第5章 辻褄が合わない話
怖いもの知らずだったヒロインの勢いがちょっとペースダウンします。
それには深い事情が。
かつての婚約破棄の話はとても複雑です。これからそれが少しずつ分かっていきます!
ほとんどが会話の章です。
(辺境伯の娘アスティリア視点)
「父が私達を幽閉している? はぁ? なんですかそれ。そんなわけないじゃないですか!
母も私も自由にお出かけしていますよ。なんなら、隣国にだって。
私達が王都へ来なかったのは、偏に来たくなかったからですよ。遠いし、お金がかかるし、社交が面倒くさいし。
それに母は、実家のフォーリナー侯爵家とは婚約破棄された時に縁を切られていたので、元家族と遭遇するのが嫌だったみたいですし。
それと、王族や、母を悪役令嬢だと罵ったり、嘘の証言をしたり、見て見ぬふりをした元友人や元同級生ともね」
「僕の両親のせいで貴女の母上は、王都での全ての人間関係を断たれてしまったのですね。
だから、どんなに嫌でも辺境の地に留まり続けたのですね。いくら父が王都に招待しても」
殿下が神妙な顔をしてこう言った。しかし、私はまたもや「はぁ?」と言った。
「あのぉ……何やらずっと誤解していらっしゃるようなのですが、私の母は泣きながら嫌々父の元に嫁いだというわけじゃありませんよ。
そもそも母は、子供を政略の道具としか考えていない自分の両親を元々嫌っていて、以前から縁を切りたがっていたらしくて、喜んで家を出たそうですよ。
その上なるべく早く王都から遠く離れた場所に行きたかったので、相手が辺境伯と聞いて、大喜びで父との縁談話に乗ったみたいですよ。
そして実際に会ってみたら、父は母好みの筋骨隆々の美丈夫で一目惚れしたそうですよ。なにせ元の婚約者からは長い間ずっと蔑ろにされていたので、とっくにその方への愛情は冷めていたそうですから。
辺境伯は熊男のようだという評判だったそうですが、恐らく戦闘中の髭面の父を見た人が、嫉妬心で出鱈目な噂を流したのでしょうね。なにせ父は滅法強い上に格好良いですからね。
それにしても全身全霊国のため、仲間のために戦っている父を妬むだなんて、なんて女々しい輩なのでしょう。
まあ男の嫉妬は女より醜いそうですが。
辺境伯として城を留守にするわけにはいかないので、今回同行しておらず、お目通りできなかったことが誠に残念なのですが、何度も言わせて頂きますが、私の父は超イケメンです。
それともう一つ付け加えさせてもらうと、父も母に一目惚れしたそうで、その場で婚約を申し込んだそうですよ。
平民になっていた母を、即行で親類の伯爵家の養女にしたくらいですから。
そして婚約したその三か月後には既に結婚式まで挙げたというのですから、その愛の深さがわかるというものです。
きっと両親は、母が元サヤを要求されることを危惧したのでしょう。
案の定、母との婚約破棄後に王太子殿下は、真実の愛に何故か破れて正気を戻された後で、全ての真実に気付き、慌てて母との婚約破棄を撤回しようとしたそうですから。
まあ時既に遅しだったわけですが、
『何故自分が正気を取り戻すまで待っていてくれなかったのか』
そんな訳の分からないことを言って元婚約者が嘆き悲しんでいたと、遠い辺境の地にまで聞こえてきたそうです。
本当に不思議な方ですよね。ご自分で母にその縁談を勧め、いや罰として強制的に結婚させたくせに、何故かそれを後になって邪魔しようとなさるなんて。
まあ、さすがにそれは当時の国王陛下のお怒りに触れたそうですよ。国の護りの要である辺境伯を敵になんて回したくはないですからね。
そもそも、母との婚約が破棄された後すぐに、王太子殿下が馬鹿な真似をしないように、この国に留学していた隣国の王女殿下とすぐに政略結婚させられていたので、それは無駄な足掻きだったと思うのですが」
「ちょっと待って下さい。
僕の父は隣国の王女だった母と真実の愛に目覚めたと言って、婚約者だった貴女の母上と婚約破棄をしたのですよね?
そうだとしたら、僕の両親は政略結婚とは呼ばないですよね? それに何故貴女の母上との復縁などという非常識な真似をしようとしたのですか?」
「・・・・・」
王太子の疑問に私は答えずに口をつぐんだ。今までずっと流暢に淀みなく、スラスラと流れるように喋っていたというのに。
間を取るというより、無理矢理に鍵を掛けられたかのように私の口は閉じた。
殿下が疑問を持つのは当然だと思う。だって、今の私の話には整合性がないもの。矛盾に感じることがたくさんあるだろう。でも、私は嘘などついてはいないのだ。
ライオネル国王陛下は王太子だった時、学園の卒業パーティーで真実の愛を貫こうとして、婚約者だった母に婚約破棄を告げて王都から追い払った。それから間もなくして現陛下は、我が国に留学していた小国の王女だったイーリス現王妃殿下と結婚した。そしてその一年後にはブリトリアン殿下がお生まれになっている。
しかし結婚して一年以上が経ち、お子様が生まれたというのに、何故か陛下は母との復縁を望んだのだ。イーリス殿下に問題があるのならまだ分かるが、妃殿下は才色兼備な上に人柄も良い完璧な王太子妃だったというのに。
殿下は怯えた目で私を見た。まるで足音も立てずに近付いてくる、目に見えない何か恐ろしいモノに恐怖を感じているかのように。
私も背筋が凍り、ドクドクと心臓が跳ねた。
こうなることが分かっていて私は話をしてきた。今回はっきりさせないと、いつまでも国王陛下と関係が改善されず、陛下の誤解でどんな災難に遭遇するかわからないからだ。
しかし、王太子殿下のことを思うと胸が痛い。
生意気な口をきいてはいても、私はまだ十歳で、まだ自分の言葉に責任を負えないからだ。
二人してビクビクと震えていたが、その恐怖に先に耐え切れなくなった王太子が、再び質問をしてきた。
「貴女に言われるまで気付きませんでしたが、私は本当に何も知らされなかったようです。
自分の両親のことさえ、何も知りませんでした。いいえ、知ろうとも思いませんでした。
僕は両親のことが好きでした。しかし両親の仲がいいとはとても思えなかったので、恐らく政略結婚で意に沿わない結婚だったのだろうと思っていました。
しかし貴女は僕の両親が真実の愛で結ばれたという。それにもかかわらず、父が母との結婚を後悔していただなんて、一体どういうことなのでしょうか。
もし両親のことを知っているのなら、噂の類で構わないので教えてもらえませんか?」
王太子の真摯な態度にさすがの私も困ってしまった。しかし、暫く考えた後でようやく決意を固めてこう言った。
「さっきまで散々好き勝手なことを言っていたのに何ですが、やはり家庭内の秘密を赤の他人が暴くのはどうかなと思います。
それは憶測で言っていい範疇を超えていると思いますので、どうかご容赦下さい。
本気でお知りになりたいのなら、是非ともご自身でご両親からお聞き下さい」
「そうだね。君の言う通りだ。ただこれだけは聞いておきたい。
貴女は王妃である僕の母を嫌ったり侮蔑したりはしていないんだね?」
「もちろんです。王妃殿下のことは尊敬しております」
「そうか、わかった。
今日は遠い所をわざわざすまなかった。僕が申し込んだ婚約の話は無かったことにして欲しい。
貴女に逢えて色々なことを教えてもらって本当に良かった。ありがとう。
そして貴女とオークウット公爵令息との婚約申請だが、今まで父が認可していなかったことを謝罪します。
父は貴女の意思を無視した政略結婚だと思い込んでいたから許可しなかったのでしょう。
しかしそれは父の思い込みだと父を説得するつもりです。
もし、僕の意見を聞いてくれないようだったら、母の王妃に頼むので安心して再度申請して欲しい。手間をかけて申し訳ないのですが」
「いいえ。お気になさらず。オークウット公爵令息との婚約について考える時間ができたことは、私としては却って良かったので」
申し訳なさそう顔をしていた殿下が、私の言葉を聞くと年相応の可愛らしい笑顔を見せた。
私の胸が何故かキュンとした。
読んで下さってありがとうございました!