かりかり
異世界恋愛短編用
タイトル:庶民の聖女は真の聖女が現れたので偽聖女と言われて婚約破棄のうえお城を追放された……はずだったんだけど
本文:
「ケイト‼ お前との婚約は今日限りで破棄させてもらう!」
ババン!
沈黙。
いきなりのロイ第1王子の登場に、私としては固まるしかない。
金髪碧眼で当たり前のような絶世の美男子。
そんな人がいきなり怒鳴り込んで来たら誰だって驚くだろう。
私もびっくりして、運んでいたコップを落としかけてアタフタとする。
「ふ~、危ない危ない。もうすぐで大事な果実ジュースがおっこちるところだった~」
私は冷や汗をぬぐいながら、グイッとそれを飲み干した。うまい!
と、そんな私を見ながら、ロイ王子はぷるぷると震えていらっしゃった。
「そういう庶民丸出しなところがイヤなのだ!」
「えー、またその話ですかー」
「当たり前だ!」
私は唇を突き出して不服の表情を浮かべる。
「お前は曲がりなりにも、第1王子である僕の婚約者なのだぞ!? なのになんだ! その態度! その言葉遣いは!」
うるさいな~、という態度を私はとる。
「しょうがないじゃん、本当に庶民なんだから。聖女だからって無理やり連れてこられただけだし~」
私の容姿は至って平凡。
その自覚は十分にある。
栗色の髪の毛も黒い瞳も代わり映えしないもの。
体形だって普通そのもの。
どこに出したって無難な一般人だ。
「妃教育を受けているだろうが!」
「一朝一夕に行くわけないない。何、あの狂ったプログラム」
私は思い浮かべるだけでげんなりとする。
朝から晩まで、しゃべり方からテーブルマナー、お花の飾り方から国際情勢まで。
とにかく王族になるための詰め込みカリキュラム。
青白い顔をしなかった日はない。
(ん? それにしても?)
私は気づく。
「こ、婚約破棄ですって!?」
「遅い! そうだ! 婚約破棄だ! ほら、このような代わりの聖女も連れて来ている! どうだ? 少しは危機感をもってだな……」
ロイ王子は話の途中だ。
しかし、私は気持ちを抑えきれなかった。
「やっ」
「や?」
「やったああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
私の万歳三唱が部屋というか、城の廊下まで響いた。
近衛たちが驚いている姿が目に浮かぶ。いや、あるいはいつものことかと安心してコーヒーでもすすっているかも。
とにかく、
「婚約破棄! 婚約破棄! 婚約破棄だー! やったあああああああああああああ」
もう一度万歳三唱。
お部屋の中をぐるぐる回る。
「ほう、僕との婚約破棄がそんなに嬉しいか……」
ヒクヒクと王子のこめかみは動いているが、
「そりゃあ、もう!」
私はお目目をキラキラさせながらまくしたてた。
「私だって別に王族になりたくてお城に来たわけじゃないもん! 普通の一般庶民としてパン屋さんで両親と一緒に暮らしてて十分幸せだったもん! パンを買いに来てくれるお客さんの笑顔の方が嬉しいし……。っていうか、聖女として結界を張った時に、すごく怖そうな大臣さんたちから、恭しく拝謁されるのって息がつまり過ぎなのよね! もっとフレンドリーなのがいいよー!」
「はぁ~~」
あー、頭が痛い、という声が聞こえそうな様子の王子が見える。
まぁ、でも、私みたいなお転婆な聖女の代わりが見つかって良かった良かった。
お、よく見ると、王子の後ろの方に、いかにも聖女らしい容貌の美少女がいる!
私なんかとは違って、瞳もキラキラで、髪の色もピンク! ひらひらのドレスもとても似合っていて、王子と寄り添うようにしている。
「お前はこれを見てもなんとも思わないのか?」
非常に呆れた様子というか、少しキレ気味な様子で王子が言う。
でも、私のリアクションは「え?」だ。
「新しい聖女様が第1王子の婚約者になるのは当然じゃないですかー」
いやだなーもー、という調子で返事をする。
そういう国のルールなのだから、否も応もない。
でも、王子はその返事に、
「は~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
と、ものすごーく、深いため息をつかれた。
それを労わるようにする真の聖女様。
微妙な空気なので、私とて、少しだけ焦りながらフォローする。
「とてもお似合いですよ!」
と。
でも、その言葉で、さらに王子は、
「くそ、この女は本当に! 本当に本当に本当に……」
と、なぜか凄く悔しそうな声を出された。
どうしたのか分からず、私の頭の上にはクエスチョンマークが乱舞するのみだ。
すると、ピンク色の可愛い聖女さんが、こちらをキッとにらみつけて言った。
「言いたいことはそれだけなんですか!? あなたは今日から偽聖女になるんですよ!? お城からも追い出されるんですよ!? 王子とも会えなくなる! 庶民に逆戻りになるというのに!」
ふむ。
私は顎に人差し指をあてて考える。
困る事。
困る事。
ぽくぽくぽくちーん。
「そうね、やっぱり困るでしょうね……」
その言葉を聞いて、聖女様はちょっとホッとしたような仕草を見せる。
でも、次の言葉を聞いて凍り付いた。
「もうお城のあの美味しいお食事は食べることができないかと思うと、とてもつらいな~。あと、なんといってもフワフワのベッドとサヨナラはしたくないな~」
真剣に考えてそう言った。
すると、
「ヨルダ。この娘に何を言っても無駄です」
「お、王子……」
立ち直った王子が無表情にそう言って真の聖女様に言う。
聖女様はヨルダって名前だったのか。
「ケイト、お前の気持ちはいたいほど分かったよ。そんなにも僕のことが嫌いだったとはね」
「?」
私は首をかしげる。
いや、別に嫌いじゃないですよ?
ただ、聖女の公務が辛すぎるだけで。
「ケイト、改めて言おう。お前との婚約は破棄する! 聖女の身分は剥奪し、本日をもって城への出入りを禁止とする!」
「そんなに大きな声で言わなくてもわかってるよ~」
ガサゴソと彼に背を向けて、荷物をリュックに詰め込みだす。
「何をしているんだ?」
「えー? 何って出て行く準備だよ~」
「むっ!?」
「え?」
驚いた声を王子が出したので、逆に私が驚いてぽかんとして振り返った。
でも、僕が顔を見たとたん、何か表情を取り繕ったようにして、すぐにまた無表情に戻った。
気のせいかな?
「ふん。さっさと出て行くがいい。ここは庶民のお前などがいていい場所ではない」
「だから、分かってってば~」
そんなに庶民庶民って、何度も言わなくてもいいじゃんか~。
「あ、そう言えば、毎日くらい宝石とかもらってたけど、あれも置いて行った方がいい?」
「む……。あれは……」
てっきり返却するように言われると思ったけど。
「あれはお前に与えたものだ。もって行くといい」
「えー、かさばるなー」
「人からの贈り物を……。ふん、困ったら換金でもすればよいだろう。いい金額になるぞ」
「売れないよー。せっかく王子からもらったのにー。だから置いて行こうと思ったんじゃん?」
「……ふん、そうか。お前が困るなら、なおさらもって行くがいい」
ふん! と王子は言った。
意地悪なんだなー。
私はいちおうリュックにそれらも押し込む。
「ふん、せいぜい息災でな」
「うん。王子もね。色々私のためなんかに世話を焼いてくれてありがとう。庶民だからうまく期待に応えられなくてごめんね?」
「お前……お前のそういうところがだな……。はぁ~~~~~~~~~~~」
なぜかまた大きなため息をつかれた。
きっと王族のマナーにすごく違反しているんだろうね、私は。でもこういう性格だからしょうがないんだよねえ。分からないものは分からない。出来ないものは出来ないんだから。
これでもめちゃくちゃ努力したんだよ? 貴族らしくしようってさ。
でもさすがに無理があるって。
ところで、真の聖女のヨルダさんは何も言わない。
ただ、そっと王子に寄り添うだけだ。
その光景はまるで一幅の絵画のよう。
「さすが本物は違うなぁ」
お部屋を出て振り返った時に遠目にその光景を見て思わず嘆息する。
何だか二人の周りだけ空気が違うみたいだ。
やっぱり本物の聖女様は美しくて華やか。
そして、そんな彼女はかっこよくて優しいロイ王子ととてもお似合いだなと素直に思った。
きっと、私と違ってつつがなく妃教育も完了するだろう。
「ばいばい、優しくてかっこいい王子様。お幸せにね」
こうして、王子様に不釣り合いな私は、当然のようにお城を追い出されたのでした。
でも、これが正しい姿だと心から思ったので、何の未練もなかったんだけど。
さてさて。
婚約破棄をされて戻ってきた私を、両親たちがどんなリアクションで迎えたかと言うと、
「いやぁ、最初から絶対ケイトには無理だと思っておったんだよ、儂は!」
「お母さんもねえ、ケイトはそこら辺の雑草を拾って来てパンに混ぜて新商品とか言い出す子だから、すごく心配だったのよ。生きて帰ってきてくれた良かったわ~」
と、ストレスから解放されたという気持ちからか、晴れ晴れとした様子だった。
(信用ないなー、私)
と、冷や汗をかくけど、ともかく一般庶民に戻ったからには、休んではいられない。
「少しくらい休んだからいいんだぞ? 戻ってきたところなんだから」
「そうよ。それにいきなり厨房に立たれたら何だか心配だわ」
微妙に心配の矛先が間違っているのでは? うちの両親は?
などと思うけれど、
「まぁ、暇だし」
ということで、さっさとパン生地作りに参加することにした。
庶民に遊んでいる暇などないのだ。
「いやぁ、結構お城からいいお金をもらっているから余裕なんだがな」
「そうそう。お母さんも奇麗な指輪買っちゃった♪」
両親の庶民感覚が元のままで安心した。
というわけでパン作り開始。
小麦をこねこね。
こねればこねるほど生地にしっかり膜が出来て、焼いたときに大きくふくらんで、フワフワのパンになる。
とはいえ、固めのパンが好きな人もいるから、そういうのも作る。
「お、ケイトちゃん、帰ってたんだねー」
「あ、こんにちわー、おじさん、おばさん」
常連さんがやってきた。
1年ほどお店を空けていたけど、覚えてくれていたみたい。
「ケイトちゃんの作るパンを食べると何だか元気になるからなー」
「ありがとうございまーす♪」
コネコネコネコネと生地をこねる。
多分、聖女の力なのかなーとかも思うけれど、余り気にしてない。
美味しいパンになるなら、聖女かどうかなんて、どうでもいいのだ。
私の作ったパンでお客さんが笑顔になってくれることが嬉しい。それだけ。
と、その時だ。
「失礼する」
何だか場違いな丁寧な言葉遣いのお客さんがやってきた。
フードを目深にかぶって、ローブのようなもので身体を隠している。
(あ、怪しい……)
私は奥に行って、休憩中だったお父さんに告げに行く。
平和な王都だけど、犯罪が0ってわけじゃない。
もしかしたら強盗かもしれない。
お父さんは結構強い。
昔は冒険者で剣聖っていう称号を持っていたくらい強いらしかった。
それがどれくらいの強さなのかは、興味がないから全然知らないんだけどね。
でも、王子様に言ったら、すごく驚いていたから、もしかしたらちょっとは凄いのかも。
あ、でも、王子様も凄いんだよね。
一度私と遠出したときに、ワイバーンっていう下級のドラゴンに襲われたんだけど、独りであっさり倒しちゃったし。
ちょっとあの時はドキドキしちゃったなぁ。
でも、直後に、
『べ、別にお前を守ったわけじゃないんだからな!』
って言われたから、なーんだ、そうなんだーって思ったんだけど。
私を守ってくれたのかと思って、凄くドキドキしたのに。
その気持ちを返せー、と思ったものだ。
ああ、いやいや、
『ブンブン』
と首を振る。
もう、王子様とは会うこともないんだし、今は怪しい来客に集中しないとね。
お父さんがカウンターに出て、私が奥の厨房にいるから、万が一はないだろう。私はこっそりと厨房から店内をうろついて、キョロキョロとしているお客さんを眺める。
ううーん、やっぱり怪しい。
強盗に違いない!
私は確信する!
私はこっそりとカウンターのお父さんに近づいて言う。
「(ひそひそ)絶対怪しいよ、お父さん。強盗に違いないって」
「(ひそひそ)そうか? まだ判断するには早いと思うが……」
「(ひそひそ)聖女の直感がそう告げるんだよ!」
「(ひそひそ)クビになったんだろうに」
と、言いつつもお父さんは頭をガシガシとかく。
そして、その客に一言ドスの効いた声をかけた。
「お客さん、うちはパン屋だ。あんた、さっきから関係ない店の中をキョロキョロしてるようだが、一体何を探してるんですかね?」
ギラリ、とした表情でお父さんが言った。
「きゃー! やっぱり引退前の雰囲気のお父さんもかっこいいわねー!」
お母さんが奥の方から覗いていて、お父さんの雰囲気にキャーキャー言っていた。
二人はいまだに現役のバカップルである。
よそでやってね、と私が時々注意するくらいには。
それはともかく、客の方はやっぱり少し焦ったような様子を見せる。
(これは犯罪者確定)
キュピーンと名探偵の私の瞳が光る。
犯罪者さんはたどたどしい言い訳をまくしたてる。
「いえ、別に怪しい者ではありません。ちょっと探し物があったといいますか、目当てのものが見当たらないな、と」
(怪しさ大爆発!)
私がそう思ったように、お父さんも同じことを思ったみたい。
「はっ! 犯罪者はたいていそう言うんだよ! フードを頭からすっぽりとは、顔を隠すやましいことがある証拠だ。でなけりゃ、そのフードをとってみやがれ!」
「むむ……」
「どうだ! 取れないってなら、官憲を呼んだっていいんだぜ!? これでもそれなりに王国衛兵隊にはコネがある!」
(なんでそんなコネがあるんだろ?)
と思っている間にも、悩んでいた怪しいお客さんはキョロキョロともう一度周囲を見渡してから、
「店長さん以外は誰もいませんね」
「ああ、他には誰もいねえよ」
(あっさり嘘ついた!)
「なら、仕方ありませんね」
そう言ってお客さんはフードを取る。
と、そこに現れたのは、
「なんでこんなところに王子がいるんですか!?!?」
金髪碧眼の美男子。
将来を嘱望されるこの国の第1王子がそこにはいた。
「お、お父さん! ロイ王子だよ! ロイ王子! って、あれ?」
お父さんの方を見ればその姿はない。
と思ったら、
「ふー、短いが楽しい人生だった」
「そうね、あなた。あなたに会えて幸せだったわ」
首を吊ろうとしていた。
「待った待った! 別に僕は怒っていませんから!」
ロイ王子が慌てて止めていた。
「とか言いつつ、もっと恐ろしい拷問の末に殺すつもりでは?」
「ええ、貴族がやりそうなことですわ」
「どんな偏見ですか。貴族に何かされました!?」
王子は呆れたように言う。
「娘を婚約破棄されまして」
「ええ、ええ。大事な娘を婚約破棄されまして」
「うぐ」
ギラギラとした視線で王子を射抜く両親。
あっ、結構根に持ってたんだ。
王子もたじたじとしている。
でも、それはお門違いで、
「違うの! 待ってお父さん、お母さん!」
「「「ケイト!?」」」
三人の視線が私に集中する。
ついでに、
「なんだか取り込み中のようだから後でまた来ますね」
常連さんが困った表情で退室しようとしていた。
「あ、すみません」
お得意さんたちまだいたんだ。
めっちゃいずらかっただろうな……。
常連さん止められたらいやだな、とか思いながら、私は言葉を紡ぐ。
「王子は悪くないの。妃教育についていけない私が悪いの!」
「ケイト……」
王子が呟く。
私は頷く。
でも、ちょっと沈黙して考えた。
「……でも、一般庶民がいきなりあんな貴族の高等教育についていくのは無理だから、やっぱり私は悪くないかも」
「まぁ、そりゃなぁ」
「読み書きがやっとですもの」
「うちはまだ俺たちが読み書きや簡単な算数を教えてやったりしてるだけレベル高いんだけどな」
「でも貴族の教育についていくのは無理でしょう。ほら、パーティーに居たお姫様もいざという時凄かったじゃない?」
うちの両親って何者なんだろう?
まぁ、それは置いておいて、
「無礼なことをしてしまってすみません。王子。でもどうしてここに????」
本当に単純に疑問だったので聞いてみた。
貴族はお忍びで下町に来たりするけど、王子様がお忍びというのはめったにない。
「特に第1王子がお忍びで外出何て危ないですよ。いくら護衛がいても危険は危険ですよ」
「分かっている!」
なぜか怒られてしまった。
(めったに怒らない人なのに珍しいなぁ~)
と、意外に思う。
そう言えば、王子が本当に怒っているのを見た時は、私と婚約破棄した時と、今くらいだ。
他の時は、不機嫌になったりすることはあっても、どこか冗談っぽかったり、優しかったりした。
あれ?
ん?
それってどういうことだ?
私は何だか混乱してきた。
と、そんなことを考えているうちに、ロイ王子はぶっきらぼうに言った。
「たまたまたお忍びで入った店がお前の店だっただけだ。勘違いするな」
「勘違い、ああ、なるほど」
私はポンと手をたたく。
「まさかロイ王子がそれほど好きだったとは知りませんでしたね~」
私はニヤニヤとする。
「む……」
彼は赤面する。
外交とか政治の舞台ではポーカーフェイスのやり手の彼も、こういうプライベートでは正直なのだ。
私はずばりと指摘する。
「いっつも私の家のパンのおいしさを自慢してたから食べたくなったんでしょー。んふふー、そんなに食べたいなら言ってくれたら届けたのにー」
そう言って笑顔を浮かべた。
でも、
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「ええ、なんですかー、その長いため息!?」
私は思っていたリアクションと違うので驚く。
が、彼はガシガシと頭をかいた後、
「あーもー、本当にこの女は……」
とブツブツ言ってから、もう一度嘆息して、
「ああそうだ。俺はお前のところのパンを食べたいと思って寄った。そして、もしうまければまた買いに来る。そういうことだ」
へ?
「えーっと、わざわざロイ王子がお越しになるんですか? 別の使いの方や、もしくは届けに行きますけど?」
「うるさい。僕に指図するな」
うわ、権力乱用だ。
「とりあえず、今日はこのピザ風のパンと、中にクリームのつまったこいつをくれ。大丈夫だ、現金なら持ってきている」
「はぁ」
何だかズレたことを言って、パンを渡して、代わりに現金を受け取った。
「また、くる、から、な」
「は、はい」
なぜかめちゃくちゃ圧をかけた後、王子様は退店されて行かれた。
「うーん、あんなにパンが好きだったとは思わなかったな~」
言ってくれたら、婚約時にだって、届けたのに~。
そう思って首をかしげたのでした。
ちなみに、両親は二人で、
「あれって、あれだよな」
「そうだと思いますよ」
「若いっていいな」
「あら、私たちだってまだまだですわ」
などと、いつものよく意味の分からないトークでいちゃらぶしていた。
(子供のいないところでやって欲しいなぁ~)
と呆れながら、その様子を見る私なのだった。
ロイ視点
「ロイよ。ようやくあの偽聖女を追い出したようだな」
「父上……」
僕は振り返りながら、声を掛けてきた男性の方を向いた。
そこには厳格な表情をした自分の父親がいた。
そして、その隣には母。つまり女王がいる。
「あんな庶民が聖女などとはあり得ぬ話だ。それに比べて儂の選んだヨルダ公爵令嬢こそ聖女にふさわしい」
「ええ、その通りですわ。庶民に城に出入りされて、匂いが移ると困ります」
その言葉に、僕はグッと怒りをこらえることしかできない。
怒って言い返しても逆効果だ。
僕は出来るだけ冷静な態度で反論を試みる。
「ですが父上。聖女とは神殿で選ばれた正式な者を採用する者です。今回勝手にヨルダ公爵令嬢を選んで、もし結界の力が弱まれば……」
「魔物どもが攻め込んでくると言いたいのだな?」
「はい」
僕は頷く。
すると、父はつかつかと歩いてくると、僕の頬をピシリと平手打ちした。
「お前はいつから儂にそんな偉そうな口がきけるようになった? 儂が決めたことにお前は従っていればいいのだ。お前は王位を継承するにあたって、これまで通り模範的な王子として振る舞え。それ以上は期待などせん!」
「その通りです。私たち両親の言うことを聞いていればいいのです」
二人はそう言うと、用事はないとばかりに去って行った。
僕は自分の部屋に帰る。
そして、
「くそっ! いつもこうだ!」
その腹立ちは誰に向けたものか自分でも分からない。
両親に言い返せないふがいない自分なのか、それとも自分をただ王子としての外面しか見てくれない愛のない両親に対してなのか、それとも……。
(それとも)
僕は窓から星空を見る。
そこには美しい星空が瞬いている。
その瞬きはある少女の屈託のない笑顔を思い出せてくれた。
「ケイト……」
思わず名前を呼んでしまった。
彼女への風当たりは当初から強かった。
爵位のない彼女が聖女として選定された時、まず国王と女王の猛反対があった。
だが、神殿の決定は絶対。
ただ、彼女に与えられるべき待遇は全く与えられなかったといってよい。
聖女はこの国の礎だ。
大陸には魔より生み出されしもの。すなわち魔物が跋扈しているが、それを結界で防ぐのが聖女の役割だ。
彼女の力はすごかった。
何か些細な粗相でもあれば追い出そうとしていた両親を、その力を見せることで黙らせたのだから。
だからこそ、両親は別の聖女候補を立てて来たのだ。
確かに彼女も結界を張る魔力を持っているようだが、果たしてケイトほどの力を発揮できるのかは分からないが……。
何はともあれ、よほどケイトという庶民が城に出入りするのが機に食わなかったのだろう。
だが、彼女は僕にとって必要な人だった。
彼女に初めて会った時のことは今でもよく覚えている。
当時の僕は、たぶん、すごくいけすかない奴だったんじゃないだろうか。
というのは、両親からは第1王子としての役割しか期待されず、愛されて育ったという実感が欠片もなかった。
あくまで、両親の権力を支えるため、そして社交界に出しても恥ずかしくない道具として育てられたという確信がある。
そして同時に、王や女王がそのような態度で僕に接するのだから、他の家臣たちも僕にそう接するのは自然なことだった。
僕はどこまでいっても、僕個人として見てもらうことがなかった。
第1王子であり、この国の後継者。
そのために、まず帝王学を学び、外交でも恥ずかしない礼儀作法を教え込まれ、教養を詰め込まれた。
あくまでこの国の道具であり、両親の見栄であり、自分と言う存在などなかった。
そして、それが当たり前だと思っていた。
そう。
彼女と。
ケイトと合うまでは。
多分無表情だった僕に対して、ケイトは会うなりこう言ったのだ。
「なに? 嫌なことでもあったの? うちのパンでも食べる? 元気が出るよ!!」
「は?」
僕もその頃はまだ両親から身分差だとか、庶民とは口をきくな、だとか。
ともかくそういう風に言い聞かされていた。
だから、最初何を言われたのか分からなかったし、ともかく無礼な奴がやってきた、くらいの気持ちでいた。
だが、その初顔合わせの言葉は僕の心からなかなか消えなかった。
いや、むしろ。
あの時のケイトの生き生きとした表情。
僕を見て不思議そうにした後、ニコリとした微笑み。
思ったことがたちまち表情に出る可愛さ。
まるで猫のような気まぐれな行動。
そのどれもが、僕が今まで体験したものではなかった。
いや、分かっている。
それが何か分かっていた。
僕は心の中でずっと泣いて求めていたもの。
僕が本当に欲しかったもの。
少しでもいい。
自分を見てほしいと渇望して、でも一生手に入らないと諦めていたもの。
それを彼女は初対面でいきなり、僕にくれたのだ。
僕が疲れているということに気づいて声をかけてくれたのは彼女だけだった。
元気を出して、なんて言ってくれたのも彼女だけだった。
王位継承権を持つ僕を前に、気楽に声をかけてくれたのも彼女だけだった。
僕個人を見て、僕個人に話しかけてきてくれたのは、彼女が初めてだったのだ!
彼女さえいればそれでいい。
彼女こそが僕の未来の妻になる。
僕の人生はその日から。
その時から。
一変したのだ。
人生がこんなに楽しいものだとは。
猫のような、自由奔放な、表情のくるくると変わる、本当にただひとりの女性に僕は夢中だった。彼女のことを考えなかった日はない。
いや、彼女のを中心に僕の生活は回っていたと言って良い。
公務は効率的になった。
彼女に会う時間を1分でも増やすためだ。
これでも貴族学校の首席だ。それくらいのことはたやすい。
剣術も磨いた。
人づてに、彼女の父が冒険者の中で最も剣の腕の立つ剣聖だと聞いたからだ。
もともと剣の腕は良かったけれど、より気合を入れた訓練した。
社交もより力を入れることにした。
僕が外交をミスして、戦争でも起これば彼女との結婚生活に支障をきたすかもしれない。
平和を維持するためには、僕が優れた為政者であることが大事であると思ったからだ。
実際に、やや外交状態の悪かった隣国とは、こちらが交易を持ち掛けることで、戦争をするメリットを縮減させることに成功した。
両親が退位した後の彼女との夫婦生活を夢見ている僕は、彼女の事しか考えていなかった。
だけど、それが隙を生んだ。
僕は本当に彼女の事しか考えていなかった。
彼女のことしか見ていなかったのだ。
そんな矢先に両親から告げられたこと。
「真の聖女を連れてきた。あのケイトという女は処刑せよ」
父のそんな言葉に、僕がとっさに返事が出来なかったのも無理はないだろう。
「何を……言っているんだい? 父さん…‥‥?」
僕は青い顔をしていただろう。
処刑?
彼女を?
僕のケイトを?
意味が分からない。
でも、僕を傀儡としてしか認識していない父は淡々と告げた。
「新しい聖女が見つかったのだ。もはや骨董品は不要だ。早々に処刑するがいい」
父の言葉は理不尽だった。
その場で怒り狂うこともできた。
実際、内心はそのような有様だった。
だが、仮にも相手は王だった。
第1王子とは言え、しょせん権力はない。
むしろ、下手な反抗は彼女の命を危険にさらすだろう。
ならば、芝居をうつくらいしかないだろう。
「父さん。さすがにそれは他の貴族が黙っていないし、神殿の印象も悪いよ」
「他の者がどう言おうが関係なかろう?」
「ええ、もちろん絶対王者である父さんに逆らう輩なんていないと思う。処刑は良い案だと思うよ。でもね」
にぎりしめた手から血がしたたり落ちないか心配だったけど、僕は懸命に演技を続けた。
「もうすぐ王位20周年じゃないか。その栄誉ある時期に波風を立てるのは、父さんを愛する息子としては反対せざるを得ないね」
「ふーむ、確かにそうだ」
もう一押しか。
このクソ親父め!
「それに僕が一番のケイトへの辱めになるのは、庶民に戻すことだと思うんだ。貴族の仲間入りをしたと思ったら、一般庶民に戻される。これほどみじめなことはないよ!!!」
言っていて吐き気がするが、父を説得する言葉を探ればこう言う他なかった。
「ぐわっはっはっは! お前もようやく分かってきたようだな。確かに、一番の恥辱を与えるのは処刑よりも汚らわしい庶民へ戻すことだ! 将来の王妃になるはずが、単なる庶民に戻るのだからなあ! 恐らく自殺してしまうのではないか! ぐわはははは」
下品な嘲笑を聞きながら、僕も愛想笑いを浮かべる。
ただ、内心はハッキリ言って逆のことを考えている。
(ケイトがそんなこと気にするはずないだろ! 器が小さいのはお父さんだよ)
なんてことを考えていたが、幸い、この説得が成功し、ケイトは城から追放するだけの対応で済ますことが出来た。
「ぐわははははは! やっと庶民の臭いにおいが取れたわい! きっと泣いて悔しがっているだろうが、まあ、うたかたの夢を経験できただけでも感謝すべきであろう。たかだか一般人が城に入ることができたのだからなぁ!」
(ケイトは全然未練なさそうだったけどね)
僕はそんな父の見当違いの発言を冷めた視線を向けながら、ともかく彼女が無事に市井に戻ったことに安どしていた。
そして同時に思う。
あさましいと思われても仕方ない。
でも思ってしまうのは仕方ない。
「ケイト、絶対もう一度君を聖女の職に戻す。そして僕のお嫁さんにする」
そう星空に誓ったのだった。
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