第16話 *龍*
空に近い場所で赤い龍と黄色の鳥がたゆたっていた。
連なる赤い布張りのぼんぼりが、風に煽られ一斉に揺れる。
「あんま上ばっか見てるとぶつかるよ」
わたしの肩を叩いたタンザが笑う。
「タンザ、龍がいます」
「あぁ、燈會ね」
「この前はありませんでした」
「だね。市も開いたし、お祭りが近くなったからね。新年まで続くお祭りだよ。燈會にはあと五日もしたら、夜には火が入る。きれいだよ。みんなで見にこよーな?」
「はい」
この前来た時よりも人の往来が多い道を、タンザの後ろについて歩く。
見上げれば、今日も巻き布から器用に黒髪が飛び出ていた。
行き交う人の奥で、たくさんのものが並んでいる。
その中に、道の上を泳いでいるのと色違いの龍が日の光を浴びて何列も整列していた。
「シューリーンー?」
目の前に急にタンザの顔が現れて驚く。
「前向かないと危ないって。何見てんの?」
「龍、です」
「あ、あれ? 飴かぁ。くっ……買ってやりたいのに……!」
来年には必ず、とタンザは小さな声で言った。
「シュリンは、龍が好きなの?」
「龍は見せていただいたことがあります」
「“あの方”に?」
「はい」
わたしの掌にのる小さな陶器の龍だった。
色は、金と白だった。
「そっか」
「はい」
手を握られて、歩き出す。
その人も見れたらよかったなぁ、とタンザは頬を掻きながら言った。
「母さんがはじめに考えてたホウジュ。おれ、止めちゃったけどさ。よく考えたらシュリンのこと宝珠として伝えたの、その人だったかもと後から思って」
「そう、なのですか?」
「いや、わからんけどね?」
「わたしも……わかりません」
いちのくらいとは呼ばれても、あなたに宝珠と呼ばれたことはなかったので。
グーナ婆はわたしがそうだと言ったけれど、わたしは確かめる術を持っていない。
きっともうわかることはないのも、知っていた。
「だとしたら、母さんが言ってた意味、宝珠に込められていたかも」
だといいなぁー、とタンザは繋いだ手をいきなり振った。
手の先で、タンザが燈會といった龍と鳥が赤いぼんぼりと一緒に風にのる。こちらの道の上には、馬と兎も並んでいた。
——昔。
きっともうここからは遠い昔、あなたが見せてくれたものの中にあったもの。
「いやでもシュリンは譲らんけど。おれらが考えたシュリンの方が絶対かわいいけどっ!」
ふはは、と笑ってこちらを向いたタンザの口からは、あちこち向いた歯が楽しげにのぞく。
「でも、宝珠とリンどっちかじゃなくてさ。だから、どっちも入れて珠鈴でシュリンにしてよかったね」
まだ聞き慣れないわたしの《《名前》》は、時折思い出したように耳にこそばゆさをもたらした。
わたしたちは持っていなかったもの。
わたしがタンザに外に連れ出してもらってから、出会う人たちにとてもよく聞かれたもの。
細面、背高、茶色と呼ばれていた、一緒に見習いをしていたあの子たちは、同じように名前を誰かにもらっただろうか。
「タンザ」
「なに?」
「シュリン、嬉しいです。素敵です。かわいいです」
「うん。ありがとね。母さんシュリンが気に入ってくれたか心配してたからさ、ノーエとルーのとこにシュリンが話に行ってたのすごく喜んでた」
「ノーエちゃんとルーちゃん、一緒に喜んでくれました」
「そっか。よかったな」
タンザとユノさんの声にのるシュリンの音は、とても優しい。
それがわたしを示す名前だと知るたび、温泉にはじめて行った時のような気持ちになる。
ほわほわふわふわ形なく。
辺りが見えなくなるくらい、やわらかい湯気がたくさん。
不思議によりどころなく次々と浮かんでは消えて。
でも、わたしの足はたゆたうお湯の中でもちゃんと底についている。
「タンザ」
「なに?」
「ユノさんのところ、もうすぐですか?」
「そうだよ。今日は店番がんばってね」
タンザがわたしたちの上で揺れる燈會にあわせ、繋いだ手を振る。
「がんばります」
わたしの声にのる音も、早くそうなれるといい。




