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8.ジャック

 

 俺の幼馴染リナは変わっている。


 掃き溜めに鶴、鳶が鷹を産んだ。そんな言葉が当て嵌るような美少女だったが、そう言う変わった、ではない。


 幼い頃から美少女っぷりは際立ち、未遂も含めた連れ去り事件は数えきれない。

 俺もその現場に居合わせ、犯人を蹴ったり殴ったり噛んだり罵ったり蔑んだり嘲笑ったりしていた。

 危機的状況でハイになっただけで、俺にそういう趣味は無い。何度も言うが、俺にそういう趣味は無い。無いったら無い。


 その対策にと、何をとち狂ったのか、革を染める染料で自分の髪を染めてきやがった。


 それを見た俺の、言い表せないもどかしさが落ち着いた後に思ったのは、それは人体に使用して大丈夫な物なのか?と言う疑問だ。


「平気じゃない?今大丈夫だし。それを使った革製品を日々人が使ってるわけだし」

「いや、理屈が通ってるようで通ってねえから。頼むから用法用量は守って正しく使ってくれよ」


 リナの親父さんお袋さんもそうだ。

 娘の奇行に最初は戸惑っていたらしいが、それに秒速で慣れ、今では可愛い娘の奇行に協力している。


 マニエおばさんは娘の髪のアレンジや、地味だが可愛らしい着こなしを楽しみ。ニールおじさんは裕福層の顧客達から、私設警備団の運営方法を学び、それを街の自警団に応用しようとしている。

 何故か、取り調べ方法講義が異様に充実しているらしいが、それは子供の知る範疇ではないと言われた。


「ジャックは、骨格がしっかりしてるし、お父さんも背が高いし。将来は立派な大人になりそうだね。…楽しみだな」


 また出現した不審者を取り押さえ、取り調べ室から革切り鋏を持って現れたニールおじさんは、イイ笑顔だった。

 …何が楽しみなんだろう。何を期待してるのだろう。怖くて聞けない…。


「ねえジャック。今度、腹黒変態ロリコン…じゃなくて、とあるお客さんが来るんだけど」

「なあ、聞き捨てならない単語放っといて、誤魔化せると思ってる?なあ」

「それとなく私の後見人になろうとしてるのよ。身の安全を盾にしてさ」

「リナ、誤魔化せてねえからな?」

「お父さんの顧客が減る可能性もあるけど、来店直後に金てk…、男性の象徴に会心の一撃をお見舞いしようと思うの」

「頼むから聞き捨てならない単語に、更に物理的物騒な単語を重ねないでくれよ!なんにも解決してねえのに、更に問題を重ねないでくれよ!」

「と言うわけでシミュレーションを…」

「言わせねえぇぇよ!」


 きょとんとしているな。

 え?親父さんが、怪しいヤツには取り敢えず金てk…って。あの人はいつの間にそんな過激派になったんだ。娘の身の安全の為とはいえ、怪しいヤツ全員に物理攻撃をお見舞いさせていたら、リナ一家こそ危険人物に認定されて、お縄になるぞ。


「ジャック…、あんた天才ね…!」

「何だその、考え付きもしませんでしたって目は!まず考えるだろ⁈」

「ええ~、だってお父さんが『男は馬鹿だから、身をもって教えてやらないと』って、鋏をジョキジョキさせながら言ってたもん」

「言ってたもん、じゃねえ!何でそんな過激派一家になったんだよ⁈何をジョキジョキするつもりだよ!ほら、何か、作ったじゃねえか、防犯鐘ってやつ。まずそれをかき鳴らせ!」

「そうだね。お母さんが『中には幼女にお痛される事を、ライフワークにしてるお変態もいるから程々に』って言ってたし」

「親父ぃ~~~!アボット一家がご乱心だぞ!町内会議だああああ!」


 ジャックは職業学校と家業の手伝の合間は、なるべくリナと過ごした。会うと先ず、リナの周囲に父の愛と言う名の過剰防衛攻撃を喰らい、散った不審者を探す癖がついてしまった。

 安心して下さい。たまにしか居ませんよ。


「おいダンナが嫁さんにべったりだ」

「愛妻家だねぇ~、お熱いねぇ~」


 自分を揶揄う言葉にもいちいち構っていられない。敵は外ではない、生存本能をたやすく剥き出しにする、身内にいるのだ。


「ねえジャック、知ってる?鈴蘭って園芸の花としてありふれてるけど、立派な毒草なんだよ。花にも茎にも葉にも根にも毒があるの。服用すれば一時間もしないうちに、嘔吐・頭痛・眩暈・心臓麻痺なんかを起こして死に至る場合もあるの。なんせ致死量は、毒で有名な青酸カリの十五分の一。入手管理のし易さで言ったら断トツでお手軽だね。花粉にも毒があって、食卓に飾った鈴蘭の花粉が料理に落ちてそれを食べて下痢、とかの例もあるんだよ」


 何でその話を今言うんだ。


 親父さんがモリッツとか言う客を接客する姿を陰から、鈴蘭を挿したカップを持ち神妙な顔で見つめながら、今にも『粗茶ですが~』と持って行きそうな佇まいで、どうして今言うんだ。


「リナ、あっちで遊ぼう。上等なガルーシャ革が入ったんだ。綺麗だぞ」

「ガルーシャ?見たい見たい」


 腹黒変態ロリコン宰相なんか見てないで、職人の技術が詰まった美しい革を見よう。


 ジャックはほっと胸を撫で下ろした。

 リナを気に入っているというモリッツと言う男を、リナは警戒している。

 寄宿学校に入れて才能を伸ばすべき、と誘われているらしいが、家族離れ離れになる事を一家は良く思わず断っているそうだ。


 モリッツを初めて見た時、ジャックは胡散臭さは感じたが、リナ程の危機感は感じなかった。


 こちらを「下」に見ている事は確かなのだが、大人が子供を下に見ている何ていつもの事だ。でもモリッツはちょっと違う感じがする。


 しかしその程度で…と、リナとのやり取りを見ていた。


 (でもリナが、警戒するなら。俺もあいつを警戒するのには十分な理由だ)


 良くも悪くも他の連中と一味も二味も違うリナ。物心つく前から共に育ったリナ。


 リナが犬を猫と言うのなら、俺は……何故そう言った経緯に至ったのか根気よく聞き、犬は犬なんだ、犬以外の何でもないんだ。でもお前が犬を猫と呼びたいのなら、俺も付き合うよ…となるだろう。


 リナもだが、ジャックもだいぶ取り返しがつかなくなっている事に、本人は気付いていない。








 腹黒変態ロリコン宰相こと、フィリップ宰相対策は思う様に進んでいない。


 そもそも分は完全にこちらが悪い。


 フィリップ宰相は国の為と言う大義名分と、才能ある子供に学びの機会を与える。はたから聞いて何もおかしな事はない。宰相閣下は国民にご慈悲を掛けて下さる良いお方、としか見えないのだ。


 それを拒むリナと、その家族を「いい加減承諾してやっては?」と諭す者まで出てきた。


 でもまだリナが小さいので仕方ないか、と言う声もあるのでまだいい。


 でもリナが高等部へ編入できる歳になったら、そうはいかない。

 断る理由は無くなるし、権力にものを言わせれば、逆らう事など不可能だ。


 ただ嫌だと断っていれば、立場が悪くなるのはリナ一家である。

 この街に居られなくなるかもしれない。

 父が必死に築き上げた店を、手放す事になる。


 リナのせいで。


「リナちゃん。君の様な優秀な人材は、フランク学園高等部で才能を伸ばすべきだ」


 十五歳の誕生日間近。もはや、殺気さえ纏わせてフィリップ宰相は言う。もう国益とかより、自分のプライドの問題なのだろう。絶対うんと言わせてやる、と言う妄執が背後に見える気がする。


 フィリップはとうとう、本当の身分を両親に伝えた。

 すっかり縮こまり、今までの無礼を恐縮して詫びる両親を見た私の選択は決まっていた。


「はい、フィリップ・ウッドストック宰相閣下。そのお話謹んでお受けいたします」


 表面上は笑顔でリナは了承する。


 フィリップ宰相はガッツポーズを決め、両親はその様子をぽかんと眺めていた。





「もう、髪を染める必要もないよね」


 腹黒変態ロリコン宰相と、自分の身を守ると言う前提で染めていた髪。その必要はもう無かった。


 皮の染料で染めていると知ったジャックが、お願いだからやめてくれと、髪用の染料をわざわざ取り寄せてくれたあの日が懐かしい。


 丁寧に染料を落として鏡を見る。


 『恋する貴公子達』のヒロイン、リナ・アボットがいた。


 肩で切り揃えられた桃色の髪は、洗髪したてでツヤツヤと輝いている。青空色のぱっちりとした瞳は飴玉のような甘さを醸し出し、小柄で華奢な体は庇護欲を誘い、瑞々しい肌は思わず触れてしまいそうになる。


 完璧な美少女だ。


 これが物語の強制力なのだろうか。

 たとえ現実であっても、この世界が『恋する貴公子達』である限り、ヒロインのリナは舞台に欠かせない存在だから、自分の意志に関係無く、表舞台に引き摺り出されるのだろうか。


 堂々巡りの思考のまま、リナはふらふらと家を出た。


 黄昏時から夜になる時間帯で、若い娘が一人でうろついていい時間帯ではない。自宅の目と鼻の先というのもあるが、リナはもうどうでもいい気分になっていた。


 断罪されると決まった訳でないし、もしかしたらアウリスも物語の強制力で、悪役令嬢になっているかもしれない。


 ゲーム通りなら悪役令嬢に虐められて、シナリオ通りの恋をして、大団円に。

 違っていたら、ヒロインなのにヒーローに愛されない、惨めなヒロインに。


「私って、何なの…」


 ふらふらと小さな噴水がある広場まで来ると、その縁に力なく座り込む。

 そう言えば、子供の頃ここで攫われそうになって、一緒にいたジャックに助けられたっけ、とその時を思い出して、ふふと笑みが零れた。


 怖かったが、ジャックや両親にとても心配されて、特にジャックに心配された事が、不謹慎にも嬉しかった。人に大切に思われている事が、こんなにも嬉しいと、満たされると、初めて感じた瞬間だった。

 こんな事を考えたら本当はダメだが、あの幸せな感覚を味わえるのなら、また怖いめにあってもいい。


 いや?しないよ?その後出現した不審者は、返り討ちにしてるし、皆に心配かけるし、治安も悪くなるし。でもね、ちょっと思っちゃうのよ。


「まあ、逆の立場だったらとてもじゃないけど耐えられないから、ジャックには黙っとこ」


「誰に黙るって?」


 突如、ジャックの声が頭上から降ってきて、リナは伏していた顔を慌てて上げた。


 月明かりに照らされてジャックがいる。肩で息をして、リナを慌てて探していたと分かる。


 ジャックもすっかり立派になった。

 家業の革卸業では若旦那と呼ばれて、店主である父親のジェシーや従業員達にとても信頼されている。

 短く刈り込まれた茶色い髪に、青灰色の意志の強い瞳。日々の労働で鍛え上げられた逞しい肉体。日焼けした健康的な肌。ぶっきらぼうで愛想は良い方じゃないのに、リナの事になると、途端に感情的になる表情。


 そのジャックが、仕事着を着崩してリナの前に仁王立ちしている。


「仕事終わりに店に顔を出して、姿が見えないから探してみればこんな所に居やがって。探したぞ」

「そのわりに直ぐ見つけてるじゃない」

「お前の考える事が、俺に分からねえわけねーだろ。てか、髪濡れてんじゃねーか!くっそ、俺が汗拭いた布しかねえ」


 ジャックはリナの髪から滴る水滴を見て、首に巻かれた布を外して拭おうとするが、使用済みだったのを思い出して躊躇っている。


 くすっとリナは笑った。


「別に寒くないからいいのに。どうしたの、いつも着替えてから遊びに来るのに、今日は珍しく着の身着のままね」


 ジャックはきまりが悪そうにガシガシと頭を掻いた。

 どかっとリナの隣に座って、下を向いてあ~と唸ると、聞いたんだよと、話し出す。


「お前、フランク学園へ編入するんだろ。あの野郎を後見人にして」

「そうね。でも宰相閣下は後見人じゃないわ。推薦人の立場ね。あくまでも国の教育改革の一環だから、宰相閣下個人の影響があるとまずいんだって」


 編入は最悪だし、そんなの建前だろうけど、でもあの宰相が後見人じゃないだけで、少し心が軽くなる。あの人の庇護下にあるなんて、耐えられないし思われるのも嫌だ。


「あんなに嫌がってたのに」

「国を持ち出されたら従わない訳にはいかないでしょ。条件自体はいいもの。学費もかからないし、記念すべき庶民出身学生第一号になれる。好条件でしょ?」


 お道化て言うと、ジャックはゆっくりと顔を上げてむすっとリナを睨む。思ってもいない事を言うなと。


「それにね。お貴族様の子弟と知り合いになれば、後々私の為にもなるんですって」


 はっと心の中で毒付く。

 宰相はきっと、リナが美しい学園と生徒達に心を奪われて、ごねていた事も忘れて、煌びやかな世界に魅了されると思っているのだ。そして意のままに動くようになると。


 (悔しいな。そう思われている事も、そうなっちゃうかもしれない可能性も…)


 攻略対象者をはじめ、乙女ゲームなだけあり、モブ達も整った顔をしていた記憶がある。

 ヒロインの恋愛脳が作動して、恋に浮かれて愛を求めて暴走てしまったらどうしようと、、不安が込み上げてくる。


「リナ…」


 ん?と首を傾げると、青灰色の瞳が真摯にこちらを見つめていて、どきっと鼓動が高鳴った。


 幼馴染の男の子は、もう立派な青年になったのだと実感する。

 背丈だってずっと前に追い越されたのに、小さい頃から雰囲気が変わらないから、意識していなかっただけで。


「リナ」


 もう一度名前を呼ばれて我に返る。弱々しい声で何と問い返した。暗がりで、赤くなった顔が見えない事を願いながら。


「学園に行ったら、ご立派な男共がお前に近寄って来るんだろうな」

「なっ…。そんな事、庶民の小娘なんて眼中にないでしょ。珍獣見たさで、寄ってくる人はいるかもしれないけど…」

「かもな。でも、言い寄ってくる奴はいるよ。絶対。本気でも遊びでも、お前を可愛いとか言ってくる奴は沢山出て来る」


 俺がそう思っているからと。

 切なげに瞳が細められた。


 そんな顔、ずるい。

 さっきから胸が高鳴っている。

 それが心地よいと感じてしまうのだから、私はどうにかなってしまったんだ。


「何で、そんな事言うのよ…。また揶揄ってるの?」


 鼓動が速まる。顔が熱い。期待が膨らむ。

 でも違ったらと、冷静な部分があって、感情がごちゃ混ぜになって頭が沸騰しそうだ。


「お前に意識して欲しかったからだよ。高貴な連中に惹かれる前に、俺の事を男として意識してほしかったから。リナの事が好きだって、知って欲しかったんだ」


 ぶっきらぼうに、恥ずかしそうに、でも真剣にジャックは言った。


 小さい頃から好きだったのに、髪の色が変わっただけで、嫉妬するくらいに好きだったのに、ガキ過ぎて、それに気付けず素直になれなかった。

 でも、宰相が訪ねて来るようになって、もしかしたら離れ離れになるかと思うと、居てもたってもいれなくて、常に側に寄り添った。


 心配で愛おしいから。


 でも、なかなか素直になれない。しかしそうしているうちに、リナがフランク学園へ編入する事になる話を聞き、幼馴染と言う立場に胡坐をかいていた己を叱咤して、告白する事にした。


「だから…」


 そう真剣に語るジャックの告白の半分も、リナは聞いていなかった。


 嬉し過ぎて、完全に頭が沸騰していた。


 でも、ジャックの愛情はしっかりと受け取っている。


 リナからの返事は無いが、ジャックは勝利を確信していた。

 リナもジャックが好きだと。


 顔が真っ赤に染まり、ジャックが手をそっと握っている事にも気付いていない。いや無意識に軽く握り返している。


 暗いから、自分の顔は見えていないと思っているのだろう。お前に俺の顔が見えている様に、お前の顔も見えてるんだよ。


 今日は月が綺麗だからな。


 ジャックが返事を聞こうと、再び口を開きかけると、ぐいっと手が引かれる。


 リナが前を向いて勢いよく立ち上がっていた。頬は赤いが、目が何か違う。恋する乙女の甘い瞳じゃない。獲物を見つけたハンターの眼光だ。


 さっきまで落ち込んでいたのに。立ち直ってくれたのは嬉しいが、何だか雰囲気の方向性が違う。思っていたのと違う。


「リっ、リナ…?」

「行くわよジャック!」


 どこにだと聞く前に、リナはジャックの手を掴んだまま走り出した。なのでジャックも引き摺られる様に走る。

 早い早い、普通に早い。


「リナ!お前どこに向かってるんだ⁈」

「二人の幸せな明日によ!」

「おっおう、えっあっ、うん」


 満更でなく照れるジャックだが、直ぐに我に返る。リナの足は止まらない。道端で威嚇し合っていた猫が、尻尾を巻いて驚き逃げて行く。


 そうだこれがリナだった。


 ジャックの想像の範疇を易々と越えて行く。


 どこに行った。何かいい感じの雰囲気よ。


 そしてそんなリナに惚れてしまったんだ。


 はははと、力無く笑いながら、ジャックはリナに引っ張られながら、夜の街へ消えて行った。




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