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16.とある家族の物語




 なんだかしんみりと、いつもの感じとは違う風になったので、苦手な方はご遠慮下さい

 全体の話には影響がありません。

 死や痛い表現があります。




 


 悲劇とは前触れも無くやってくる。


 いつも通りに娘を学校へ送り出し、今日はいつもより帰りが遅いなと、自営の薬局店で帰宅を待っていた。

 駅前の薬局はお客が絶える事が無い。

 その日も(せわ)しなくレジ打ちをしていた。


 駅方面が何やら騒がしい。

 気にはなったがたまにある事だ。そのまま仕事を続けた。


「大森さん…!」


 近くの交番の警官が血相を変えて飛び込んで来るまで、私は娘の危機を、目と鼻の先に居たのにも関わらず、何も知らずに、たった一人の娘の命を失うまで、気付く事は無かった━━━。


「薬子…!嘘だ!嘘だよ!」


 早い時間から泥酔し、正体が定まらなくなったサラリーマンが、友人をホームで待っていた娘の背中によろけながら当たり、勢いのまま娘は線路に落下して、駅を通過する快速列車に轢かれて亡くなった。

 まだ十五歳だった。


「私を待ってたから、私のせいで…!」


 娘の親友は、自分のせいだと葬儀で絶叫した。

 ふたりで漫画を読んだりゲームをしたり、楽しそうに笑顔を咲かせていた、その面影はない。


「奈津美ちゃん。君のせいじゃないよ。薬子もそう思ってる」


「おじさん、おばさん。だって、だって…!」


 いっそお前のせいだと責められたいのだろう。気持ちは分かる。

 私だってそうだ。直ぐ近くに居たのに、何をのんびりと仕事をしていたんだ。父親なら娘を守れなくてどうするんだと。


 お前のせいだ。お前が殺した。

 無能なお前が親であったせいだ。

 お前が死ねば良かったんだ。


 ━━━どうして誰も私を責めないんだ。


 娘を奪った犯人よりも、自分の方を憎く感じた。

 ひたすらに、あの子を守れなかった自分が憎くて。

 帰りが遅いな、何をやってるんだ?そんな電話ひとつしていれば、気になっていたのなら、迎えに行けば良かったのに、そうすれば薬子は死ななかったのではと、延々と自分を責め続ける。


 殺意が無くとも、犯人がした事は重罪だ。罪に則った判決が下された。が、公的に裁かれた犯人と違い、無能な私は今だ野放しのままだ。


 ━━━いつになっなら、誰が私を裁いてくれる。


「薬子ちゃん可哀そうに…」

「前この駅で人身事故あったんだって」

「高校生が死んだらしいね」

「痛かったでしょうに、可愛そう」


 ほら、みんな娘を可哀そうだと言うのに、誰も私を断罪しようとしない。


「残されたご遺族もお気の毒に。可哀そう」


 違う私は、そんなんじゃない。娘を守れなかった私が、同情される資格は無い!


「お父さん、酷い顔してるわ…」


 娘の遺影の前で、何度目かも分からない自責の念にかられていると、妻が心配して声を掛けてくる。

 自分だって酷い顔をしているくせに、すっかり食欲が無くなって痩せ衰えて。まるでそのまま、消えてしまいそうに……いっそふたりで、娘の下へ行ってしまおうか━━━。

 そんな暗い思考さえ過る。


 薬子ちゃん可哀そう。ご家族も可哀そう。大丈夫?平気?


 人々の気遣いが、何度もあの日に私達を引き戻し、残酷な現実をまざまざと見せつける。

 薬子が居ないこの世界を。


 心身ともに荒れ果てた私達は、ある夜、気絶する様に眠りについた。

 眠るのは好きではない。薬子が居ない明日など要らないのに。


 その日は少し違っていた。


 薬子が居た。

 薬子の夢なら何度だって見た。

 事件などなくて、ただいま~お腹空いた~。今日のゴハンなに~?あっ、明日はなっちゃんとコラボショップ行くからいらな~い!と、呑気な笑顔で帰って来る姿が、一転、血溜まりの中に倒れ混む姿を、何度も夢に見て、何度絶望した事か。


 その薬子は、私が知る薬子とは容姿が全く異なっていた。

 正確に言うと、その姿は靄がかかってはっきりとは見えない。

 幼い子供というのは分かるが、はっきりと姿は見えないのだ。


 でも、あれは薬子だ。薬子に違いない…!


「薬子!…お父さんが、お父さんは、お前を守れなくて…!ごめん、ごめんよ!」


 鈴を転がす様な声で笑う薬子。声も全く違う。

 その薬子は私の存在に気付くと、トテトテと近付いて来て、こてんと首を傾げた。


「お父さんは悪くないでしょ?悪いのは薬子だよ」


「どうしてだ!お前は悪くないだろ!」


「だって薬子が死んだから、お父さんもお母さんも『可哀そう』って泣いて、『可哀そう』って泣かれてるんでしょ?すっごく痛くて辛そうに。薬子が死んだから、薬子がちゃんと家に帰れれば、そんな事なかったのに」


 違う、違うと、私は首を振る。

 なんて事を言うんだと。


「薬子は可哀そうなだけの子なの?不幸?うん、そうかもね。薬子の事を偲んでくれて、安らかにって願ってくれるのは嬉しいよ。でもね、人生全部そうな訳じゃない。どうしてみんな、楽しかった時の薬子を忘れちゃったみたいに、泣いてるの?それだけの子だったみたいに」


 はっと目を見張る。

 娘にこんな事を言わせているのは、他ならぬ自分だと。


「死んじゃったのは、そりゃ悔しいよ。もっとみんなと居たかった。でも、この人生を『可哀そうな子』だっただけって、思われたくないの。私、楽しかったよ、幸せだった。大森薬子に生まれてきて良かった。お父さんとお母さんの子供で良かった。大好きな友達もできて、とってもとっても楽しかった」


 だから、私の大好きな人をもう責めたりしないで━━━。


 私の両親であった事を後悔したりしないで。


 心の中の私を、みんなを、楽にしてあげて。


 いつの間にか成長していた薬子が、私の手をそっと握り、微笑んだ。

 やはりその顔は靄がかかっていて窺えない。でも、心の底から微笑んでいる事、その手の温かさはしっかりと伝わって来る。


 薬子は、無能な父親を恨んでいるのではと、私の子供に生まれた事を後悔しているのではと、負のループに陥っていた思考を、ていやっ!と背中を思いっきり叩かれて、目を覚まさせて貰ったかの様だ。


 いや、今されたか?いやまさか、手を握られて見つめ会う、感動的な雰囲気が流れてるのに、まさかそんな、体育脳筋系励まし方なんてないよ、うん。


「…もうどこも痛くないんだな?苦しいも辛いもないんだな?」


 こくりと、薬子は頷いた。


「そうか…」


 ぼろぼろと涙を流し、私は薬子を抱きしめて━━━目が覚めた。


 これは、限界に達した心が、願望を都合よく見せた夢かもしれない。助ける事が出来なかった自分を慰める為の、許して欲しいと言う贖罪が見せたもの。


 しかし妻も全く同じ夢を見ていたと知り、これは娘からのメッセージなのではと思った。


 自分の事でいつまでも泣いているなと。

 私達家族は、ただ悲しいだけのものだったのか?違うだろうと。


「辛気臭い顔してるんじゃねえ!って事かな」


「毎日仏壇の前で謝られてたら、そりゃたまったもんじゃないわよね」


 夫婦ふたりで泣き笑いしながら、最後に薬子に謝った。


 ごめんね。もうお前を『可哀そうな子』のままにして、悲劇の家族のままでいる様なまねはしないよ。


 夢の事を奈津美ちゃんに話すと、また彼女もわあっと泣いた。


「自分で自分に同情して、自分で自分を慰めてたの、薬子を殺したのは自分のせいだって思いたくなくて、そんなの最初から思う必要もないのに。薬子を理由に悲劇のヒロインぶって、現実を見れない理由を作り上げてて…。薬子には見抜かれてたんですかね…。あいつ私の夢にも出て来たんですよ。おじさん達へみたいに優しくないですよ。いつまで泣いてるの?だっさいなあ!そんなヒマあったら休載してた漫画の続き教えてよ!とか、言うんですよ?こっちのメンタル完全無視です。超繊細モードに入ってるっつーのに、鬼ですよね。ほんと馬鹿。それ死んでも聞く事?って。自分が可哀そうで泣いてるの、バカバカしくなってくるじゃん…。ほんと薬子らしい…」


 奈津美ちゃんは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、薬子の遺影に笑顔で手を振った。

 またねバイバイ、またいつか会おうねと。






「私は、こう思う事にしました。理不尽に突然悲劇に襲われて、家族を失う事もあるのなら、何か奇跡が起こって、再会して、また家族三人で幸せに暮らせる時もやってくるのではないかと」


 この世で無理なら違う世界で、生まれ変わりがあるのなら来世で。また妻と出会って娘を授かって、穏やかに暮らす。唯の妄想で、娘を失った父親がおかしくなったと思われるが、でも、そう言う事があってもおかしくないと。空から薬子が!なんてあるかも知れない。

 別世界か来世か、来々世か、きっと私達親子は再会できると、根拠のない自信がある。

 娘の人生の終幕は悲しいものだった。では終わらせたくない。


 この世に、平穏に暮らしている家族の突然死を、想像している者は何人いるだろうか。

 まずしないだろう。この幸せは永遠だと、信じて疑わない筈だ。


 悲劇の終幕。━━━それに抗って何が悪い。


 いまだに周囲の人々は、私達に気を遣うばかりに、薬子を禁忌の存在かの様に扱う。

 まるで薬子が存在した事を無かったかのように、話題を避けて、徹底的に触れない様にするのだ。


 確かにあの子の話を聞くと、ちくりと胸が痛む。しかしそれ以上に、あの子から貰った素晴らしい日々が、それを上回り、切なくも愛おしい思い出で満たされる。



「私達家族の物語は、決して悲劇では終わりません。きっとまた三人で、馬鹿馬鹿しくて下らない話で盛り上がる、そんな日がやってきます」


 営業再開した薬局で、私はひとりの男性客を接客していた。不眠症で睡眠薬が欲しいと言う。


 薬が薬なので使用用途を聞くと、彼も事故で娘を亡くしており、娘の最期を思うと夜も眠れないと。

 看護師を目指していた彼女は、志半ばで亡くなってしまったそうだ。


 他人事とは思えず、私は自分達の身に起きた事を話した。

 まさか目の前の男も、若い娘を失った父親だとはと、驚いて目を見張っている。


「悲しみが過ぎて、妄想癖になったおかしな父親の戯言と…」


 言葉が途切れる。話の途中で男性客が嗚咽を堪えながら泣いていた。


「ええ…、あの子を失った事は、自分が死ぬよりも辛い。俺が死んであの子が生き返るのなら、喜んで死にます。でも、そんな悲劇の連鎖を想像するより、明るい未来を、突拍子が無くても、また家族で笑い合える奇跡を、おかしくなったと言われようが、想像していたい…」


 現に今、心の中の娘は笑っている。

 苦しい助けてお父さんと、嘆き叫ぶ姿でなく、一体いつ振りだろう、笑顔のあの子を思うのは。


 死してもなお娘を苦しめていたのは、他ならぬ自分であったと、苦笑と引き攣った笑い声が漏れた。


 彼も似た様な苦しみを抱えていたのだと、私は黙って彼が落ち着くのを待つ。


 いつの間にか妻がティッシュを彼に差し出して、すみません有難うございますと、彼は受け取った。


「もし、また会えるのなら、思いっ切りあの子を甘やかすんです。たくさん勉強をして努力をして来た子だから、今度はただ楽しいだけの、人生を歩んでほしい…」


 男性客は落ち着くと、何も買わずに帰って行った。深々と頭を下げて。来店した時よりずっと良い顔色で、背筋を伸ばし、前を向いて歩いて行った。


「素っ頓狂な話だよな…」


「あらお父さん。可愛い娘と再会する自信が無いの?ほら、生まれ変わって君に再び会いに行くって、恋愛系の定番物語じゃない。家族愛バージョンがあってもおかしくないわ。いや、やるのよ。あの子が思春期と反抗期をぶちかましていても、白癬菌の如く何度だってしつこくねっとりと纏わりついて廻るのよ!」


 本当に物語の中の、空想の話だ。

 あり得ない、馬鹿馬鹿しい。

 菩提を弔って魂の安寧を願ってやるのが、親と言うものではないか。


 ━━━それはまだ早い。


「この親にしてあの子だからな。私達の夢に出て、奈津美ちゃんを揶揄って、それで次は何をしてる事か…」



 なあ薬子。お前に会うのが楽しみで…お父さんちょっと怖いな。




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