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6. アウリス・デ・ラマルティーヌ 下

 

 王太子エドワード・アキテーヌ・ノワール・ガロリアは完璧である。


 今上陛下の唯一の御子であり、それに対する過剰な期待に押し潰される事も無く、唯一無二である事に胡坐をかく訳でも無く、真面目に誠実に堅実に、信頼と実績を積み重ねていた。


 婚約者のアウリスが高慢で我儘で、どうしようもないお馬鹿さんでも、根気よく付き合っていた。


 その仲に、決定的に亀裂が入った出来事があった。


 『アケメケア帝国のキュロス皇太子って素敵ですわね!全てにおいて完璧で、期待以上の結果を必ず見せて。あれこそ理想の王子様ですわ!』


 アウリスの自慢話を聞く場となったお茶会で、キュロス・アケメケア・ギョーム・ゾディアック皇太子を絶賛するアウリスの言葉が、エドワード・アキテーヌ・ノワール・ガロリアの、砂製の高いプライ(とう)を崩壊させたのだ。


 隣国同士である為、お互いの話は良く聞き及んでいる。


 周囲の期待通りの結果しか出せない自分と、期待以上の結果を出すキュロス皇太子。完璧だと言いながら、この程度かと、キュロス皇太子には敵わないと、心の中で嗤われている事を知っている。


 (仮にも婚約者なのなら、腹の中でそう思っていても表には出すなよ!)


 そんな心遣いも出来ない程愚かなのかと、エドワードのアウリスへの情は完全に消え失せた。


 そして、その劣等感を持ったままフランク学園へ入学し、編入したリナにその劣等感を癒して貰い━━━恋に落ちるのだ。


 この王子との仲の改善が一番………平和に解決した。


 例の一言がエドワードの高いプライ(とう)を崩すのなら、言わなければいい。


 褒めるべき所は褒め、不足している所はさり気なく補足する。

 誰かと比較せずにエドワードを尊重する。


 そして貞淑に礼儀正しく、よき婚約者として振舞う。それは男性に従順で、理想的な女でいると言う隷属的なもので無く、ひとりの、ただの婚約者の令嬢として、誠実に向き合うと言う事だ。


 本来エドワードは優秀な王太子殿下である。

 だからこそ、自分にかけられただけの理想と願望を婚約者に望みそして無自覚に、婚約者は自分を絶対に裏切らない、傷付ける事は絶対にしないと言う思いがあったからこそ、アウリスの失言に深く失望したのだ。


 別に特別気構える必要は無かった。


 アウリスは、善良な婚約者でいれば良かった。


「アウリス、君の様な素晴らしい女性と婚約できて、僕は本当に幸せ者だ。君を世界一幸せにしてみせるからね」


「まあそれなら、二人で世界一幸せになると仰って下さい。わたくし一人が幸せでも、殿下が不幸なら意味がないのです。わたくしは殿下がどんな道を進もうが、ずっと着いて行きます」


「アウリス…」

「エドワード様…」


 そうして、波風も立たず平和に穏便に婚約者との関係が続いていた日々に、闖入者が現れた。





 公衆衛生が浸透し始め、無料の診療所がラマルティーヌ公爵家の名の下に広がり、その視察に城下に訪れた時だった。


「おい女。お前ラマルティーヌ公爵家のメイドか?この診療所は公爵令嬢が主導して開設したと聞いたが、その信憑性はどうなんだ?娘を王室入りさせる為、公爵が箔付けさせてるだけじゃないのか?」


 お忍びの為、メイドの仕事着姿だったわたくしに、そう話しかけてきた男がいた。


 少しガラの悪い風体の、若い男。下町のどこにでも居そうな男だ。しかし。


 (何でアケメケアの皇太子が、ここにいるのよ…!)


 アウリスは即座にその正体を見破った。


 どうしてそんなに下町に馴染んでいる?見えない所に護衛がいるとしても、どうして一人で他国にいる⁈


 うまく化けている。慣れさえ感じる。

 あら、よく見たらいい男じゃない感を醸し出している。


 でも、乙女ゲームの知識があるアウリスの目は誤魔化せない。


 『恋する貴公子達』の隠しキャラ、全ての攻略対象者をクリアして現れる、キュロス・アケメケア・ギョーム・ゾディアック皇太子が目の前にいる。


 話の流れ的に、ガロリア王国の医療改革を探りに来たのだろうが、何でまた皇太子が…。


  ゲーム本編では、フランク学園の教育改革を探りに入学したキュロスは、その当事者のリナに接触する。勿論身分は隠して。

 しかし庶民の癖に、美青年と仲良くしているリナが気に入らなかったアウリスは、権力にものを言わせて、キュロスを取り巻きにしようとする。


 勿論キュロスが靡く訳が無い。しかしそれはリナに原因があると思い込んだアウリスは、リナを悪漢に襲わせる。

 それはキュロスの護衛によって阻まれるのだが、この時からキュロスはリナを守らなければと、強い使命感に駆られる様になった。


 そしてリナを迫害した罪、もとい、皇太子の自分への不敬罪でアウリスを断罪し、処刑台へ送る。


 これは、アケメケアとの関係悪化を危惧したガロリア政府の思惑でもある。アウリスの首とリナとの結婚を引き換えに、融和を約束したのだ。


「甘やかされて育ったお嬢様が、庶民の健康に気を配る訳ないだろ。なああんた、金や権力で黙らされているのか?金なら望むだけ払うし、公爵家の権力が及ばない新しい職場を斡旋するぞ」


 アウリスも目の前のメイドも、馬鹿にした言い草だ。


 自分がどれだけ怪しいか自覚していない?いや、自覚どころか悪意しかない。


 公爵家の実情が知れれば儲けもの。外交の交渉材料に使える。口が軽い使用人を雇っていると、公爵家の評判を落とす事になるぞと、脅しの材料に使え、口が堅くても、庶民を脅迫して事実を隠蔽している、とでも言える。


 王太子の婚約者の弱み程、オイシイ情報はないだろう。


 (わたくしに声を掛けた時点でこの人の勝ちなんだわ。答えても黙っていても、彼が望む結果のシナリオは出来上がってるんだもの)


 悔しい。

 公衆衛生の提案は自分がしたが、それを実現する為に沢山の人の力を借りた。

 自分を信じてついて来てくれた彼らの、信頼まで踏み躙られた様でとても気分が悪い。


 アウリスは、ふっと蠱惑的に微笑んだ。すっとキュロスに身を寄せる。

 そして、警戒されて距離を取られる前に囁く。


「お好きに受け取って頂いて宜しくってよ。貴方の穿った偏見程度で、真実は覆りませんもの。どうぞ、貴方様の明晰な頭脳で作り上げた妄想劇を、本国の皆様に披露なされば宜しいわ。道化扱いされたければね」


 なっ…!とキュロスが息を飲んだのと、忍んでいた護衛が動いたのは同時だった。アウリスはそれを視界の隅で捉えて離れる。

 アウリスの護衛と一触即発にでもなったら、ちょっとした紛争レベルになりかねない。


 キュロスが、わたくしを見定めようとする視線が刺さる。

 それにも臆さず、内心の動揺は噯にも出さず、優雅に一礼をすると、踵を返してその場を去っていった。


 後日、また別の診療所を訪ねると、まさかの人物が━━━キュロスがいた。


「お前の主人が嫌じゃなければ、この仕組みをうちの国にも取り入れたい。俺はこう見えても上に顔が利くんだ」


 ええ、顔は十分利くでしょう。未来の皇帝陛下ですから。仕組みもどんどん取り入れて貰って構わない。それはいいんだが。どうしてお前がここにいる?


 もうアウリスの正体にも気付いているんだろう。諜報にでも行動を監視させているのだろう。

 気分は良くないし、アウリスの侍女兼護衛オルタンシアが側で殺気を飛ばしているが、それに気づかない振りをして、いつものように診療所の手伝いをする。


 見識を深める為だと言ってキュロスも手伝う。皇太子に雑務なんてと、謙虚と拒絶が喉までせり上がってくるが、ありがとうと言って自然に振舞う事に徹した。


()()()()さん。医療の仕組みを学びたいのならその窓口を紹介いたしますわ。ただのメイドの私より、詳しい方が公爵家にいらっしゃいますし、公爵様もお嬢様も、医療の発展に積極的で広く門扉を開いております」


「俺はあんたから聞きたいんだよ、()()()()?包み隠さず全て、な…」


 だんだん距離も近くなって、口調も砕けてきて、アウリスが正体を隠している事を知っているのに、それを匂わせてくるのに追求せず、オルタンシアがその距離の近さに、殺気を隠そうともしていないのに、べたべたしてきて…。


 (何でわたくし、隣国の皇太子に懐かれているんでしょう?)


 キュロスの「お前俺の嫁になれよ」と言う冗談を受け流しながら、アウリスは首を傾げた。


 まさか数年後、皇太子殿下のフランク学園編入と言う、シナリオに無い事態に発展するとは想像もせずに。





 菫色の髪は長く艶やかで、同じ色の瞳はキラキラと輝いている。シミひとつ無い白磁の肌。すらっと伸びた肢体。しかし女性らしい柔らかで豊満な肉体美は備わっている。

 指先まで気品が漂い、そこにいるだけで尊さを感じ、敬いたくなる。


 アウリス・デ・ラマルティーヌ公爵令嬢。

 高等部に進学し、ますます評判が上がった。


 主に医療に関する名声が高く、国王から医学博士号の授与まで打診されたが、免許も持っていないただの学生に、そんな不相応なものを与えてはダメでしょう。

 わたくしの知識は、前世の偉大な偉人達が長い年月をかけて確立させたもので、わたくしはそれを勝手に広めているだけ。


 讃えられる資格なんてない。


 でもおかげで、聖女と称えられる事はあっても、悪役令嬢と罵られる事は無い。


「とうとう、ゲームの舞台まできたのね…」


 不安は消えない。


 愛される為に生まれてきたリナに、悪役令嬢のアウリスが太刀打ちできる筈が無いと。


 そして醜い嫉妬心を燃やし、彼女に牙を剥くのだ。


 もし道を踏み外したら、わたくしは王族の恋人を害したとして、斬首刑の未来が待っている。他の攻略対象者でも同じ様な結末で、良くても国外追放だ。


 勿論リナを、どうこうしようなんて思っていない。王子達とは良き友人関係を築いてきたと思っているし、家族や使用人達とは、強い信頼関係があると信じている。


 リナが誰を選ぼうとも、わたくしは邪魔をしたりしないし、協力するのも吝かではない。


 物語の強制力が、どこまで有効なのか分からないけれど、わたくしは絶対に悪役令嬢になったりしない。


 この世界でも、大切な人ややりたい事が出来た。また志半ばで死ぬわけにはいかない。


 この乙女ゲームの世界で、平和に平穏に生きて行くんだ…!





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