連勤術師はスローライフを希望する
気がつくと、私は森にいた。
「ん?どこ?」
確か……仕事が終わって最寄駅に着いて、13連勤の疲れからボーッとしながら家までのいつもの道を歩いていたはず。家路の途中にこんな森はなかったのに、なぜか森の中にいる。
「なんで?」
辺りを見ても木ばかり、いつも買う自販機もない。なんなら街灯の光さえも見えない。でも、月明かりがあるので真っ暗なわけではなかった。月が出ていて良かったと思い、上を見上げると驚愕の事実がそこにはあった。
「月が……2つある?……はーっ!?」
見上げた月は、2つあった。仕事の疲れで、目が霞んでいるのだろうと思いポケットから取り出した目薬をさしても、やっぱり2つ。
「あれ?これって、俗に言う異世界だったりして?」
よく通勤電車の中でスマホでラノベを読んでいた私は、以前読んだ記憶からそう考えた。
「ははははは。マジか……。連勤術師がようやく終わって。今日こそ、ゆっくり布団で寝れるかと思ったのに……」
この年末、自分の勤めている玩具屋さんは激務だった。
朝から晩まで、休憩もそこそこにサンタさんの手伝いをしている。どの家のサンタさんも、自分の子供の希望を叶えたい為に必死で、人気商品がないと怒鳴り散らすサンタクロースならぬサンタクレーム。そんなに欲しいなら、さっさと買うなり予約するなりしておけば良いのに、毎年凝りもせず文句を言うサンタさん。
クリスマスが終わると、次は初売りに向けての準備が始まる。
お年玉をもらった子供達が、200円ぐらいのトレーディングカード1つを買うのに、諭吉さんを三つ折りのまま出してくる。子供だといって無碍に扱うと、近くで我が子の買い物を仏様のように優しく見守っている保護者が般若となってやって来る。だから、心の中ではどう思っても、顔には出さず対応する。
私も勤めて10年目、ある程度の役職は貰っていた。性別、学歴関係なく実力で見てくれる会社には感謝している。でも、部下達の残業を減らす為に、自分が犠牲となっていた。役職を拝命することは、悪魔の契約と同じだと思う。ただ、最近ようやく忌引以外の有給がもらえるようになった事、ボーナスがちゃんと出ている事だけで、ウチの会社はブラックじゃなくグレーだと思っている。というか、思うようにしている。
そして、今日も朝から晩まで働いた13連勤ラストの日で、今、異世界。
もう、渇いた笑いしかない。温かい布団で、自然と起きるまで寝たい。ただそれだけなのに……。スマホのライトを翳して周りをよく見ると、落ち葉はあるけどそれ以外は木しかないようだ。その木をよく見ると、クリスマスイルミネーションのように、小さな明かりがポツリポツリと光っている。
「落ち葉……埋もれたら温かいかな?」
子供の頃、友達と落ち葉で遊んだことを思い出し、おもむろに落ち葉を集めた。それから、石と枝も。集めた落ち葉を集めて、背負ったリュックから休憩中に掛けて寝る大判ストールを出して敷き座ると、意外と座り心地がいい。このまま寝ても良いけど、森の中で獣に襲われても困るから、集めた石と枝で焚き火をした。火は、ズボンに付けたカラビナポーチからオイルライターを出してつけた。さらに、夏からリュックに入れっぱなしになっていた虫除けをシュッシュとスプレー。これで良しと、カラビナポーチから取り出したタバコに火をつける。
「フゥ〜。どんな時でも、一服すると落ち着くもんだな〜」
リュックの中から、マイボトルを取り出し振るとチャプチャプ音がする。朝、家で入れてきたコーヒーだ。タバコも終わり、コーヒーを飲み干して横になる。
「……ダメだ。まずは、一旦寝よう。眠すぎて、頭が働かない。夢かも知れんし」
*****
「……か?おい、おい!」
寝ている私に誰かが、話しかけてきていた。
「……はい、いらっしゃいませ!」
販売員の条件反射で答える。
「は?大丈夫か?」
「へ?あれ?ここ?」
寝ぼけて状況が掴めず、辺りをキョロキョロする。明るくなってはっきりと見えた、鬱蒼と繁った木々と昨日作った火の消えた焚き火。
「夢じゃなかった……」
違うのは、私を見下ろす男性がいた事。見た感じ、私と同世代ぐらいの青年、しかもイケメンさん。がっしり体型の青年はシルバーの短髪に、赤い瞳。これだけでも異世界とわかる。異世界じゃなかったら、コスプレイヤーだ。
「お前は、誰だ?どこから来た?」
青年に問われて、昨日起こった事を一から説明した。
「黒髪に黒目……迷い人か」
「迷い人?」
「ああ、お前のように時空の歪みで、この世界に落ちて来た人間を言う。この国にも、何人か来ている。ただ、この魔の森で見たのは初めてだけどな」
「魔の森?」
そんな物騒な名前の森だとは思わなかった。獣みたいな声も聞こえず、イルミネーションのような光は幻想的に見えたから。
「まさか魔の森で寝るやつがいるとはな。……まあ、結界張っていたようだからな」
「結界!?いつ?誰が?」
「は?お前じゃねーの?今も、お前の周りを囲んでいるぞ。俺は通して貰えたが。魔獣は近寄れないな」
「いやいやいや、そんな特殊な事できませんて。……あっ、もしかして、これ?」
リュックから虫除けスプレーを取り出した。
「何だそれ?」
「虫除けのスプレー。昨日、この周りにスプレーしたけど……まさかね?」
スプレーのラベルを見ても、当たり前だが結界の文字も魔獣除けの文字もない。
「ともかく、俺たちの村に来るか?ここにいても、しょうがねーだろ?」
「確かに……。あっ、私、川村伊月。名前が、伊月。」
「俺は、リュウだ」
リュウに案内されて、村へと向かう。その村は、歩いて20分ぐらいのところにあった。昨日、気力と体力が持てば辿り着けたのかも知れない。
村へと入ると、何人かの村人がこちらを見ている。リュウ以外の村人は、年配の人しか見当たらない。
「リュウ!お前、どこで攫って来た?」
「お前をそんな男に育てた覚えはないぞ!!」
「ちょっと、リュウちゃん。節操なしは嫌われるよ」
と、村人達が話しかけて来た。
「攫って来てもいねーし、育てられた覚えもねー!おばぁも、意味わかんねー事言うな!」
と、リュウが答えている。私は、村人達に会釈だけを返していた。
しばらく歩くと、周りの家よりも少し大きな家が見えて来た。
「爺様ー!いるかー?」
「いるぞーい。どーしたー?」
家の奥から出て来たのは、これまた年配の男性だったが、身なりが良く歩き方や立ち振る舞いをみると身分の良い人のようだ。
「ん?リュウ、どちらさんじゃ?」
「魔の森で見つけた。迷い人らしい」
「ほぉ〜迷い人とは、珍しい。しかも、魔の森とはな。まあ、詳しい話は中で話そうかの」
応接室のような部屋通されると、すぐにメイドさんのような黒い服にエプロンをつけた家主さんよりほんの少しだけ若いおばちゃんがカートを押して入って来た。そして、私たちに紅茶を淹れてくれる。目の前にティーカップを置かれたので、おばちゃんに会釈をすると、ニコッと微笑んでくれた。
「ワシは、この村の村長をしている、ジョンじゃ。ここは、バンガーロ王国の魔の森の中心にある、オチュードの村じゃ」
私は名前を名乗り、昨日の出来事を話した。その不思議な話を村長は、何も言わず真剣に聞いてくれた。
「通常、迷い人は王宮で保護されるんじゃが。イツキは、どうしたい?」
「王宮で保護されると、どうなりますか?」
「この国の事を学んだ後、どこかの貴族が引き取るのが一般的じゃ。男の場合は、異世界の知識を元に国の発展の為に働いたり、女は王族や貴族と結婚して暮らしておる」
保護されたからといっても知らない国の為に働きたくはないし、知らない人と結婚もしたくない。しかも、ラノベで良く見る政略結婚ってやつなんてご遠慮したい。例え、自分がアラサーだとしても。
「この村で、このまま生活するのはダメですか?」
「娯楽も何もない所じゃぞ?村人も20人ほどいるが、ほとんどが隠居したワシのような年寄りだけじゃぞ。」
「大丈夫です!私、のんびりとした生活が良いんです。……あれ?じゃあ、リュウさんは?」
「俺は、普段は王都の方にいて、たまにここに来ているだけだ。今日も、ここへ来る途中で相棒がイツキを見つけたってわけだ。」
「相棒?」
「ああ。ちょっと待てよ」
そう言うと、リュウは窓を開けて、ピィーっと指笛を鳴らした。すると、何かが遠くの方から飛んできて、窓から家の中に入って来た。それは、トカゲに羽が生えている生き物。それが、リュウの肩に止まった。
「ドラゴンのナーガだ」
「ドラゴン……。カッコイイ!!それに、可愛い!!」
「可愛いって、今の見た目は小さいが通常サイズは、馬鹿デカいんだぞ。それを可愛いって……」
『グルルル〜』
「初めまして、ナーガ。イツキって言います。よろしくね」
私が、人差し指を出すとキュッと掴んでくれた。小さな握手だ。
「ワシも長いこと生きておるが、初対面でドラゴンを可愛いと言ったのはイツキが初めてじゃ。しかも、ナーガが威嚇せんとは……」
村長がそう言いながら私を見ていたが、私はリュックの中をゴソゴソと探していた。
「あった!リュウさん、ナーガって果物食べます?」
「んあ?食うが?」
「バナナ、あげてもいいですか?」
「バナナ……バナーナか。ドラゴンにやるには高価すぎるだろ?」
「へ?見切り商品で安かったやつなんで、大丈夫ですよ。はい、ナーガどうぞ」
『グルルル〜ン』
皮を剥いたバナナをナーガは、ハムハムと食べてくれる。それが、可愛いくて私はニヤニヤしながら見ていた。
まさか、バナーナ1本の値段が諭吉さんと同じは思わずに。そして、私とナーガを見ている村長とリュウさんが、呆れながら見ていたことを気付いていなかった。
その後、私の家が建つまで村長の家にお世話になる事になった。村長の家には、村長の奥さんと使用人が6名。お子さんやお孫さんは、王都で暮らしているらしい。
奥さんは、とっても気さくなおばあちゃんで、雰囲気が私の死んだおばあちゃんに似ていた。少しの間居候することになった事を村長が説明した時も……
「あら?家なんか建てないで、ずっとここに居ても良いのよ〜。孫は男の子ばかりで、イツキが孫みたいで嬉しいもの〜」
と、言ってくれた。初対面の私に、そんな優しい言葉をかけて貰えて逆に心配になったが、奥さんは【鑑定】のスキルを持っているらしい。だから、私が一緒に住むことは大賛成なんだとか。
与えられた部屋に案内してくれたのは家令のスミスさんと、先程お茶を淹れてくれた侍女長のキャリサさん。2人は夫婦で昔から村長夫妻の元にいたそうだ。
部屋は1階の角部屋で、窓を開けるとテラスになっておりテーブルセットが置いてあった。天気の良い日なんか、ここでお茶したら最高だろうな。
「さーて、これから生活するに何を持っていたっけな?」
行儀は悪いかも知れないけれど、綺麗にベッドメイクされたベッドに腰かけて持ち物の確認する。
「えーっと、カラビナポーチには、除菌アルコールにタバコとオイルライター。リュックには…… 会社帰りだから仕事関係のばかりだな。財布、スマホ、エプロン、文房具類、メモ帳、カッター、ハサミ、スケール、ドライバーセット、ストール、タンブラー、水、空のバナナケースとおにぎりケース、モバイルバッテリー、虫除けスプレー、タオル、エコバッグ……。忘れてた、日本酒。晩酌用に帰りのコンビニで買ってたんだった。あとで、村長さんにあげよう。……うわっ、ヤベッ。色々と備品持ち帰って来ちゃってんなぁ〜。バレたら、事務マネに怒られるな」
仕事で使っていた結束バンドと輪ゴム、ビニール袋、そして売り場のコーナー改装をしていたので軍手にゴムハンマー。
この時、私は知らなかった……。
オイルライターとペンとメモ帳、カッターが永久使え、タンブラーの中のコーヒーとペットボトルの水、日本酒が飲んでもなくならない事、タバコとバナナケースとおにぎりケースが1日たつとに補充される事、その他も色々と規格外になっている事を。そしてカラビナポーチとリュックが容量無限大に時間停止機能の付いた国宝級のマジックバックになっている事を。
*****
夜になると、村長の呼び掛けで村人が集まり私の歓迎会をしてくれた。村長から聞いていたように、村人は年配の人ばかり。
「今日から、村の仲間となった迷い人のイツキじゃ。皆、よろしく頼む」
「ただいま、ご紹介頂きました川村伊月です。イツキと呼んで下さい。今のところ、私に何が出来るかわかりませんけど、これから宜しくお願いします!」
挨拶と共に頭を下げると、おぉーっと歓声と拍手をされた。その後は、皆んなが持ち寄った料理や酒を頂きながら、この国や村、魔の森の話を聞いた。元々、人見知りもなく職業柄人の顔を覚えるのが得意な私が村に打ち解けるのは早かった。
それに、おじぃ、おばぁの家族は他の場所で暮らしている様で、私を家族の様に優しく時には厳しく受け入れてくれた。
「イツキちゃーん!ちょっと、手伝ってくれるかーい」
「はーい。イツキ、行っきまーす!」
「イツキー!その後、畑に頼むなー!」
「はいはい、了解でーす!!」
「それが終わったら、ワシと添い寝じゃよー」
「断る!!」
翌日から村人達に色々と手伝いをお願いされた。労働のお礼にご飯をご馳走してもらったり、野菜や狩ってきた魔獣の肉を貰ったり。それでも、今までの仕事で連勤術師になるよりも生活は充実していた。
10年間、ずっと取れなかった目の下のクマもなくなり、1日会社の中で陽を浴びなかった私の不健康に見えた青白い肌も畑仕事で健康的に焼けた。何よりも、食事をまともにとっていなかった私が、3食ちゃんと食べていた。1食でも食べないと、村長の奥さんを筆頭におばぁ軍団に説教されるから。
のんびりとした村のスローライフで、人並みの生活を楽しんでいた私は、この村にいるおじぃおばぁが、現役時代に活躍し国民誰もが知る英雄達だなんて知らなかった。
魔の森の隠れ里オチュード、ここは元王国最強騎士団団長や元王国最強魔導師、元王宮魔導具職人、元SSランクの冒険者グループ、元凄腕諜報員チームなどの伝説級人達が引退した英雄が静かに暮らす村。そして、彼らを束ねる村長夫妻は……。
最強のおじぃおばぁ達に守られながら、チートな元社畜はスローライフを楽しみつつ、常識外れな知識をつけていく。
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『享年82才の異世界転生!?〜ハズレ属性でも気にしない、スキルだけで無双します〜』
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