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上原さんと篠崎くん  作者: kurokami_love
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日常5ー2:強歩大会

「まもなく強歩大会、女子生徒のスタート時刻となります。女子生徒は学年ごと整列し、男子生徒の邪魔にならないよう、脇にそれて待機してください。」


アナウンスが聞こえると、座り込んでいた生徒が渋々立ち上がり始める。


強歩大会は全学年合同で行うたえめ、接触事故を回避する目的でまず男女に分かれる。


その後、3年生から順にスタートし、そこから数分空け、順々に走る。


そのため、1年生は一番最後にスタートしなければならず、大きなハンデを背負うこととなる。


お正月の駅伝番組で、男子駅伝選手の平均走行速度が1km:3分と報道されていたのを覚えている。


たかが数分、されど数分。


そのことを理解している上原は「公式のルール整備が甘すぎる」と、血気迫る面持ちで語っていた。


そんな上原は1年集団の最前列に位置し、目を閉じ、深い呼吸をくりかえし、薄い胸を上下させる。


公園であった時と同じポニーテールと白いレースのシュシュに加え、前髪にはパッチンのヘアピン、腰には俺と同様のランニングポーチが装備され、この大会にかける意気込みが見て取れた。


この状態で声をかけると煙たがられるか、最悪無視されそうなので、黙って見送ることにした。


「篠崎」


(高校にはいてから、よく名前を呼ばれるな)


座り込んだまま顔だけ声の方向に向けると、とても見知った人物が立っていた。


白い歯を見せつけるように口角を上げる人物、「牧村 雄介(まきむら ゆうすけ)


「隣、いいか?」


「ダメ」


「よいしょっと。篠崎も強歩、ガチでやるんだな。」


俺の返答を反故し、何事もなく会話を続ける図太さは、高校生になっても変わっていなかった。


「まあね、"ごろっとイチゴのマリトッツォ"のために」


「ガチでやることもそうだが、篠崎がスイーツ好きだってことを、今初めて知った。」


俺も今日初めて口にした、とは言わないでおこう。


「バスケ部元部長さんは、聞くまでもないか。」


「おう、1番を狙うつもり。だけど、うちの先輩、佐伯先輩って言うんだけどさ、めっちゃ体力お化けなんだよ。あの先輩と勝負して勝てるかは微妙だな。せめてスタートのハンデがなければ、いい勝負できると思うんだけど。」


「お前って、結構化け物じみたスペックしてるよな。これで勉強もできるんだから、世の中不公平だ。」


「おいおい、照れるだろ。でも、テストの点数は篠崎の方がいいじゃないか。特に、理数系はいつも90点台だったろ。」


「国語が足を引っ張って、合計点は400ぐらいになるけどな。」


「嫌味か、十分高いって。」


とりとめのない会話が、どこか懐かしい。


高校に入学してからはクラスが別になり、一度も会話をする機会がなかった。


メールでのやり取りも数回程度で、牧村との「いつも通り」を急いで掘り起こす。


すると、考えていることが伝わったのか、牧村は鼻で軽く笑った。


「《《あの時》》さ、こんな風にまた篠崎と話せるなんて、思いもしなかったぜ。」


(あの時…)


言葉に反応し、記憶がフラッシュバックする。


中学時代、俺が「鏡」であることを選択し、周囲の鏡に溶け込もうとしていた時期。


クラスの中でも、一層の輝きを放つ存在、「牧村雄介」がいた。


会話の中心にはいつも牧村がいて、取り囲む集団は光を求めて群がり、まるで魅了の術でも掛けられているようだった。


容姿、運動、勉強と、各種ステータスは勿論のこと、あの人当たりのよさ、いわば「人間性」に惹かれるのだろう。


ただ、俺には「牧村雄介」が見えなかった。


物理的に見えないとか、オカルト話ではない。


鏡に映される存在であり、周りは彼の眩しいまでの光を求め、鏡であろうと群がるのに、牧村から「自我」を感じなかった。


輝きにはノイズが混じり、言葉はどこかへ霧散し残ることはない。


そこには見えない、確かな「壁」が形成さえれていた。


沢山の人間を観察してきたが、そのどれにも一致しない初めての人間に、俺は興味が湧いた。


日常で会話を始めるキッカケを探り、彼のグループへと溶け込んだ。


部活で早朝から一人練習している事を知り、一緒に練習したいと申し出た。


席替えの時、同じ席になるようくじ引きを操作し、隣の席になった。


数々の策を講じ、いくつもの種をまいた。いくつも、何度も。


彼を、知るために。


そんなある日、彼からコンタクトがあった。


早朝、いつものように誰も練習に来ない体育倉庫内のボール籠から、茶色のボールを取り出そうとしたときだった。


まだボールを取り出してもいないのに、倉庫の扉を閉められ、壁ドンをされた。


生まれて初めての壁ドンだったが、今までに見せたことのない剣呑な表情に、身動きがとれなかった。


「お前、何が目的だ。何で俺のことを嗅ぎまわる。今まで一度たりとも話したことなんてなかったのに、部活の練習にまで参加してきて、いったい何がしたいんだ。」


口封じ、なんて優しいものじゃない。


握られた拳にナイフなどないが、人を殺しかねない、確かな殺気を忍ばせていた。


以前、当時のことを聞いてみたことがある。


「そりゃ、あのことをバラされたら俺はこの社会で生きていけない。殺すか、殺されるかの状況だったよ。」と言っていた。


それよりも、恫喝し、詰め寄った後が怖かった、とも。


俺に全く自覚はないが、どうやら恫喝されたあと、《《無邪気》》に、不気味にほほ笑み返したらしい。


不気味とは失礼な。


そりゃ、やっとノイズで見えなかった一端を垣間見れて嬉しいかったけど。


「それはこっちのセリフだ。牧村がその気になれば、俺がクラスでハブれる事は目に見えてる。」


相手はクラスの中心人物で、俺は登場人物S。


殺される犯人の役割がだれかなんて、分かり切っている。


「そっちじゃねーよ。たく、これが素なんだから、マジで面白い。」


「そっちじゃない?ああ、お前が俺に告白し」


「わー--!馬鹿かコイツ!。こんなところで話すんじゃねぇ!」


むごごっ。


後ろから手を回され、完全に口をマスクされる。


(こいつ、力つよう過ぎ!?息が…)


手をタップし、プロレス風にギブアップを表明する。


「あ、悪い。」


「お、お前、鍛えすぎて力が馬鹿になってるぞ…死ぬかと思った。」


「いや、俺だって高校生活殺されかけたわ。お互い様だ。」


その後、軽い雑談を繰り広げ、牧村がクラスメイトに声を掛けられ、その場を後にする。


「またな」と言ったその表情は、《《あの時》》と違い、本心からの笑顔だったと思う。


中学3年生の卒業旅行の時、初めて牧村の気持ちを打ち明けられ、その場で振った。


告白された俺以上に、思いを打ち明けた牧村の方が、放心し固まっていた。


10秒ぐらい経過し放心状態から戻った牧村が、「何でそんなに平然としていられるのか」「気持ち悪いと思わないのか」と詰問気味に問われた。


不思議な雰囲気と、今まで見たことのない、照れとも怒りとも取れる形相に、思わず苦笑が漏れ出るところを堪えていた。


ただ、嘘だけは許されない空気感を察し、ありのまま答えた。


告白とは、隠していた心の中の気持ちを打ち明けること。


そこに「同性」「異性」は関係ない。


俺はお前を友達でいたいと思っているが、恋人になりたいとは思ってない。


それだけのことだ。


言葉は違うかもしれないが、大体似たような内容の言葉を並べたはず。


覚えていたのは伝えた言葉より、そのあとに見せた牧村の、涙混じりの笑い顔だけだった。


くしゃくしゃになった顔を必死で繕い、「ありがとう」そして、「またな」と。


今思うと、もう少しだけオブラートに包んで断ればよかったと反省している。


牧村にとって初めての告白で、初めて打ち明けた悩みだったはず。


俺と同じ、周りに期待せず、周囲に溶け込むことで、やり過ごそうとした。


いまでもこうして話せるのは、似た境遇にいる人物に対し「同族意識」が働き、仲間だと脳が錯覚しているのかもしれない。


「まもなく男子生徒のスタート時刻となります。3年生から順に整列を始めてください。」


時間はあっという間に過ぎ、男子の順番が回ってくる。


靴ひもを確認し、スタート位置につき、ピストルスターターの破裂音と同時に走り出す。


走り出して間もなく、後ろ手に肩にを軽くたたかれる。


「じゃ、お先~」


牧村が、宣言通り1位を目指し、軽快に集団を通り抜けていった。


「技」と言って差支えない技術に唖然とする。


将来、渋谷勤めの営業マンになっても仕事ができそうだ。


(バスケ部ってすごい。)


光の軌道をなぞるように、負けじと集団を潜り抜けて走り始める。


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