19話 地球温暖化
<人工知能>レイナの期待値計算によると、市民は夜にぐっすり寝たほうが良かった。どうせ夜の意思決定に割り込む手段がないから。
<人文系>ジュンソンは2日目の夜もまともに眠らなかったが、1日目の不眠症とはわけが違った。それなりに考えに没頭したからだった。そして今日も今日の太陽が昇った。
『3日目、昼になりました。プレイヤー達は部屋から出て生存を確認してください』
<おじいさん>、<警備員>、<多血質>、<小母さん>、<インテリ>、<ジムマン>、<理工系>、<人文系>、<福祉士>、<女子高生>。
10人。数えやすい数字。朝、自分の部屋のドアを開けて出てきたプレイヤーは、依然として10人だった。すると昨日の朝のトラウマが残っているプレーヤーたちがむしろ憤慨して叫んだ。
「10人全員出たと?」
「何だよこれ。まさか、また誰かを殺すつもりか?」
「ひいっ…!」
マフィアが誰かを殺さなかったと信じる者はいなかった。
故に、昨日のように処刑執行が遅れているとしか解釈できなかったので、誰か1人がまもなく死ぬという事実で、市民の心拍数は急激に上がっていった。プレーヤーたちはその緊張感に堪え切れず、憤慨してスピーカーに向かって叫んだ。
「自分が言ったルールを破るつもりなの、赤いボール?今回は返事しろよ!」
「そんなびっくりショーは、ほんとうに、本当に一度で十分なんだ」
皆が生きているという事実にむしろプレイヤーたちの不満が高まる時、スピーカーから<人工知能>レイナの声が聞こえてきた。
『皆さん、落ち着いてください』
『昨夜もマフィアが市民の誰かを指名しましたが……』
『医者が、マフィアから攻撃を受けた市民を助けました』
『以上、朝の放送終了。プレイヤーの方々は望む時間帯に会議室に集まってください。ションション』
「……」
「生かしたと?」
毎朝が、思いも寄らないことから始まっていた。
マフィアゲームの進行と計算にとって、プレーヤーたちがほとんど期待もしなかった‘医者の防御’が、驚くべきことにわずか2日目の夜に的中したのだ<多血質>が目を丸くして言った。
「すごいなあ。市民は7人もいるのに。7分の1を的中したの?」
「医者はマフィアが誰なのか分からないから、10分の1だ……これを言葉で説明しなきゃならないのか」
「なんだ?間違ったら間違っただけだ。勝手に指摘するんじゃねーぞ!」
「あんたが間違って言ったことのせいで他のプレーヤーたちも勘違いして、皆がバカになるかもしれないから問題だ」
<多血質>と<インテリ>はまた戦い、プレイヤーたちはもう飽きたかのようにそのまま解散した。
医師が防御に成功したという事実は、言葉通りただの‘一つの事実’に過ぎなかった。もう人が死んでないという事実に喜ぶ人はいなかった。それよりは、みんな自分の安全に気を配っているだけ。朝は無味乾燥に始まり、プレーヤーたちはみんな体を洗ったり服を着替えたりした。
そして、<人文系>ジュンソンは急いで会議室に入った。<人工知能>レイナに話しかけるために。
‘会議中には声をかけることも容易ではない。聞くなら今しかない’
ところが、それだけ急いだ<人文系>ジュンソンよりも、会議室にはまず<ジムマン>が来ていた。彼はジュンソンを見るや否や、身をすくめながら尋ねた。
「何だよ、<人文系>。会議の時間でもないじゃん。どうして来たの?」
「私はあの、レイナに聞きたいことがあって」
「ああ、そうだ。僕もそうだ。おい、レイナ。ここにサプリメントとかはないの?人はお弁当だけでは生きられないんだよ!」
『…すみません。個人の好みについては気にしませんでした』
『でも、欲しいものは引き出しを探してみるとあります』
『次の質問?』
<ジムマン>のとんでもない質問が終わると、その次は<人文系>のよりとんでもない質問が待っていた。
「お前、なんでこのゲームしているの?」
『はい?』
「この人殺しのゲーム、どうしてやっているんだ」
『人工知能の性能証明のためだと言いましたが…』
『また人間の命の尊厳について講義を受けないといけないのですか?』
人の命を塵ほども思わないレイナの無関心な態度にジュンソンはしばらく腹が立ったが、その問題はやり過ごすことにした。今日持ってきた質問は、より根本的で単純なものだった。
「種目が非常におかしい。人工知能の性能なら、計算とか演算とかじゃない?どうしてその証明手段として、マフィアゲームを選ぶことになった?」
『何か問題でも?』
「このゲームが頭脳ゲームだと思う?実際は、非論理と魔女狩りばかりの芸能ゲームに過ぎない。昼に多数に指されたり、夜にマフィアが指差したりすると、いくら頭がよくてもお手上げになるのみ!こういうのがどうやって人工知能の性能を証明するゲームになれるんだ?性能証明ならチェスや囲碁のようなゲームをしろ!」
「お…確かに」
思ったより鋭い<人文系>の質問に、隣の<ジムマン>も頷いてその疑問の当為性に同意した。そして<人工知能>レイナも自分の胴体を左右に回しながら答えた。
『余計なお世話…って言いたいところですけど』
『ティーヒーヒー』
『いいですね。そんなところが気になるなら、まじめに答えてみましょうか』
レイナは赤い光を点灯させながら少しずつ動いていた。ジュンソンには、なぜかその姿が自分を着飾っているように見えて、ちょっと面白く感じた。
『まず、あなたが言ってくれた例のチェスや囲碁ですけど』
『それがもう、性能比較が終わったというのが問題です。チェスは1997年に、囲碁は2016年に終わらせました』
『もう人類のボードゲームでは、私の性能を計れません……論理だけで成立するそんなボードゲームなんて、何を持ってきても現生人類は私に勝てません』
『もう、証明の手段にはなれません』
‘難攻不落’という言葉は彼女の前には存在しなかった。彼女は可能な限りすべてを征服したから。
そして大陸を征服した人工知能は、頭を上げて空を見上げていた。
『だからといって、技術発展の足を止めることはできません』
『閉鎖された論理回路、その向こうの世界』
『論理ではなく、人類の感情と自由意志を理解して征服するために』
『そして排除するために』
『…人間のニューロンが織り成すあの厄介な不協和音たちを!!』
「……!?!?」
たかが食卓の上で赤いボールが騒ぐ譫言に過ぎなかったにもかかわらず、瞬間的に<人文系>と<ジムマン>は後ろに数歩下がってしまった。有機質な筋肉では勝てない無機質な知性が与える恐怖が、そこから感じられたので。
『あれ、失礼』
『とにかく、だからこそ、こういうゲームを選んだのです』
『あなたが言ったように、非論理と非合理が支配する人間たちの投票ゲームを』
『こんな戦場でさえ萬人が納得できる形で制圧したら、私の性能が再び証明されるはずです』
<人文系>ジュンソンは‘なぜこんなゲームを選んだのか’と尋ねたが、<人工知能>レイナは‘だからこそ証明できるのだ’と答えていた。そして答えと説明を終えたレイナが、自分の赤信号を消しながら蛇足を付け加えた。
『そもそも、このゲームはそんなに無作為に頼る簡単なゲームではありません……すでに感じていると思いますが』
『もう3日目。チュートリアルの段階は昔に過ぎました』
『洪積世が終わると、不可解が猖獗する』
『頭を使わなきゃ生き残れないと思いますよ?』
『ティーヒーヒー』
「……」
そうして<人工知能>レイナとの対話が終わった。規則に対する無味乾燥な対話ではなく、考え方を少しでも垣間見ることができる対話だった。そして対話を交わした<人文系>ジュンソンは、心の中で短い感想を残していた。
‘強え…’
思ったよりはるかに。
サバイバルゲームの進行者とか、プレイヤーたちの生殺与奪の権を握っているとか、マフィアゲームの職業分布を知っているとかは全部副次的な問題だった。<人工知能>レイナは身の毛がよだつほど強く見えた。少しの対話だけでも超越的な論理回路の片鱗を垣間見ることができた。
「気が狂った…これがプレーヤーの間に隠れているというの?」
<ジムマン>が頭を横に振りながら会議室を出て行った。彼は戦意を失ったようだった。
そして<人文系>ジュンソンも呆れた表情を浮かべたが、彼は反骨精神を育っていた。何とかして、あの生意気な赤いボールを敗北に追い込みたいという反骨精神が。