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17.リナ・アボット

 



「リナ・アボット。君をここに断罪する!」


 どうしてこうなったと、私は立ち尽くす。


 さっきまで私は、悪役令嬢の取り巻き(仮)を何とか宥め、野生に帰し…じゃなくて、校舎に戻って行くのを見届けていた。


 お前に関わるのは二度とごめんだと、捨て台詞を言われたが、それはこっちの台詞である。全くこれだからお貴族様の思考は理解できない。


 定期的に行われる学年集会。教師の話も終わり、ではお開き…と言うタイミングで、エドワードが壇上に現れ、戸惑う生徒達を前にそう宣言した。


 私の周囲からはあっと言う間に生徒が居なくなり、スポットライトが当たっているかの如く、ぽっかりと取り残される。


 その台詞は、この場面は、リナの名前以外は、悪役令嬢が断罪されるシーンのそれだった。


 どうして。

 いや身に覚えは多々あるが。この五日間、しかも今さっきのとか。でもほんの数日と数時間前の事だよ?決断力がハチドリの羽ばたきよりも早くない?


 取り巻き(仮)に追及された時も、悪役令嬢と直接会話すらしていないし、まともに顔を合わせたのはあれが最初で最後だ。


 エドワードの他にも、悪役令嬢の義弟アルモ、宰相令息トマス、騎士伯令息ライオネルも揃って、リナを壇上から冷たい目で見下ろしている。


「何の、こと、ですか…」


「シラを切る気か。君が編入してからというもの、学園が動乱の渦中のような有様だ。アウリスは君を見る度に怯えている。公爵令嬢の彼女が、庶民の君に怯えるなんてあり得ないだろう?聞けば、高貴な男性との縁組を狙って、アウリスに圧力をかけていたそうだね。特別に許された、編入生の意味を履き違えてないかな?それは礼儀を無視しても良い、という意味ではないんだよ?」


 どこ情報だよ。出典ははっきりしておかないと問題になるぞ。


義姉(ねえ)さんはあんたと違って、未来の王妃となる人なんだぞ!それを知っての行いか?国家反逆罪を疑われたって、文句は言えないぞ!それにやたら毒草に詳しいじゃないか、何故靴屋の娘が毒草に詳しい。それだけで十分疑うに値するだろ!」


 一部出典、はっきりしてた。身から出た錆だった。


「貴女の編入は、国家プロジェクトの一環というのを忘れていませんか?我が父、宰相閣下から直々に言明された事、忘れたとは言わせません」


「身分云々関係無く、人として許せない行動だ!騎士道を志す者として、君を許す事は断固として出来ない!リナ・アボット、罪を受け入れて処罰されたまえ!」


 私の言い分を聞かずに、言いたい事を言って満足気する攻略対象者達。そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。切っていいよね?よ~しぶった切る!


「殿下!それに皆も…!」


「アウリス。やっと君を恐怖のどん底に突き落とす毒婦を成敗できるよ」


「誤解ですわ殿下!わたくしは彼女に何もされていません!」


「だったらどうして彼女を見かける度に怯えて、『いつ婚約破棄を申し出ても、わたくしは覚悟が出来ております』なんて言うんだい?そう言うように脅されていたんだろ?」


「違う…、違うの…!」


 おい悪役令嬢。突然登場したと思ったら、いきなり痴話喧嘩すな。エドワード達は、こんな時でさえ悪者を庇える君は、まるで聖女の様だ…と、うっとりした瞳で見つめてるな!


 アウリスは涙を浮かべながらリナを振り返った。何か言おうとして、でも恐怖に震えて縮こまる。


 戸惑うアウリス。

 いつか断罪されると覚悟していたら、何故かリナがエドワード達から糾弾されている。

 彼らは運命的な出会いをして、運命的な恋に落ちているのではないのか。だってここは乙女ゲームの世界で…。


 ━━━もしかして、わたくしの思い違い…?


 アウリスが核心に気付き始めた時、エドワードの声が高らかに響いた。


「この期に及んでまだアウリスを追い詰めるのか!学園追放では生ぬるい。いっそ極刑に…」


「喜劇はもういいです」


 冷淡な声が自分に向けられたとは思わず、エドワードは更に誰かが加わったのかと、辺りを見渡した。

 しかしそこに居たのは、遠巻きにされ、奇異の視線を浴びる、リナだけだった。


「喜劇だと…。貴様苦しむアウリスの姿を楽しんでいるというのか⁈何処まで性根が腐って…」


「いや、愉快なのは圧倒的に殿下達です」


「なっ何だと⁈」


「そもそもの根幹が間違っているのに、同じ展開を何度も見せられたら、飽きてくるんですよ。天丼は精々二回まででしょう!」


 リナ以外の全員が絶句して、何が起きているか理解に苦しんでいる。

 王族に対する不遜な物言い、自身が断罪されている側なのに、愚者はお前達の方だと言いたげな態度。彼らは、未知の生物と対峙した時の様な、落ち着かない心境になっていた。

 下の者に尊ばれ敬われる事はあっても、その逆に対しての耐性は皆無であった。


 あと、天丼てなんだよ。


「リナ・アボット!殿下に対して不敬であるぞ!今すぐ謝罪したまえ!」


 辛うじて、トマスが再起動する。ある意味エドワード以上の因縁をリナに感じているのはトマスだ。

 父は実の息子の自分より、リナ・アボットばかりに心血を注いでいる。愛する乙女を傷付ける、最低最悪なこの女に!


「ああ、宰相閣下の…。そもそも私リナ・アボットじゃないですし」


「は?突拍子も無い事を言って、場を混乱させようとしても無駄だぞ」


 はっと、リナは鼻でトマスを笑った。コイツぬけぬけと…とトマスが次の言葉を発する前に、リナの爆弾発言が飛び出した。


「違います。私リナ・キュリーです。結婚したので」


 そう私キュリー夫人なの。


「は…?」


 この場に居た、リナ以外の全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 それを気にするでも無く、リナは語る。


「編入前に入籍したんです。学業と家庭の両立は無理だと、宰相閣下にお話しして編入辞退を申し出ましたが、もう決まった事だからと、旧姓のまま通う事を強いられました」


 あの日、幼馴染のジャックが、「高貴な連中に惹かれる前に、俺の事を男として意識して欲しい」と告白してくれた、あの夜。


 リナの純情な感情は鰻登りで、鰻が龍になって、七つの宝玉を結婚祝いに贈ってくる様な、お祭り騒ぎにアガりにアガりまくった。


 貴族は婚約発表・開示期間があって、最低でも一年は入籍までに時間が掛かるが、庶民にはそんなもの無い。


 気持ちが盛りに盛り上がった私は、即両親から結婚の承諾を取り、即ジャックを教会に引き摺って行った。

 ジャックは若干呆れていたが、惚れた弱みなのか何も言わず(超絶嬉しい)、告白した日に結婚すると言う荒業を受け入れてくれた(超スキ結婚しよ。あっ、もうしてたわ!)


「在学中に入籍なんてあり得ない…」


 まあ学園は、より良い結婚相手を探すお見合い会場みたいな意味もあるしね。結婚=仕事みたいな認識の貴族には、お互いの気持ちで結婚する庶民の考えは、とんと理解出来ないのだろう。


「ついでに言うなら、国王陛下もご存じの筈ですよね?なんせ名誉学園長ですから」


 異例中も異例の庶民のフランク学園編入。しかも国策である。国王が私の身上を知らない筈が無い。結婚の事実も。


 自分達の都合の為に、逆らえないのをいい事に庶民を利用する。しかも既婚の事実を隠されて。どっちが『悪』なんだか。


 喜劇の役者達も、事態は理解出来たらしい。


 トマスは、愕然と佇む。眼鏡がずれているのにも気付いていない。

 自分の父は、リナと言う悪女に騙されているとばかり思っていたのに、その逆だった。卑怯な振る舞いをしていたのは、父フィリップの方だったのだ。

 そしてつまり、この一件は…。


 結婚の事実の隠蔽は、リナが思っている以上に衝撃的だった。

 リナだけがそれを知らない。


 エドワードは深く思考する。

 リナ・アボットが嘘を言っている可能性は?

 何故?断罪されたくないから?でも、何故よりによってそれを理由にする。

 学園の生徒であれば、そんな悪手を追い詰められたって使ったりしない。そう知っていれば。つまり…。


 エドワードは思い至った答えと、父への猜疑心で表情を曇らせた。



「お前が、俺達に媚びて来たのは…」


「ラマルティーヌ公爵令息様。何度も言いますが、その事実はありません。編入そのものが嫌だったのに、媚びもへったくれもないでしょう?」


 学習能力の無いお坊ちゃまに、諭す様に優しく言ってやると、子供扱いされて屈辱なのか、赤面して震えている。


「富と権力を目の前にして、夫から乗り換えるつもりだった…」


「はあ?脳みそまで筋肉になった?だったらそもそも結婚せずに、黙って編入すればいい話でしょ?私が新婚早々浮気する女だと言いたいの?騎士道の必修科目に『良心』ってないんですかぁ?」


 私の不貞を疑った色ボケ騎士見習いを睨み付けると、デカイ体を竦ませて固まっている。


 ショックを受けている所に、何でわざわざ自分でトドメ刺すかな。

 リナはまだ分かっていない。自分の結婚の事実が、貴族社会に、国に齎す影響を。予想よりも反撃が少ないな、程度の認識しかしていなかった。


 もう宜しいでしょうかと締め括ると、場は静寂に包まれた。大勢の人間がいる筈なのに、衣擦れの音すら罪であるかの様に、誰一人物音を発さない。


 そうだ、肝心な事を言い忘れた。


「公爵令嬢アウリス・デ・ラマルティーヌ様」


 婚約者達の暴挙、からの威信暴落を目の当たりして、脳が麻痺してしまったのか、アウリスは機械仕掛けの人形の如く、ぎこちなく反応した。


「は、い…」


「そもそもあなたが、徒に私を意識して怖がったのが原因ですよ。一体何が不安だったんです?」


「わたくしは…」


「悪役令嬢だから婚約破棄されて、断罪されると?それを防ぐ為に努力して来たんじゃないの?自分を愛する殿下達の気持ちも、信じてあげられなくて。まあ気持ち悪い━━━じゃなくて。自分に自信がないから、相手の気持ちをちゃんと受け入れられる余裕が無かったのよね。でも、それは、運命を変える為に、必死に努力した自分を踏みにじったってどうして気付かないの?」


 はっとアウリスが目を見張った。


「リナ…あなた…」


 問いには答えず、私は壇上のアウリスや攻略対象者達を一瞥して、更に周囲の生徒達を見回してにっこり微笑んだ。


「では私はここでお暇させていただきますね。後はこの物語の主人公達にお任せします」


 制服のスカートを摘まみ上げ、極上のヒロインスマイルを花開かせる。


「待て!お前が企みを持っていない事は分かった。しかしアウリスが怯えていた件はどういう事だ。無関係とは言わせない、アウリスは明らかにリナ・アボット…キュリーを恐れていた。訳の分からない言葉ではぐらかしていないか!」


 愛の力は素晴らしい。生徒達からの不安と疑心が混じった視線をぶっ刺され、友人達は使いものにならないというのに、アウリスの件は忘れないエドワード。

 父達の一件への詰問で無く、最初から最後までアウリスへの愛でいっぱいだった。

 自分が無関係だったら、ヒーローの純愛すばら~!ってたのに。


 リナにとっては相性最悪だが、アウリスの婚約者としては最高なのだろう。


 うーんと、リナは唸る。

 それだと、自分達が乙女ゲームの世界に転生したと説明しなければならない。

 そんなの信じて貰える訳が無いし、一応陰謀関係の濡れ衣は晴れたのに、また別の疑いをかけられる。


 うん、ここは、ヒロインに丸投げしよう!


「それはアウリス様にお尋ね下さい」


 え?と可愛らしい声が響いたが知ったこっちゃない。君達は肝心な所で話し合いが足りてないんだ。いい機会だから話し合いなさい。


 そして私はエドワードに新たに追及される前に、急いで学園を去ったのだった。





 乙女ゲームの舞台であるフランク学園に、主役である『リナ・アボット』が現れなかった時点で、この物語は乙女ゲーム『恋する貴公子達』の世界からずれ、リナの手から離れていたのだ。


 アウリスは『悪役令嬢』である自分に向き合っている様で、断罪される運命を変えようとしていたのに、悲劇は起こるものだと思い込み、『ヒロイン』から逃げ続けて現実を見ていなかった。


 全て杞憂だった事にもっと早くに気付いていれば、只幸せな日常を送れていたのに。


 いや、私もややこしい行動はしたからな…。

 でもあれは「くっ…ヒロイン全然ヒロインしないじゃん。俺達が睡眠時間と魂削って作ったゲームが跡形もなくなる!せめて攻略対象者とのイベントだけは…!」って言う開発者の、執念の最後の悪足掻きだったのよ。

 うん。そうだきっと。ワタシワルクナイ。


 でもアウリス、攻略対象者にあんなに熱烈に思われてて、あとでややこしい事にならないかしら。


 …まあ、いっか。







  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※







 キュロス・アケメケア・ギョーム・ゾディアックは、夜の帳が下ろされた城下町を、アケメケア城の見晴台からから眺める。

 少し前まで隣国のガロリア王国フランク学園へ赴いていたが、留学の手続きだけを済ませて急いで帰国した。


 留学手続き程度、代理をたてればいいだけだが、気になる事があった為、不在のリスクを冒してもキュロス自ら赴いたのだ。


「殿下」


 側近であり護衛でもあるエリンバーの気配に、キュロスは振り返る。


「お望みの通りリナ・アボットの情報を、エドワード殿下にお渡しいたしました」


「ご苦労。…まったく、好いた女一人、この手で救えんとは。皇太子とは無力なものだ」


「ご身分が障害になってしまわれるのは、致し方の無い事です。王弟派や第二皇子派の動向を鑑みれば、殿下がアウリス嬢へ直接手を差し伸べれば、あの方に危害が及ぶ可能性があります」


 俺と言う素晴らしい後継者がいるというのに、無能な身内が玉座への妄執を捨てきれないでいる。

 その無能が馬鹿のくせに何かしでかさないか、監視していなければならないとは、王者ならではの憂いだ。


「ああ、分かっている。今はやつらの力を完全に削ぐ事こそが、俺とアウリスの未来へ繋がる」


 その為に、恋敵に花を持たせてやったのだ。


「来年度、俺とアウリスが何の気兼ねも無く愛を育む為に、精々頑張って貰わないとな」


 リナ・アボット。さあ罰を受けて貰うぞ。


 虚空へ伸ばした掌をぐっと握り、キュロスはエリンバーを従えて魔窟へと向かう。


 愛しい者を想えば、むしろ行楽地へ行くかの様に足取りが軽くなる。

 耄碌寸前の王弟も、頭空っぽの第二皇子も、俺とアウリスの幸せの踏み台になってくれると思えば、情すら湧いてくる。

 さあ、たっぷり可愛がってやるとしよう。


 キュロスの笑い声が夜空に木霊する。


 その遥か遠く離れた空の下で、何が起こっているか、想像もできずに…。




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