第5話 温石
「そういや元凶の父さんはどこに行ったの?」
事の次第を話し終えたタンザが聞けば、ユノはげっそりとした顔で頬杖をついた。
「伝説の魚を捕まえてくるって」
「は?」
「セイナル山に出るらしいんだよ、伝説の魚が。なんでも食べた人みんな幸せになるらしい」
止めたんだけどねぇ、と遠い目をした母に、タンザは改めて「は?」と聞き返した。
「伝説の魚ってバカなのあの人? そんな魚いるわけないでしょ」
途端、母が胡乱な目を向けてくる。
「宝珠の伝説を頼りにしたあんたが言う? あの父親にしてこの息子ありよ」
「いやでも、絶対魚より宝珠だったでしょ。かわいいし」
「……いや、うん、そうだけども。間違いなく魚よりかわいい。宝珠を探しに行って、あの子を見つけたあんたは正解。そうだけども、ね?」
違うでしょ、とユノは常識人ならまず取らなかっただろう自分の夫と息子の思考と行動に、頭を抱えた。
そもそも探しに行ったはずの宝珠を持ち帰ったわけではないのだから、借金だってただの一イエンも減ってはいないのだ。
能天気な息子を目の前にしていると、むしろこの状況でさらに食い扶持を増やしてどうすると罵りたい気持ちすら湧き上がる。
例の少女は、今部屋の隅ですうすぅと寝息をたてて休んでいた。
よほど疲れていたのだろう。日が暮れるよりも早くうつらうつらと眠そうに船を漕ぎ出しのを見かねてユノが布団を敷いてやったのだ。
頬杖ついたまま顔を向けたユノは、今まさに巣穴に潜り込むように、布団の中に入っていた少女の寝相を目撃して、身を震わせた。
「「くっ……かわいい」」
母子揃って身悶えて、同時に我に返り頭を抱える。
「去年の今頃だったら……せめてあと一週間早く連れてきてくれてたら、この子にご馳走を振る舞ってやれたのに……っ!」
「いや、そん時は、宝珠の森に行こうなんて思いもつかんかったし?」
せめて温石くらい布団に入れてあげたかった! とユノはさめざめと泣いた。