第12章 妃殿下の秘密
この章はほとんど手紙文です。
何度も謝罪の手紙を寄越すエリスティアに、イーリス王太子妃はその都度貴女は何も悪くないし、自分は今幸せだから気にしないでと返事を返していた。
しかし、当然ながらエリスティアがそれを信じるわけがない。
そこで、ブリトリアンが生まれて半年が経った頃に、イーリス王太子妃はこんな手紙をホーズボルト辺境伯夫人へ送った。
『息子が生まれました。陛下と同じ金銀メッシュの髪に水色と黄緑色のオッドアイをした、王家の色を持つ正真正銘の王子です。
流石に乳は与えられませんが、それ以外の世話は私がしています。生まれてすぐに抱き締め、世話をすれば母性が生まれるとお産婆さんから聞いたからです。
ええ。さすがはプロですね。その通りです。
最初は本当に愛情が持てるのか不安でしたが、今では息子が可愛くて一時も離れたくなくて、乳母に嫉妬してしまうくらいです。
私は母親になるのが夢だったのです。私の乳母だった女性のような。でも、その夢が叶うとは正直思っていませんでした。
それはなぜかというと、母親にはなりたいくせに、誰かの妻にはなりたくなかったのです。矛盾しているでしょ?
私は子供の頃から誰かと肉体的に結ばれることに激しい嫌悪感を抱いていたのです。ハグでさえ嫌だったくらいです。
私は別に同性愛者ではありませんし、ただの友人知人としてなら性別に関係なく付き合えます。
でも、体を密着させることが不快でたまりません。社交ダンスも毎回歯を食いしばって必死に踊っているのです。
私は王女ですから、将来政略結婚をさせられることはわかっていました。
しかし、もしそうなったら、どこかへ逃げ出そうと思っていました。
だって、無理矢理結婚されたらおそらく正気でいられなくなり、刃傷沙汰を起こして、相手側に迷惑をかけることが明白だったからです。
そして逃げ出しやすいようにこの国に留学してきたのです。
卒業が間近になった頃には、既に逃走の準備は整っていました。卒業パーティー翌日には卒業旅行すると偽って、その途中でこっそり身を隠すつもりでいたのです。
ところが、その数日前から高熱を出していた私は卒業式を欠席することになりました。
そしてそれから数日後に見舞いに来てくれた友人から、私は例の卒業パーティーの騒動を知ったのです。
貴女が侯爵家を出されたと聞いて、私は体調が戻るとすぐに貴女を探し回っていたのですが、その間に、王家からあの政略結婚というか偽装結婚の話を打診されたのです。
ただの仮初の夫婦。白い結婚。私の役目は王太子妃と、もし王家の血を引く子供が生まれてきたら、その子の生母となること。三年過ぎれば離婚も認め、慰謝料というか謝礼金を出すという好条件!
まるで夢のような話に信じられなくて返事をしないでいたら、王家はそれを私が拒否したがっていると受け取ったみたいなの。
それで国王陛下が、私が王妃を辞めてからも母国に色々と援助して下さると言い出したのよ。それを聞いて、一応王女として少しは母国の役にも立てると思って、凄く嬉しくなったわ。
もちろんそんなことはおくびにも出さないで、世間的には母国の為に犠牲になった哀れな王女の振りをしていたけれどね。
だからその後はひたすら無事に子供が誕生することを祈ったわ。できれば王太子殿下の子供でありますようにってね。
だってもし殿下の子供でなかったら、その子の人生がどうなるかが想像できるでしょ?
その子にはなんの罪もないのに、一生親の罰を背負わされるのよ。ひど過ぎるわ。もちろん王家としてはそちらを望んでいることはわかっていたけれど。
そして私の願いは叶って、無事に王太子殿下の子が生まれたのよ。とにかく可愛くて愛おしくて。初めて抱き締めた時の重さや温かさは忘れないわ。
そう。私はブリトリアンを抱けたのよ。赤ん坊を抱けるか生まれてくるまで不安だったけど、あの子を見た瞬間そんなこと吹き飛んでいたわ。
エリスティア、私の最大の夢が叶ったの。私は母親になれたのよ。自分の命をかけてもあの子を守ってみせるわ。だから、息子が成人するまでは絶対に王宮に居続けてやるわ。
もちろん、白い結婚のままでは流石にライオネル殿下がお気の毒過ぎるから、あと二、三年したら第二夫人か愛人を持つようにお勧めしてみるけど。
学園時代に、この国をどう変えたらもっと人々が幸せになれるかって、二人で色々と話し合ったでしょう?
私は貴女が王妃になったら、きっとそれらを実現してくれると信じていたの。そして隣国の王女として私も何か協力できればいいなと考えていたの。
残念なことに貴女は王妃ではなくなったけど、これからは辺境伯夫人として、違う方法で社会のために働くつもりなのでしょう?
そしてなんの因果か私が王妃になってしまったわ。だからこれからは貴女の代わりに私が、貴女のやりたかったことを実現してみせるわ。
そのために、私には謝罪文ではなくて、貴女のアドバイスを送ってきて頂戴ね』
エリスティアはイーリス王妃からの手紙を読んで、暫く唖然とした後で泣き笑いした。そして小さくこう呟いた。
「どこが儚げでお淑やかな王女様よ。私より跳ねっ返りで強かで肝が据わっているじゃない。
私もライバルに負けないように頑張らなくちゃ」
と。
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