第10章 母子の語らい
(ブリトリアン王太子の視点)
「ブリトリアン、中に入ってもいいかしら?」
今日も母上の声がする。僕の部屋の扉の前から声をかけてくる。でも僕は返事をしなかった。寝た振りをしていれば母上も諦めてくれると思ったから。
それなのに今回母上は諦めずに何度も声がけをしてくる。
さすがにそのしつこさに僕は根負けして、少しだけ扉を開けて顔を出した。
するとその瞬間、僕の体は柔らかな優しい母上の身体に包まれた。
「こんなにお母様に心配をかけるなんて、貴方はなんて悪い子なのでしょう」
僕は生まれて初めて悪い子だと言われたので驚いてしまった。僕は今までとても良い子だったから。
生まれた時から両親からも祖父母からもかわいがられてきたのに、何故か僕は他人に我儘を言ったり自分の我を通したり、無理なお願い事をしたことはなかった。そんなことをしたら嫌われてしまう、そんな恐怖に襲われて、僕は自分の正直な感情を出すことができなかった。乳母や王宮に仕える人達にさえ。
全てを知った今ならわかる。どんなに周りから優しくされても、それが作られたものだと感じていたからだろう。
そう、両親以外の者達は演技でもしないと、僕には優しくできなかったのだろう。僕の出生の秘密を知っていたから。
僕を産んだ母親は魅了魔法を使って父を騙して、父と婚約者の仲を壊した。
そしてその後で正体を見破られ、僕を産んだ後で帝国の魔術研究所へ送られたそうだ。そしてその数年後に亡くなったようだ。
そんな悪女から生まれた僕を世間から守るために、母上は父上と形式的な結婚をさせられたのだ。
この事実を知る者は王宮にいる者と、国の上層部の者だけで、皆誓約魔法を掛けられていて一切口外できないそうだ。
母上は僕のせいで政略結婚をさせられた。好きな人とも結婚できず、自分の子供も産めないで、彼女の不幸の原因となった僕を育てることになってしまった。
そう。僕が大好きな母上を不幸にしてしまったのだ。
ううん、母上だけじゃない。父上の元婚約者だった侯爵令嬢や、その人の娘のアスティリア嬢や弟君も。そして父上の側近やその婚約者だったご令嬢達も。
僕は罪の子だった。きっと無意識にそれがわかっていたから、きっと今まで良い子でいたんだろう。
それなのに今母上から悪い子だと言われてしまった。どうしよう。
これからはもう、母上の側には居てはいけないんだ。顔を見せてはいけないんだ。
だって、悪い子の僕の顔なんて、母上は見たくはないものね。これ以上大好きな母上から嫌われたくないから、母上から離れなくちゃ。
僕は母上から体を離そうとしたが、却って僕は強く抱き締められた。そして、母上は腰を落として、僕と目線を合わせると優しく微笑んだ。
「お母様はいい子の貴方も悪い子の貴方も大好きよ。だって、お母様はブリトリアンのことが全部好きなのですもの。だから無理していい子でいなくてもいいのよ」
「母上は僕のことが好きなのですか?
僕は悪女の子供なのですよ。僕が生まれてきたから、母上は父上と無理に結婚しなくてはならなくなったのでしょう? ごめんなさい」
僕は泣きながらこう言うと、母上は僕の頭を優しく撫でながら言った。
「お馬鹿さんね。貴方のお父様と結婚したからこそ、私は貴方のお母様になれたのよ。だから、お父様や亡くなった貴方のお祖父様には感謝しているのよ。
貴方は私が母親では嫌なのかしら? そう思われているなら悲しいけれど、これから好きになってもらえるように頑張るわ。
だって私は貴方が大好きなのですもの」
「ぼ、僕が母上を嫌いなわけがないじゃないですか。僕は母上が大好きなのに」
「嬉しいわ。じゃあ、これからはもっと我儘を言ってね。その方がお母様は嬉しいから」
「でも、母上だってご自分で子供を産みたかったでしょう?」
僕がそう尋ねると、何故か母上は少し困った顔をしてこう言った。
「ブリトリアン、これから話すことはお母様の秘密だから、誰にも内緒にしてくれると約束してくれるかしら?
もし誰かに知られたら、私はここにいられなくなるの」
母上の秘密。僕の秘密よりもすごいのだろうか。どんな秘密でも僕は話さないと誓える。僕は母上が大好きだから。だから僕は頷いた。
僕と母上はベッドに並んで座った。
「お母様はね、本当は誰とも結婚する気はなかったの。なぜかというとね、私は子供を産めなかったからなの。でもね、子供が好きなの。
だから前国王様から生まれる子の母親になって欲しいと言われた時、私はもう嬉しくて仕方なかったのよ。だって、絶対に母親にはなれないと諦めていたのですもの。
それに生まれたばかりの貴方は本当にかわいらしくて、私のために生まれて来てくれたのだと思ったわ。貴方の母親になれて本当に私は幸せなのよ。
だから、良い子でなくても貴方が私の息子でいてくれるだけで私は幸せなのよ」
そう母上に言われて、僕は泣きながら頷いたのだった。
そしてそれから暫くして、僕が引きこもりを止めようやく部屋から出られるようになった頃、僕はアスティリア嬢から手紙をもらった。
実は母上とホーズボルト辺境伯夫人は友人で、ずっと文通していたのだという。そしてアスティリア嬢とも。
その彼女の手紙を読んだ僕は、初めて両親にあるお願い事をした。
すると父上は酷く驚いて大反対したが、母上が応援してくれたので、どうにか僕のお願いは叶えてもらうことができた。
僕はもう嬉しくてたまらなかった。そしてその喜びを早く分かち合いたくて、すぐにアスティリア嬢へ手紙を書いた。
『来月そちらへ伺えることになりました。どうぞよろしくお願いします』
するとその返事はなんと三日後、いつもより二日も早くふくろう便で届いた。
『またお会いできるのを楽しみしています。ホーズボルト辺境地の自然の中でゆっくりとお元気になられますように、できるだけのお手伝いをさせて頂きたいと思っております。
しかし長旅は大変ですので、今のうちから少しずつ体を鍛えておいて下さいね』
と。そうか。待っている時間も無駄にしてはいけないのだな。今のうちから体調を整えておかないと。その手紙で僕はそんなことに気付かされたのだった。
そうとも。僕はできるだけ早く元気になって、しかも初恋の相手の好みである筋骨隆々の男にならねばならないのだ。そうしないとライバルに彼女を奪われてしまうからね。
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