統一暦453年/レテ新暦324年、そんな日が来ることは
※本作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件には一切関係ありません。
※残酷描写があります。暴力行為の描写や人が亡くなる描写などが苦手な方はお気をつけください。
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女神教の神殿に銃撃 レテの民の武装集団の襲撃か
ディーシス国北東部にある女神教の神殿に銃撃が行われた。
当時、神殿内では女神教の信者約五〇〇名が集会をしており、銃撃による死傷者は三〇〇名を超えるとみられる。
銃撃はレテの民の過激派武装集団によるものとみられ――。
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女神教長老会「攻撃に屈することはない」
昨日夕刻に起きたディーシス国北東部、プラジャの町の女神教の神殿への銃撃について、女神教の長老会が会見を行った。
長老会幹部のアギラ・カランサは、銃撃による犠牲者を悼む言葉を述べながらも、攻撃を首謀したとみられるレテの民の武装集団に対して「どのような攻撃が行われようと、女神教はそのような脅しに屈することはない」と断言し――。
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レテの民の居住区 女神教の報復攻撃による被害 死者一〇〇〇名超か
レテの民の武装集団と女神教軍事部との衝突は今もなお続き、双方の死者は一〇〇〇名を超えるとみられる。
ディーシス国北東部、プラジャの町にある女神教の神殿に対するレテの民の武装集団による銃撃に端を発した今回の衝突は、女神教軍事部によるレテの民の居住区への報復攻撃によりさらに死傷者が増える見込みだ。
女神教軍事部は今回の攻撃に関して――。
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「――ったく。どいつもこいつも好き勝手言いやがって」
黒髪の男が大きな舌打ちをしながら、読んでいた新聞をばさりとテーブルの上に放る。テーブルには複数の新聞が広げられていた。
左眼の眼帯が特徴的な男だ。年若いように見えるが、眼帯とその険しい表情が幾分、年上のように見せていた。眼帯に覆われていない右眼は青空色をしており、その目は薄暗い部屋の中で明かりを反射して光っていた。
「いつものことだろ~。帝国の新聞はどこも女神教寄りなんだから」
テーブルから少し離れた壁際に寄りかかっていた男性が軽い口調で言う。少しくすんだ色の茶髪に茶色の目をしており、どこにでもいるような男だった。
街中で簡単に人混みに溶け込めそうな、特徴らしい特徴がない容貌をしており、若者と言われても中年と言われても違和感のない年齢不詳の雰囲気をまとっていた。
二人がいるのは数人が入れる程度のそれほど大きくない部屋で、入り口から反対側の部屋の奥に黒髪の男が新聞を広げているテーブルがある。
殺風景な部屋で、物はほとんどない。テーブルの近く、茶髪の男がいるのとは反対の壁際には、傾いた棚が置いてあった。
窓は塞がれており、光源は天井にある小さい明かりのみのため、部屋全体が薄暗く、明かりの届かない部屋の隅は暗くなっていた。
「はーーっ。……状況は?」
大きくため息を吐いた眼帯の男が、気持ちを切り替えるようにして茶髪の男に話しかける。
「奇襲になった分、向こうに損害も与えられたけど、こっちの被害もそれなりに出てる。特に……入りたての奴らが先走ったから、民間人の被害が大きい」
「あー……ったく。こっちの情報操作の努力が水の泡だぞ。相変わらず新聞は向こう寄りのことしか書かねぇし」
ガシガシと乱暴に頭を掻きながら、眼帯の男が顔をしかめた。
「まー、しょーがないんじゃね。予定通りやったとしても、帝国側の協力者がこっちの要望通りにする保証もないんだし」
「そりゃな……こう、何度も反故にされてれば、期待できないのも理解しているが……」
「そうそう。ま、攻撃自体は成功したんだし、ほら、今後の対応考えないと」
「向こうからの攻撃への対応と……離反対策か」
眼帯の男はテーブルの上の紙面を見つめ、腕組みをして難しい顔をした。
「ああ。おそらく、今までと同様に物資の供給網の切断と爆撃が続くだろうから……長引くほど不満がこっちに向くだろうなー」
茶髪の男も腕組みをしてそう言うと、壁にもたれかかったまま天井を向き、ふうっと息を吐いた。
「民間人の被害が大きくなった分、不満の矛先がこっちに向くのも早いだろうな」
「そのための根回しだったのにねー」
「言うな。やっちまったもんは仕方ねぇ。……不満を拾い切れてなかった俺の読みが甘かった」
「はいはい。反省はあとあと。で、どうする?」
眼帯の男が難しい顔のまま、ぼそりとこぼした声に、茶髪の男が軽く返して話を続ける。
「はあっ。……こうなったら、短期決戦で徹底的にやるしかねぇだろ」
「ははっ。ソラールなら、そう言うと思った。じゃあ、まー、行きますかー」
ギラリと片目を光らせた黒髪の男を見て軽く笑った茶髪の男は、もたれていた壁から背を離して部屋の入口へとくるりと身体の向きを変えた。
「ああ……ベルドール」
ソラールと呼ばれた眼帯の男は、部屋を出ていこうとしていた茶髪の男に声をかける。そして、振り向いた茶髪の男、ベルドールを見つめて口を開くが、思い直したように首を振った。
「……いや、何でもない」
「なんだ? ……死ぬな、なーんて言うなよ?」
「そんなこと言わねーよ……死ぬ覚悟のない奴なんか、ここにはいねぇだろ」
「ははっ。違いねぇ。先、行ってるぞ」
「ああ」
ひらひらと片手を振り、ベルドールは部屋を出て行った。
ソラールもテーブルの上に広げていた新聞を軽く片付ける。
「この国で、死ぬ覚悟をしなくても生きられる日は――」
一人きりの部屋で口に出した言葉を途切れさせると、ふっと自嘲気味に笑って首を振る。
そのまま立ち上がると、部屋を横切り、扉へと向かった。
眼帯で片側の視界が欠けていることを感じさせないその歩みは慣れたもので、眼帯での生活が長いことをうかがわせた。