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閑話2 オルタンシア


 アウリスお嬢様のご様子がおかしい。


 フランク学園高等部へ進学なさる前後から、憂いを帯びた表情をなさるようになり、何かに怯え、隠れて涙を流す時さえある。


 私が何度訊ねても、その原因を仰ってくれないし、何でもないと誤魔化される。

 私に信用が無いから、相談するに値しないから、そうだったら別にいい。

 婚約者であるエドワード殿下や、ご家族や、ご友人方に相談して、憂いを晴らしてくださるのなら、私が信用されているされていないは、些事にすぎない。


 そんな日々が続く中、生徒会長であるエドワード殿下の執務の補佐で、生徒の資料整理をしている時だった。


 名簿を見てお嬢様が涙を流された。


 表面張力でギリギリ保たれていた水面が、限界に達して溢れてしまったかの様に、お嬢様の頬を静かに涙がとめどなく流れる。


 「アウリス?」


 エドワード殿下が椅子から乱暴に立ち上がって、お嬢様の肩を抱いた。冷静を保ちたいが、愛しい人の異常事態に動揺してか、瞳が激しく動いている。


 「義姉(ねえ)さんっ!」

 「アウリスちゃん!」

 「アウリス嬢」


 他の生徒会役員である、アルモ様、ライオネル様、トマス様も慌てて駆け寄る。


 ちなみに私は、侍女は校内に連れ込んではいけない規則になっているので、天井裏に忍び込んで、皆様の様子を歯噛みして窺う事しか出来ない。


 「あら、わたくし、泣いて…」


 自分が泣いている事にも気付いていなかったのか。おいたわしいお嬢様。


 「アウリス、最近の君はどうしてしまったんだ。何かに怯えたり、不安に駆られたり。困っている事があるのなら私に相談してはくれないか?私達は婚約者だろ?」


 一体何に怯えているのだろう。

 あのお嬢様がこんなに怯える何て、医療改革に対する妨害?人命に関わる緊急事態か?


 エドワード殿下の問いに、全員が固唾を飲んで押し黙っている。皆様お嬢様の異変には気付いていたが、いつも通りを貫くお嬢様に、深く事情を問いただす事が出来なかったのだ。


 それも、お嬢様の涙を見てからは黙って見守る事はもうできない。


 「わたくしは…わたくしは…」


 お嬢様の言葉は要領を得ない。溢れ出る涙も止まらない。お嬢様自身も、自分の心を制御できない様だった。流れる涙がどうして止まらないのと、困惑しながら拭っている。


 「これは?」


 エドワード殿下が、お嬢様が握り締めていた書類に目を止めた。

 編入届だ。


 「リナ・アボットの編入書類ですね。我が父が推し進める教育改革の、第一号生です」


 答えたのはトマス様だ。険しい顔で書類を見つめている。

 ウッドストック宰相が、お嬢様やトマス様を差し置いて、リナ・アボットに夢中になっている事を思い出したのだろう。


 その名前を聞いた途端。お嬢様が明らかに動揺した。


 ━━━お嬢様の異変の原因はリナ・アボット。全員の脳内に深く刻まれた。


 リナ・アボットとの間に何があったのか。問う前にお嬢様が語り出した。


 「エドワード様、それにみんなも…。リナ・アボットさんは、教育改革に選ばれる程、素晴らしい女性です。みなさんがわたくしと居るよりも、彼女といる時間を大切にしたいと仰っても、わたくしは嫉妬何て致しませんから」


 唖然と、お嬢様以外の全員が固まる。


 「エドワード様も、わたくしよりも、彼女の方が、相応しいと思ったら…、身を引きますので…。だから、だから…。わたくしは、わたしは…みんなに嫌われても、みんなの恋を、応援するからっ…。リナさんは私よりもずっと魅力的で、素敵な人だから、だから…みんな、わたしを嫌いになるの…」


 お嬢様?何を仰っているのですか?

 身を引くと言うのは、婚約者の地位を降りると言う事ですか?

何故ですか?お嬢様以上に国母に相応しい方などいないのに。


 お嬢様が発案した医療に関する知識で、どれ程の人々が救われたか、そして救われていくのか。

 そのお嬢様より、魅力的で、素晴らしい女性、だと?


 「アウリス、この編入生となにがあったんだ?」


 エドワード殿下がずばり問い質す。

 お嬢様に畏れを感じる者はいても、お嬢様が畏れを感じる者など、この世にいる筈が無い。

 お嬢様は私を救い、エドワード殿下達を救った。心も身分も実績も、素晴らしいものをお持ちのお嬢様が、涙を流す程の事態とは何だ。それに気付けなかった私は、一体何をしていたんだ!


 お嬢様は震えが止まらない己の体を抱きしめて、一歩一歩後ずさって皆様と距離を取った。

 それが心の距離を表しているようで、じくじくと胸が痛む。


 「ごめんなさい…」


 扉を開け放ち、お嬢様は廊下に躍り出た。

 義弟のアルモ様が血相を変えて後を追う。エドワード殿下も追いかけようとするが、ぐっと拳に力を入れて視線でトマス様に指示を出す。


 トマス様はリナ・アボットについて調査するべく、深々と礼をすると焦りと苛立ちを纏わせて退出する。


 「アウリスちゃん、リナ・アボットとか言うのと、何があったんだよ」


ライオネル様ははっきりと憤りを爆発させた。

 それを見て、私もエドワード殿下も冷静さを取り戻す。


 「おい、アケメケアの者、いるんだろう」


 私は天井裏の闇を振り返る。

 そこにはアケメケア帝国の皇太子の護衛であり、諜報まで熟すエリンバーと言う男がいた。


 エドワード殿下は視線を前に見据えたまま、会話を続ける。


 「お前達の方面からも、リナ・アボットを探ってはくれないか。まあ、頼まなくても、この状況をアイツが知ったら放って置かないだろうが…」


 ライオネル様が心配そうにエドワード殿下を見つめているが、エドワード殿下とて不本意であろう。自分よりも優秀だと評され、自分の婚約者を狙う恋敵を頼るのは。


 しかし愛しいお嬢様の為なら、悪魔にも魂を売り渡す覚悟だと、私はそう感じ取った。


 エリンバーは何も反応を示さない。ここではい解りましたと答えたら、諜報としても従者としても失格である。


 エリンバーはちらっと私を見た後、困ったように肩を竦めて、音も無く天井裏から消えて行った。

 後日、皇太子が堂々とフランク学園へ留学の手続きにやって来るのだが、本年度への編入は無理だからと、来年度の留学にとどめるに至った事は、また別の話である。


 こうしてリナ・アボットは、我々の中でアウリスお嬢様の敵と共通認識がされた。


 一国の宰相を手の上で転がし、聖女たるお嬢様を苦しめる、庶民にあるまじき栄光を勝ち取った少女。


 その正体は、聖女を苦しめる悪魔。


 リナ・アボット。

 お前の毒牙から必ず、お嬢様を守ってみせる!





 こうしてリナ本人が知らない所で、厳重警戒態勢が敷かれていた。




最終話までの準備の為、ここで一旦休載させていただきます。

再開する際は活動報告でお知らせ致します。

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