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第3話 *簪*

 巻布から飛び出た黒髪が目の前の茶けた首筋に汗で張り付いていた。

 頭からすっぽりと厚手の色布で覆われた世界はうすら明るい。

 身じろぐと、ほんのわずか頭が出て、隙間から吹き込んだ冷風がやたらと額にしみた。

 頑健とした背を叩いて、わたしをおぶい歩いているその人に呼びかける。


「あ、起きた?」


 振り向きざま、その人は細い琥珀石の目を殊更細くした。

 開いた口元から、あちらこちらを向いた歯が覗く。

 点々とそばかすの浮く日焼けた鼻先は、灰色の粉で薄汚れていた。

 成人の儀を迎えたばかりのような、若い男の人だった。


「あの、」

「えーっと、おれはタンザね?」

「タンザ?」

「そっ。あんたは?」

「わたし?」


 問われ、わたしは首を傾ぐ。


『いちのくらい』


 そう、確かにわたしを呼んで。

 神様になって、とあなたが言っていたけれど。

 あれは名前とは違ったはず。


 ひとつふたつ、みっつよっつ、と。

 あなたはわたしの髪にかんざしを挿したはずだった。

 そう思い、ゆるく頬に肩に触れ背に落ちる自分の髪の不確かさに今更のように気づく。


「……かんざしは?」


 問いかければ、ぎこちなく視線を彷徨わせたタンザと名乗ったその人が、突然、深く深く項垂れた。

 突然、揺らいだ背に驚いて、わたしは目の前の肩にしがみつく。


「やっぱこれも…………だめか」


 だめかだめだよな高く売れそうだったのにだめだよなぁ、と繰り返して、「大丈夫、ある、あずかってる」とその人はおもむろに、大げさに懐を叩いた。

 何を思ったのか。

 こちらに向けれた彼の眉尻が情けなそうに、やおら下がる。


「タンザ、さん?」

「タンザでいーよ」


 タンザ、と言い直せば、前に向き直った彼は「何」と聞いた。

 あの方の、と口に含ませた言葉が、うすら明るい温かい色布の下、わずかのぞく凍える外の景色のもと、とても遠くに感じる。


「……あの方の国は滅びてしまいましたか?」

「あの方の、国?」

「そう。わたしが守っていた国です」


 頷けば、タンザは首を捻った。


「…………守りって、なら、その、あんたが言ってんのは、やっぱりあの宮城の王朝に……、なんの、……か、なぁ?」

「そう。わたしが守っていたはずのものです。滅びて、しまいましたか?」


 間違いなく、わたしが外に連れ出されたのも、そのせいだと知っていて、聞く。

 ただもしそうならば、わたしがこうして外にいるのも変だった。


「なら、やっぱあんた自身を宝珠って言ってたんかな?」

「宝珠は……わたしは存じません。わたしは神の力を引き出すために神樹と一体となり、あの場におりました」


 正しく説けば、急に立ち止まったタンザがわたしを見た。


「えーと? よくわからないんだけど、あんたって人であってる? あんなところに置いてけないし、人だと思って連れてきたんだけど。……いや別にいっそ精霊とか天女様とか、そういう類のもんでも、こっちは構わないんだけどね? あの状況だとむしろ納得できそうな気さえするしね????」


 けど悪いもんだとさすがに困るっていうか、悪いもんじゃあないよね? と恐る恐る確認され、わたしは頷く。


「……外に出ている今はただの人だと思います。恐らく」

「うん?」

「少なくとも人であったはず、です」

「ううん???」


 不可解そうにますます細められた琥珀石の細い目は視線を辺りに漂わせ、結局、上向きに逸らされた。


「ううーん。よくわからんけど、やっぱり、かわいいんだよな」


 独語の末、彼は悩むように頬をかいて。

 目の前の肩にしがみつくばかりだったわたしを「よいせ」と揺すりあげる。


「一応」


 タンザは変わらない歩幅で迷いなく歩きながら。

 

「その王朝なら六十年も前に滅びたよ」


 おかしなことを言った。

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