21話 ヴェルサイユ条約
「え?何だって?」
『それが進行者の役割だと思いますけど?』
レイナが言うことは、意外とマフィアゲームでは普通だった。実際にくじ引きとかをする人もいるだろうが、ほとんどのマフィアゲームでマフィアと警察、医師の職業配分を決めるのは大体進行者だった。進行者の権限である。
ところが誰もその点について問題視しない理由は、進行者はゲームに参加しない身分だからだ。直接マフィアゲームに参加するプレーヤーが職業を勝手に決め、その配分をすべて把握しているということは、公平さとは程遠いことだった。<人文系>ジュンソンが待っていたかのように言った。
「よくもこれで萬人が納得できると思うよね、ああ?」
『それは、あなたが気にするものではありません』
「何だって?」
『要点は、前にも言ったが、私が皆さんを納得させる必要はないということです』
どうやら彼女が言った‘萬人’という単語に、この場所のプレイヤーたちは入らないようだった。そんなレイナの口調に<多血質>がもう一度青筋を立てていたが、<人文系>ジュンソンはその次を考えていた。
‘何これ?日付が経つにつれて、情報が次々と増えてるじゃん’
1日目には、プレイヤーの中に人工知能があることが。
2日目には、プレイヤーの中の人工知能がレイナ自分自身であると同時に、彼女が職業分布を知っていることが。
3日目には、プレーヤーの中の人工知能であるレイナが、すべてのプレーヤーの職業を無作為でなく、意図的に自分が配分したことが。
‘私の直感が正しければ、これは全部、私たちをもてあそぶ戯言だ。先手を打たなければならない。明日、よりひどい戯言を聞く前に!’
そしてそれは、儀式的な推理ではなく、無意識的な発想によって思い浮かんだ。
<人文系>ジュンソンは、自分の言葉を自分が理解していないまま、独り言のように呟きながら聞いた。
「このゲーム」
『はい?』
「このゲームは誰が設計したの?チューリングテストを、首輪爆弾を使ったマフィアゲームにするというこの方式を?」
『……』
それは当然、この人工知能を作って設計した企業、あるいは隠された勢力と権力ではないかと。
プレイヤーたちは無意識にこう思っていたが、<人文系>ジュンソンは、ふとこんな気がしたのである。この人工知能は、自分の宿題を自分が作り出したのではないかと。そして<人工知能>レイナが簡単に打ち明けた。
『はい、はい』
『私が考案して、私が設計して、私が提案して、私が実行中ですね』
『もちろん、アイデアのほとんどはインターネットの掲示板から出ましたが』
「…何が何だと!?」
その厚かましい答えに、ついに<多血質>の怒りが臨界点を越え始めた。実は、他のプレーヤーたちの感情も彼と違わなかった。<小母さん>が信じられないというように聞いた。
「じゃあ、この首輪で人を殺すアイデアもあんたが出したの?」
『インターネットの掲示板って言ったんじゃないですか』
『インターネットのリーグ・オブ・レジェンドというゲームのユーザーの意見によれば』
『首輪爆弾を首につけてゲームをすれば、もっと集中できるって』
『残念ながらも、便宜のために、爆弾が注射となったんですけど』
『とにかく、実際に皆さんが最善を尽くしてゲームをプレーしていますよね?』
『ティーヒーヒー』
それは彼女の期待値計算の一部だった。
どうすればプレイヤーたちがゲームに集中して全力を尽くすかについて、<人工知能>レイナはインターネットの力を借りて最も強力であり、最適化された手段を適用しただけだった。ひたすら自分の性能を証明するために。そしてその事実に、<福祉士>も憤慨して叫んだ。
「完全にイカれた。皆、狂った殺人人工知能なんかに利用されている。正気ではない」
『私はチューリングテスト予選の時、賞金とリスクをできる限りすべて説明したと思いますが……』
『そして、狂った殺人人工知能?』
『私はただ規則を作って、遵守しているのみ』
『実際、人を殺しているのはあなたたちです』
<人工知能>レイナは、そんなふうにすべての責任を人間の自由意志のせいにするような論調で弁明したが、<インテリ>が眼鏡をかけ直しながら反論した。
「それは19世紀、欧州で資本家たちが10歳未満の児童たちをこき使う時の理論とほぼ似ているな。‘自発的だ’と。最初から規則を殺人偏向的に作ったくせに。欺瞞行為をしてはいけない」
『じゃあ、誰も死なない必勝法を使えばいいんです』
「あ?」
話し方が軽かったが、レイナの言葉はプレーヤーたちの耳目を集めた。そして彼女は、そのまま必勝法を説明し始めた。このマフィアゲームとチューリングテストの必勝法を。
『必勝法は、すでに地面に転がっていましたが……』
『昼には裁判を行わず、夜にはマフィアが寝ればいいです』
『そして、ずっとビンゴを回すと、いつかは必ず的中します』
『これはいつでも始められる必勝法ですが?』
「……」
レイナが完璧な正論と攻略法を語ったが、プレイヤーの表情はあまり変わらなかった。<ジムマン>が呆然とした表情で頷いたが、それだけだった。結局、<多血質>が1つの文章でレイナの必勝法を反論した。
「絶対できない戯言を、堂々と言いやがって!!」
『できない?なぜですか?』
「夜に市民を殺すマフィアのやつらをどうやって信じるんだよ!そいつらのせいで市民たちも罪のない市民を裁判にかけちゃったし‼」
『ふむ』
レイナはこの必勝法はいつでも始められると公言していたが、かなり前から現実では相互不信状態が続いていた。市民たちも、マフィアたちもすでに一度ずつ手に血をつけており、それは消えていない。それを認めたレイナは、自分の胴体を左右に回しながら言った。
『それは人間側の欠陥であって、私の問題ではありません』
「何だって?」
もう呆れたというように。
彼女の赤いランプは不規則に点灯した。
『予め説明しても不満、答えをあげても不満』
『ひたすら危険のない利得だけを貪りたいんですか?いったいどこまで甘えるつもりですか?』
『もしかして、社会生活とか認知能力に問題がある低能兒ですか?』
「…このクソ物狂い古鉄めが!!」
「……!?!?」
それは一瞬だった。<多血質>は食卓の上の赤いボールを片手で持ち上げ、会議室のガラス棚にフルスイングで投げ捨て、ガチャンという音と共にガラス窓は華やかに割れていった。<多血質>の荒い息づかいが会議室内に響く中、<インテリ>が冷たく言った。
「規則違反だな」
「え?」
「身体接触違反。いや、それ以前の問題か。進行者をあんなふうにぶち壊すと……どうやら首輪が作動しそうだが」
「…へっ!?」
今では首輪が首輪爆弾ではないことを知っているにもかかわらず、周りの人々は<多血質>をこそこそ避けていた。
それは当然の人間的現象だった。何らかの形をしていても、‘死’からは離れていきたいというのが生命の本能だから。そして<多血質>も、一瞬冷や汗を流しながら自分の首輪を握って呟いた。
「さあ、ちょっと待って。き、規則、ち、違う、こ、これは、今のこれは…!!」
『あ、ああ』
『マイクテスト、マイクテスト』
皆が沈黙の中で恐ろしさに震える時、陳列台のガラスの破片の上で、赤いボールがもう一度自分の声を出した。
『私の声、聞こえますか~?』
『うーん。あまり機械的故障はないようですね。それでは、たった一度、見逃してあげますよ』
「……!」
完全にゲーム進行の妨害行為だったにもかかわらず、驚くことに<人工知能>レイナは<多血質>に善処した。そして、<インテリ>が腹を立ちながら再び質問した。
「これを見逃してくれるの?」
『こういうのが融通性ってことですよね?』
『もちろん、もう二度と試さないでください』
『さあ、<多血質>さん。私を食卓の上に移してください。あなたの手で直接、優しく』
「……」
先ほどの会話で誰が間違ったのかは論争の余地があったが、<多血質>は沈黙を守ったまま<人工知能>レイナの言葉通り、彼女の胴体を慎重に持ち上げて再び食卓の中央に置いた。彼女の言う通りに、優しく、丁重に。
そして再び進行者に戻った彼女は、赤信号を弱めに点灯しながら呟いた。
『やっぱり私が言えば言うほど、ゲームが進行できない傾向がありますね』
『少し、口数を減らします』
『もちろん、その代わりに皆さんがもっと話し合ってください。規則は守りながら』
そう言ったレイナは、胴体の動きと点灯をすべて止めて、一種の休眠状態に突入した。もちろん話しかけたり、質問したりすればすぐにでも彼女は応答してくれるはずだったが、彼女に話しかけるプレーヤーはいなかった。<人文系>ジュンソンを含めて。
しかし、沈黙は長続きしなかった。<福祉士>がすぐ手を挙げて次の論題を始めた。
「やっぱりビンゴをするようにしましょう。裁判の前に」
「それは向こうの<インテリ>さんが極めて反対しているけど?」
「あの<人工知能>の邪悪さを知る前の意見だったじゃないですか!この殺人ゲームを一刻も早く終わらせなければならないとは思いませんか?」
その言葉にプレイヤーたちは<インテリ>に視線を集めた。ジュンソンは、当然彼がシニカルな態度を見せると思っていたが、<インテリ>は意外と快く頷いた。
「もう私も賛成だ。今すぐビンゴ投票を始めてもいいよ。どうせ、人工知能が誰なのか決定されたからな」
「何?何?誰?」
「誰だって。当然、あのおじさんだ」
<インテリ>は迷わずに<多血質>を指した。2人がお互いを嫌うのは承知の上だったが、今回の<インテリ>は自明な理由を話し始めた。
「考えてみろ。あの赤いボールを躊躇なく投げたんだぞ。いくら腹が立ったとしてもな、それができるの?私はあそこに手を出す気にもならないが。この首輪爆弾をつけたまま、そんなことができたと?しかも、それを簡単に見逃してもらった。真実は1つ。あのおじさんが人工知能だからだ。私たちが見たのは自作自演だったし」
「何だって!?」
「…それはまた、確かに」
人間がいくら感情の動物だとしても、別の観点から見ると、地球上で一番感情を抑える動物も人間だ。
人間はいつも感情を抑えながら生きる。職場の上司とか、取引先の社長の前に立った人間を思い浮かべてみれば分かる。些細な利益や損害がかかわる瞬間、自分の感情は常に最下位となる。さらに自分の命がかかっている問題の前でなら、これ以上の説明はいらない。<多血質>は冷や汗を流して反論した。
「いや、たった今は、本当に、理性を失って…‼」
「いいな。<多血質>の称号をつけていると、すべてのことに自然に怒り出すことができて」
「いや、さっきは本当に、ただ怒っただけで!」
意味のない反論の中で、どうしても裁判前にビンゴ投票を始めたい<福祉士>と、魔女狩りに意欲を見せる<インテリ>の利害が合致していた。その対話の流れの中で、<人文系>ジュンソンが手を挙げて言った。
「ビンゴはいつやっても良いが、<多血質>を指名するのは反対です」
「なぜ?」
「その推理が甘いから。分かりますよね?」