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━━━あれから時が経ち。
私、リナ・アボットは、自宅警備無職である。
いや、言葉選びを間違った。
違うんです、ニートじゃありません。違いますから!
私は家業の手伝いが出来たらと、会計を学べる職業学校に進学を考えていた。間接的にだが、フランク学園への編入準備の為、進学は諦めて欲しいと言われたからでもある。
家の為に進学を決めた幼気な少女を、自分と主君の利益の為に、無理に進路変更させれば心証が悪くなる事を恐れた、腹黒変態ロリコン宰相対策。
しかし変態でも宰相閣下。
きゃつは先手をうって、国公立私立、私が進学する可能性がある職業学校すべてに息を掛けたのだ。
これで私が入學したらどうなるだろう。
教師は左遷、学校には怪文書が送られ、卒業生の雇用は無くなり…。
「そんなの関係ねえ!私は私の為に突き進むのみ!国家権力には屈しない!」
とはいかないよ。
だって向こうは大人で私は子供。いくら私が気を張って小細工して警戒していようとも、数と権力を大盤振る舞いされれば打つ手がない。
積み重ねて来た努力を踏み荒らされても、仲間と自分の力を信じて立ち向かえるのは、転生悪役令嬢の特権と決まっているのだ。
断罪対策とかで商会とか立ち上げとかりして、前世の便利品とか再現してウハウハ、しかし悪徳業者とかに悪用されて事業のピンチ。
でも大丈夫!頼れる仲間と、自分の圧倒的身分があるから!悪徳業者はお星さまになりましたとさ。チャンチャン☆
って、やつね。
無理無理。一般庶民ヒロインには出来ないって。
と言う訳で私は進学もできず、ひたすら家事手伝いと、時々様子を見に来る腹黒変態ロリコン宰相の相手をしていた。
「リナちゃんは本当に賢いね。ご両親の為に、もっと才能を伸ばしてみたいと思わない?同じ年頃の子達と学んで遊んで、楽しく過ごしたいと思わないかい?」
「リナ、お父さんとお母さんと離れたくないな!お友達もここにいるし。リナ難しい事は分からナイヨ!」
きゃぴ☆とぶりっ子ポーズ。効果音がバックに出そうだ。
自分でやってて気持ち悪い。
馬鹿のふりしてんじゃねえよと、腹黒変態ロリコン宰相が目で訴えてくるが、お前をやり込めよう何てはなから考えていない。
「アボットさん家の子、いいトコの学校行かねえかって誘われてるんだとよ」
「聡い子だけどそんなにか?所詮平民のガキじゃねえか」
「本人もノリ気じゃねえし、親と離れ離れって可哀想じゃねえか」
ふっ、計算通り。
どうだ宰相様よ。
ご近所さん達に不審がられず、慈善活動の皮を被った政治活動できるかな?
強引に事を進めれば、幼女連れ去り案件である。公式に腹黒変態ロリコンの烙印を押され、フランク学園へ編入させても、特権階級が無理やり少女を利権の為に利用したと、国内外に悪評を轟かすだけで、本来の目的は達成されない。
見えない火花が二人の間に散る。
お前の思い通りに何てなるものか。
フィリップ・ウッドストック宰相は焦っていた。
プロパガンダに利用しようと思っていた小娘が、思い通りに利用できないでいるからだ。
国王陛下が推し進める教育改革。
これの発端はエドワード王太子殿下にある。
エドワード殿下は隠されているおつもりだろうが、父君である国王陛下はエドワード殿下の憂いをご存じでいらした。
キュロス・アネメケア・ギョーム・ゾディアック皇太子への劣等感。勝手に比較され期待され失望される、絶望感。
婚約者であるアウリス・デ・ラマルティーヌ公爵令嬢が寄り添って下さっている事で、悪化には至らなかったものの大切なご子息の異変を、父親である陛下が放っておける筈が無い。
陛下も同じ屈辱を経験した。死にもの狂いの努力もその程度かと揶揄される、残酷な日常を鮮明に覚えているからこそ、愛する我が子を守りたいと強く願った。
そして、他国から指摘されていた教育問題を解決すると同時に、それを利用して、エドワード殿下に自信を取り戻して頂こうと考えたのだ。
適度に賢くて、適度に愚かな教育改革の実験体の少女を、フランク学園へ送り込む。
殿下には事前に、実験体である事以外の少女の事情を伝え、興味を引くように誘導する。
心優しい殿下は、ひとりぼっちな憐れな少女を放って置けず手を差し伸べ、国の為に努力する健気さを褒め称える。
貴族社会に不慣れな少女は殿下の優しさに感動し、ますます勉学に励み、機会を与えてくれた国に感謝するだろう。
周囲は、路傍の石にまで暖かな光を注ぐ、太陽の如き殿下の慈愛に平伏する。その中で殿下は自信を取り戻す。
根は純粋でお優しい殿下だ。きっと直ぐに陛下も安堵なさる、結果となるだろう。
所詮、少し知恵が回って、見た目が良いだけの徒花。枯らすのも咲かせるのも、こちらの思いのまま。
少女━━━リナはそんな存在な筈だったのに………。
愛らしい顔立ちは変わらないが、髪型も髪色も地味に変化して、何処にでもいるような子供になったリナが、営業スマイルを浮かべて目の前にいる。
庶民にしては見目が良かったから目星を付けたのに、すっかり当てが外れてしまった。
知恵と容姿と身分と年齢が丁度良い子供は、早々見つかるものではない。
なんとしてもこの娘を利用する。
連れ去り未遂まで起こしたのだ。後には引けない。
(なのにこの小娘が…!)
フィリップは内心でギリギリと唇を噛む。
隣にいる両親は「うちの娘いい子でしょ?」と、のほほんとしているのに、娘は猫どころか、獅子の皮を被っている。
(一体どうした。あの連れ去りが理由と聞いたが、性格まで変化するものなのか?今まで父親から聞いていた印象と大きく違うぞ…!)
フランク学園を遠くから覗き見る、夢見る少女じゃなかったのか。
しかし最終目標は、何が何でも完遂させてもらう。
大人を手玉にとって、さぞ気持ちよくなっている事だろう。しかしそれは今だけで、こちらが敢えてさせてやっていると、それにも気付けていない。憐れで愛らしく可哀相な子供。
そんな愚かな子供は、大人が正しい方向へ導いてやらねばならない。間違いは正してやろう。
フィリップ・ウッドストックの名にかけて。
腹黒変態ロリコン宰相が帰って行った。
「モリッツ様は最近よく様子を見にいらっしゃるな」
「そうね。ご贔屓にして下さるのはありがたいけれど、お仕事は大丈夫なのかしら?」
大丈夫じゃないから、一般人の美少女を政治利用しようとしてるんだね。
猫の手も借りたいならぬ、美幼女の手も借りたいくらいお困りなのだろう。
大丈夫かこの国。
「おいリナ。なに悪巧みしてる」
「やだジャック。美少女の思案顔を見て悪巧み何て。真正の悪党に失礼よ」
幼馴染のジャックが納品書を持って店にやって来た。うんざりしたようにこちらを見ている。
「んなもんに礼儀を立てるな。どーせまたお前が嫌いなお客が来たんだろ。親父さんのお客に失礼な事してんじゃねえぞ」
「やだジャックたら、なんで私が失礼をする前提なのよ。失礼なのはあいつよ。こっちのが立場が弱いからって、足元を掬おうとしてるのよ」
「だからって、なにしてもいい訳じゃねえからな。その手に持ってる革切り鋏はなんだ?」
父親の悪い影響を受けやがって…、とジャックは頭を抱えた。
リナは今までを振り返る。
ヒロインルートを順調に歩んでいるだろう、悪役令嬢と、エンカウントしない対策を練っているが、結局は身分と権力を使われればひとたまりもない。
逃げるか。
全てを捨てて。
子供だったとはいえ、前世では高校生まで生きていた知識と経験がある。悪役令嬢ほどまでいかなくても、誰も私を知らない土地で、チートをかまして生きて行く事もできるのでは?
(それは…したくないな…)
前世では両親を置いて早くに死んで、今世でも、両親を置き去りにして行方をくらませると?
そんな事はしたくない。もう親を悲しませたくない。
今の両親も大好きで、大切な家族だ。
離れたくない。
友達もできた。
特にジャックは喧嘩もするが、最近ではよく溜息と頭を抱えられるが、無二の親友と言っても過言ではない。
「どうした」
気持ちが沈むと、ジャックの声が我に返らせてくれる。
さっきまで、こいつ早くなんとかしねえと…、って呆れた顔してたのに、急に真面目な表情して…。
きゅんと胸が鳴った。
どうした、動悸か?不整脈か?また叱られるとビビってるのか?
「何でも無いよ?」
渾身の美少女スマイルをお見舞いするも、大抵の大人がメロっとなる一撃必殺も、幼馴染のジャックには効きが悪い。
「どうしても話したくないってなら、今は聞かない…てっしねえぞ。お前はそうやって誤魔化して、永遠に隠し通すからな。違和感を感じたら直ぐ聞く事に俺は決めてるんだ。オラ話せ。迷惑とか素っ頓狂とか今更だ、さっさと話して楽になれ」
「わああ、ジャック刑事みたい。勤続三十五年。あらゆる修羅場を掻い潜り、犯人の些細な言動で全てを見抜く、はぐれても紅茶を楽しんでから自転車で事件現場に堂々と登場する、なんやかんやで全部もっていく名刑事みた~い!」
「話せとは言ったが、わけ分からない事を言えとはいってねえ!」
あははとリナは笑い、ジャックは頭を抱えた。
ああ、ジャックには敵わないな。
私の事を全部分かってて、面倒くさがらずに手を差し伸べてくれる。
私も甘える癖がついてしまった。
「ジャックって、あれよね。ダメ男に尽くして、自分もダメになるタイプの女よね。周りから別れろって言われても、彼は私がいないと生きていけないからって、別れられないタイプの」
「ごめん、いっぺんに難解な言語をぶち込まないでくれ。知ってるか?言語は無数にあれど、人間、分かり合いたいって言う思いは共通しているはずだ。あれ?俺が悪いのか、理解できない俺が悪いのか?」
なあと肩を叩かれて、リナの笑みは深くなる。
何が楽しいんだよと呆れながらも、それを仕方ないと、許してしまう自分に笑ってしまう。
殆ど同じだった背丈は、いつの間にかジャックの方がずっと高くなっていた。
そうやって二人を取り巻く環境は、良くも悪くも変化して行くのだった。




