第4話 乾パン
「こんっの、大バカ息子がー!!」
疲れた身体で家に帰り着いたユノは、居室の真ん中で息子のタンザがしきりに話しかけている、どうみてもよいところの出のお嬢さんを目にするなり仰天し、息子に掴みかかった。
あんたって奴は、あんたって奴は、と、恰幅のよい母の分厚い掌でしきりに頭をはたかれる。
当のタンザはたまったものではなかった。
「ほんっとにもうっ、見損なったよ! 気持ちだけは優しい子だと思っていたのに!」
ばしりばしりと容赦なく降ってくる掌は一向に止まず、タンザは身を丸くし悲鳴をあげた。
「痛い痛い! なんなの、いきなりっ!?」
「いくらうちにお金がないからって、人が親戚中を訪ね歩いてる間に、こんなかわいいお嬢さんを拐かしてくる奴がある!?」
「は!? あんた、自分の息子をなんだと思ってるわけ!?!?」
「そりゃあ、こんなかわいい子。親御さんだってパッと身代金を払うでしょうけどねぇ。そんなバカなことしている暇があったら、もっと必死に働きなっ!!」
「いや、なんでだよっ!? なんでそうなった!?」
「なんでだもかんでだもないよ! だってこの子、どう見たって…………ちょっと、もう、ほんと、かわいすぎやしない??」
「いや、うん、そこは否定できないけど」
タンザとユノは母子揃って、薄っぺらい絨毯の上に行儀よく座り、乾パンをちまちまと齧る少女を凝視した。
上品な所作で乾パンを口にする少女は、この家に似つかわしくないほど楚々として美しい。
色褪せた絨毯に広がる萌葱色の古風な型の着物には、悠々と枝葉を広げる木々の様が金銀の糸で縫い施されている。
すらりと伸びた姿勢は侵しがたい高貴さすら窺わせた。
それでいて乾パンを齧っては時折不器用に膨らむ丸い頬は、あまりに素朴で頑是なく、ただただ愛らしくもある。
「うちの家族ってこういういかにもなかわいい子好きだよなぁ」
感慨深くのたまう息子に、ユノは即座に「かわいいは正義」と真顔で返した。
うまく飲み込めなかったのか、けほこほと咳込みはじめた少女を前に、ユノは息子を放り出した。
慌てて傍に寄り、肉厚な手で華奢な背をさすってやる。
さすってやりながら、着物のあまりの手触りのよさに、想像よりもはるかに上等なものだと知ったユノが息をのんだ。
(あ。母さん。同じこと考えたな)
タンザは水の入った椀を運びながら、少女の傍らで、みるみる自責の念にしょげ返っていく母を目の当たりにした。
生来は売り払ってもお釣りがくるくらいの明朗さを兼ね備えていたはずのそんな母の姿に、タンザは家が抱える借金を恨めしく思った。