第6章 悪役令嬢の演技
(辺境伯の娘アスティリア視点)
私達は四阿を出て、先ほど五人でお茶を飲んだ最初の場所に向かって歩き出した。
そして国王陛下夫妻やお母様の姿が見えた時、私は名残り惜しく思いながらも、王太子殿下の手を離して彼にこう言った。
「ブリトリアン殿下、貴方がご両親の代わりに罪を償う必要はありません。これだけは忘れないで下さい。
もし罪を償うべき人がいるとしたら、それは罪を犯した本人でないと意味がありませんから。
殿下がこれからすべきことは、過去を正しく知り、それを未来に活かすことだと思います。生意気なことを申し上げて申し訳ないのですが」
と。
すると殿下は小さく頷いた。
テーブル席に戻ってくると、国王陛下が先ほどよりさらに覇気がなくなり、落ち込んだ様子で椅子に凭れていた。王妃殿下は相変わらず静かに微笑んでいたが。
そして、お母様はというと、相変わらずアルカイックスマイルを浮かべていた。
こっちはどんな会話をしていたのかなあ、とふと陛下の方を見ると、なんと陛下は私から目をそらした。
あの様子だと私達のさっきの会話を盗み聞きしていたわね。王家には盗聴する魔道具というものがあると、お父様の友人であるオークウット公爵が言っていたわ。
因みにオークウット公爵は国王陛下の三歳年上の従兄らしい。そう言えば瞳は水色の単色だけれど、髪の毛は国王陛下と同じ金銀メッシュだわ。その息子であるディズベル公子様も。
二人とも優れた容姿をしているけれど、やはり陛下と殿下親子と比べると、華やかさに欠けるわね。
まあそれはともかく、私の辛辣であけすけな話を聞いていたのなら、陛下はかなりの衝撃を受けたでしょうね。
まあ同情はしないけれど。誓約書作っておいて本当に良かったわ。
それに、これでこっちから何も言わなくても、さすがに陛下もご自分で息子にあの話をされることでしょう。
だって、陛下しか説明できる人がいないのだもの。前国王陛下夫妻は既に鬼籍に入られているし。
陛下が息子になかなか真実を伝えられずにいた理由は分かるわ。タイミングが容易に見つけられなかったであろうことは、子供の私でも理解できるし。
あんな話を平気の平左で子供に話せる図太い神経の持ち主なんて、うちの母親くらいよ、きっと。
陛下は確かに加害者だったけれど、それと同時に被害者でもあった。だから心のバランスを保つことがとても難しかっただろうし、辛かっただろうなと少しだけ同情する。
でも、このまま隠し通そうとしたら、王太子殿下の未来は暗雲だらけになるわよ。
敵が誰なのか、自分が周りから本当はどう思われているのか知らないままじゃ、いつ足を掬われるかわかったものじゃない。敵情視察、情報収集は戦闘準備の必須でしょ?
私とオークウット公爵令息との婚約を邪魔した件だって、王太子殿下ったら、陛下の単なる勘違いだと思っているみたいだけど、陛下だって一応国王なんだし、さすがにそれだけで反対していた訳じゃないと思う。
陛下はそんなに愚かじゃないはずだ。だって、学園時代の成績は男子で一番だったらしいから。
だから反対した理由もちゃんと説明してあげてくださいね! もし上手くいかなくても、王妃様がきっとフォローして下さいますから。
王妃殿下をチラッと見ると、任せてというばかりに私を見て小さく頷いた。
実は私、王妃殿下とはペンフレンドなのよねぇ〜。今回の筋書きも一応大まかな内容については伝えてある。そうしたら、王妃殿下にとんでもないお願いをされてしまったのだ。
「もし、ブリトリアンに婚約を申し込まれて、リアちゃんがそれを断りたいのなら、二人が今後もう関わりあわずに済むように、悪役令嬢の振りをしてくれないかしら。あの子が私との関係に疑問を抱くような言い回しをして……」
と。そうでなけりゃ、あそこまで突っ込んだ話はしなかった。王太子殿下にもしものことあったら、いくら私がまだ子供だろうと、誓約書があろうとただでは済まないはずだから。それにお母様も。
そして私達が逮捕されたら、お父様はお隣の帝国側について、このアイナワー王国に攻め入ると思う。
身に降りかかる火の粉は、振り払わねばならぬとは言え、十歳の子供にこんなことまでさせるなんて鬼畜だわ、お母様も、王妃殿下も。
でもね、本当は私、お母様みたいに強くはないの。だから、結局最後は悪役令嬢にはなりきれなかったの。
私とお母様はその後、萎れていた国王陛下と、にこやかな王妃殿下、それに神妙な顔をした王太子殿下に挨拶をしてその場を後にしたのだった。
王宮を出て城内を歩いていると、城内で働いている官吏や女官、そして騎士や侍女達が、全員といっていいほど皆足を止めて、お母様を見ていた。
懐かしそうな顔をする人、気まずそうな顔をする人、真っ青になる人、見惚れている人と様々だ。
話しかけたそうに近くまで寄ってきた人もいたけれど、お父様がチョイスした大岩のような護衛達が追い払っていた。
そしてお母様はまだあのアルカイックスマイルを浮かべたまま、背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐ前だけを見て歩いて行った。
かっこいい! 私のお母様。
私もお母様のように堂々とした格好良い女性になりたいなあ、と思った。
しかしだ!
うちの馬車に乗り込んだお母様はすぐにアルカイックスマイルを止めて、私に満面の笑みを浮かべると、いきなり抱き付いてきてこう言った。
「陛下は貴女達が席を離れてからずっと私に謝っていたけれど、私はイーリスとだけ話をして、最初と最後の挨拶以外、一言も彼とは話さなかったのよ。
だって一言でも何か言ったら永久に止まらなくなりそうだったし、口だけじゃなくて、手や足まで出そうだったから。
ほら、何を言ってもお咎めなしという誓約はしていたけれど、暴力はやっぱりまずいでしょ。
また、牢獄に入れられるのはごめんだし。無礼講にしてもらえばよかったわ。
でも、私の代わりに貴女が言いたいことを全部言ってくれたからスッキリしたわ、ありがとう。これでようやく胸に詰まっていた物を全て吐き出せたわ」
えーっ!
もうとっくに吐き出していたでしょう。
裏庭で本物の剣を振り回しながら、この一週間、陛下とあの人の名前を叫んでいたじゃないの。馬鹿だの、裏切り者だの、尻軽だの、マヌケだの、クタバレだのと。
それに王宮で何が無礼講よ。騎士団の宴会じゃあるまいし。
大体あんな真似、辺境伯夫人だから許されるのよ。周りがみんな武骨者ばかりだから。あんなことをやったら、他の貴族の家なら即刻離婚されて追い出されるわ。
そう考えると、良縁に巡り会えて良かったわね、お母様。これも国王陛下のおかげだと言えなくもないわよね。
そうだわ。その時私はこう思ったのだ。
私が代弁したお蔭でお母様がスッキリしたと言うのなら、是非とも私のお願い事をきいてもらわなくちゃ、と。
次章では国王陛下の視点で、過去の話を説明します。まあ、つまり情けないお話です!
読んで下さってありがとうございました!