。


「おとうさん……!?」


 少し大きな父親らしき人影に駆け寄ろうとして、近くまでたどり着いたところでべしゃりと足を滑らせて転ぶ。


 床にぬめった液体が広がっていた。それで足を滑らせたらしい。


「お、とう、さん……? おかあ、さん……?」


 父の体は母を守るように抱きしめていた。


 転んだ状態から身を起こし、手を伸ばせばすぐに触れられる場所にその身体があるのに、触れられずにいた。


 触れてしまえば、信じたくないそれが、本当のことになるようで、少女は震える手を伸ばしたまま、動かない身体をじっと見つめていた。




 * * *




 そのあとのことは、あまり覚えていない。


 気付けば白い殺風景な部屋で生活していて、聖女になるための修行だという行為を言われるがまま繰り返す日々だった。


 ようやく身の回りのことに意識が向くようになって知ったことだが、両親が亡くなったあと神殿に引き取られ、あの村から遠く離れた大神殿のあるこの街に来たらしい。


 幼い少女には、住んでいたあの村に帰る方法もわからず、たとえ帰れたとしても頼るものもいなかった。


 だから、今いるこの場所で、大神殿の神官たちが言うままに、聖女になるための修行の日々を過ごすしかなかった。


 それがどういうことを意味するのかもわからないまま。


 言い伝えられている聖女の奇跡と呼ばれるものをできるようになるために、その聖女が行っていたという修練をまねた行為を繰り返す。


 聖女になるための修行にはつらいものも多かったが、少しずつその力というものを使えるようになっていた。


 はじめは女神様のおまじないの言葉を口にしないとできず、できても少しだけ痛みを和らげたり傷を治したりすることしかできなかった治癒の力が、手を触れて心の内で祈るだけである程度の傷を治療することができるまでになっていた。


 一つできるようになると、神殿の神官たちは言い伝えは本当だったと言い合って、他にも言い伝えられている聖女の力を使えるようになるようにと、少女に厳しい修行の日々を送らせるようになった。


 病気や怪我を治す力。一定時間、身体を保護する力や強化する力。特定の場所を少しの間だけ衝撃から保護する力。


 少しずつ、できることが増えていった。使う力の強さも自分で制御できるようになっていった。


 少女の力が使えることが分かった神殿の神官たちは、今度は少女に毎日、人の治療をさせるようになった。


 治療が必要だとして神殿で引き合わされる相手は身なりの良いものが多く、その治療をすると、感謝したその人たちは神殿にいっそうの寄付をしているようだった。


 神秘性を増すためにか、治療のときには決まった衣装を着せられ、顔を隠すベールを身に着けさせられた。


 ベールの内側からは周りの様子も見えていたが、外からは見えないようで、治療をしている少女の顔は、治療を受けている人たちに知られることはなかった。


 そうして少女は「聖女」と呼ばれる存在としてつくられていった。


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