11.ライオネル
フランク学園編入三日目。
もう辞めたい。
登校拒否したい。
しかし行かねばならない。いくら何でも編入三日目で登校拒否のひきこもりとか、家族に心配をかけるような事はしたくない。
重い足取りで学園へ向かうと、それは視界に堂々と入り込んで来た。
「………」
「君がリナ・アボットだな!」
ちっ、シカトしようとしたら向うから話しかけて来たか。目の前を通り過ぎたら、強制的にバトルが発生するタイプのキャラか。
うんざりと立ち止まる。
フランク学園の延々と続く外壁の前で、攻略対象者の一人、ライオネル・アントワープが仁王立ちしていた。
炎のような真っ赤な髪。爛々と輝く黄金の瞳。騎士伯令息で騎士見習いだけあり、逞しく鍛えられた肉体美の素晴らしい事。粗野で荒々しい雰囲気があるのに、それでも惹き付けられてしまうのは、愛嬌のある表情や、裏表のない素直な性格だから。
胸筋がはち切れんばかりに盛り上がり、赤い襟取りの制服がキツそう。ワイシャツが大きく開かれている。
二度ある事は三度ある。今日ももしかしたらと構えていたが、まさか入る前からご登場とは。
仕事熱心や過ぎませんか?
「あの…」
「俺はライオネル・アントワープ!リナ・アボット、君は何を企んでいるんだ!」
仁王立ちされて、いきなりそんな事言われても困る。
「企み…?」
「とぼけるな!殿下とアルモを待ち伏せして、誑し込もうとしたそうじゃないか!君には淑女としての自覚はないのかい?けしからんな!」
ばーーん!と効果音が聞こえてくるかのように踏ん反り返る。
幻覚だろうか。マントがはためき、後光がさして影が大きく映し出され、某有名な会社の黒塗りの外車が見える。
この世界に車ないのに。
一体どんな解釈をしたらそんな事になるのか。
解釈違いマジ無理だから。
「しかもアウリスちゃんを困らせているそうじゃないか!」
は?
公爵令嬢がどうして庶民の小娘に困るのよ。
攻略対象者と仲良くしているんじゃないの?エドワードもアルモも、このライオネルも、こんなにアウリスアウリス言っているんだから、仲は良いんでしょ?
なら断罪の心配なんていらないでしょ?何に困っているのよ?
「それは一体何の事ですか?」
「分からないから聞いているんだ!」
「へ?」
「アウリスちゃんは、俺達に心配させまいと、リナ・アボットに関する事には一切口を噤む。そして悲しい顔をするんだ…。君はアウリスちゃんをそこまで追い込んで、何をするつもりだ!」
ライオネルがそう宣う。
ゲームでは、将来入団する騎士団員達と折り合いが悪く、でも自分に原因があると気付けずに、強くなれば全て解決だ!と脳筋思考でひたすら鍛錬を続ける。見ていて痛々しく思える程に。
ヒロインはそんなライオネルに、「どうして強くならなければいけないの?」と疑問を投げかけ、それはこうで、ではそれはどうして…と問答を繰り返していくうちに、一人でがむしゃらになっている虚しさと、仲間を思いやる大切さを知る。
そして悪役令嬢の指示に従う事もやめ、本来の騎士への道標を示してくれたヒロインに、愛を誓う。
(思い込みが激しい描写があったけど、ここまでだった⁈エドワードやアルモから話を聞いたんだろうけど、もう完全に、私がアウリスを害する悪党認定してるじゃない!)
エドワードとアルモも大概だったが、ライオネルはそれ以上だ。
思い込みが大気圏を突破している。
「アントワープ様、私はラマルティーヌ様とまともにお話した事もないんです。なのに困らせるもなにもありません」
「でも会った事はあるよね?昨日も一昨日も」
「はい…」
「で、君を見るなり怯えて逃げた?」
「はい…」
「何もない訳ないじゃないか!」
いや知らんがな!
冷静になれとリナは心の中で唱える。
ライオネルの発言から読み解けるのは、アウリスが何故かリナを恐れ、エドワード達がそんなアウリスをリナから守ろうとしている、と。
そして何故アウリスがリナを恐れるのか、それは自分達にも分からないと。
(いや、私も分からないし!)
罪を告白するまでは頑として動かないぞ、とライオネルはこっちを睨んでいる。
吐けるゲロ何てない。喉に指突っ込まれても、何も出てこないぞ。
膠着状態に陥った時、頭上からバキっと何かが折れる音が響いた。
リナとライオネルが音につられて頭上を見上げると━━━落下して来るアウリスの姿が。
(親方!空から悪役令嬢が!)
って違う!と、リナが蒼白になり固まる間にもアウリスは落下する。
「アウリスちゃん!」
ライオネルはアウリスの落下地点に素早く移動すると、硬い地面がアウリスを抱きとめる前に、自身の逞しい腕の中に彼女を閉じ込めた。
また幻覚かな。菫の香りがする風が吹いて天使の羽が舞い上がり、二人の髪を激しく乱す。吹き去ったあと、そこには信じられないとライオネルを見つめるアウリスと、当然だろ?と、愛おしそうにアウリスを見つめるライオネルが。
いや幻覚じゃない、現実だった。
「アウリスちゃん、一体どうしたの?」
「木の上に猫がいて、下りられなくなっていたの。それで…」
「自分が登って助けようとして、枝が折れて落っこちちゃったの?アウリスちゃんはお転婆だな~!」
高い塀の向こうには、塀よりも高く伸びた木の枝があった。学園の外に伸びた部分が途中で折れている。
にゃ~と、呑気な猫の鳴き声がアウリスの腕の中からして、ほっとしたようにアウリスはその頭を撫でた。
どうして貴族の令嬢が木に登る。こういうのは防犯上、塀の側に高い木は植えないのではないか?庭師は何をしている。茂みの件といい、職務怠慢が過ぎるぞ。
などなど。
突っ込みたい事は山ほどあるが、二人の世界の入っているうちに退散しよう。
リナはそろそろと後ずさる。しかし。
「あ…、リナ・アボットさん…」
目敏くアウリスに見つかった。
忽ちアウリスは目に涙を貯めて顔を伏せる。
それを見てライオネルが何をするとリナを睨む。
(はいい?なんでよ?)
リナの疑問が言葉になる前に、アウリスは身を捩ってライオネルの腕の中から逃れると、そのまま走り去ってしまった。
いや途中で塀の中に消えた。
いや、扉だ。そんな所に非常口的な扉あったのね。ハムスターの様な身の熟しと素早さだ。
「アウリスちゃん!」
ライオネルはその後を追う。
大丈夫か?その扉だいぶ小さいぞ。その筋肉で通れるかい?あっ、ちょっとつっかえたけど通れたね、良かった良かった。…良くないよ!
………デジャヴって、こんな頻繁に起こるものだっけ?
取り残されたリナの足元に、置いていかれた猫がすりすりと身を寄せる。
「え…?つまりどういう事なのよ…?」
訳が分からない。
しかしはっきりしている事実はある。
悪役令嬢アウリスに恐れられ、攻略対象者には敵視されている。そんな認めたくない事実だった。
「ねえジャック。国家権力の中枢から敵認定されたらどうすればいいと思う?」
「お前、戦争でもするのか」
帰宅するなりジャックにそう問いかけると、凄く真面目な顔で問い返された。
朝の一件以外は、特に何事も起こらず平和に一日が終わった。
いや、宣戦布告されたようなものだ。平和何て欠片も無い。とんでもねえ事案が発生している。
「それがね。良く分からないうちに、王子様とかに嫌われたみたいでさ」
「お前がまた、暴走したからとかじゃなくて?」
「じゃないわよ!まだしてないわよ、まだ!」
「『まだ』なのかよ!」
リナは掻い摘んでこの三日間の出来事を話す。
ジャックはふむふむと暫く黙って聞き、答えは出ているじゃねえかと言う。
「最初にその令嬢を見た時、リナと殿下が浮気してるとか、そう思ってるような顔してたんだろ?それに傷付いたって。実際そうなんじゃね?お前達がそんな仲だって信じたんだよ」
「え?でも。私達あの日初めて会ったんだよ?小さい頃から一緒で、愛も絆も積み重ねて来たあの人達とは、月とミカヅキモほどの差があるんだよ?それなのに、婚約者の気持ちを疑うの?」
「殿下達が信用されてねーんじゃん?何かやらかして信用を失ったか、元々ねーのかは知んねえけど。そうなら令嬢の態度にも説明がつくし。その人を信用してなくても、いざ裏切られると傷付くもんだろ。それなら殿下や弟や騎士見習いにとった行動も説明がつく。私という婚約者がいながら浮気するなんて酷い。お前達も私よりこの娘を取るんだな。やっぱりそんな人だったんだな。とか、そう信じ込んでるんじゃね?」
がーーーんと、頭を殴られたような衝撃が襲う。
確かにその可能性は、エドワードと邂逅した時に頭を過った。でもまさか、本当にそうだ何て想像できようか。
さらにさらに、アルモやライオネルとも、フラグを立てていると思われていると?
「あんなに熱視線で見つめられてたのに⁈私なんて、視線で息の根止められるかと思ったわよ!」
「ご令嬢の愛されてる基準に、殿下達の愛が届いていないのか、単純に殿下達に愛されている自覚が無いのか。実は令嬢は殿下達を愛してないけど、自分が一番に扱われていないからショックだった、とか。あくまでも想像だからな」
ジャックは肩を竦ませる。
リナはわなわなと唇を震わせた。最後の可能性に至っては、悪役令嬢そのものの思考で大変危険である。
おい悪役令嬢。お前断罪回避の為に、攻略対象者達ときゃっきゃうふふして来たんじゃないのか?
お前まさか、しっかり攻略対象者達の愛情ゲージフルマックスで上げてるくせに、何故か恋愛方面に対しては、絶望的なまでに鈍いタイプの転生悪役令嬢か⁈
私は所詮悪役令嬢、ヒロインを前にしたら、みんなその魅力に逆らえないのだわ、そして私は断頭台に…的な思考に陥っているのか⁈
(はた迷惑な…!)
お陰様で、攻略対象者達に盛大に嫌われました!
リナが無言で百面相を繰り広げる最中、ジャックはジャックで真剣に考えこんでいた。
ジャックが想定していた問題とは、方向性が違う。
庶民のリナが貴族の中で悪目立ちして、陰湿な嫌がらせを受けるのではと想像していた。もしくは、見た目だけならお姫様と言って遜色ないリナに、好意を寄せてちょっかいを出してくるとか、そういったものを想定していた。
(まさか敵認定されてくるとは…。さすがリナ、俺の想像を容易く超えてくる…!)
って、感心するな。
「いえ!これはあくまでも私達の想像だわ!まだ確定じゃない!」
「何だその謎の抵抗と前向きさは。自分で言っといてあれだが、多分確定だぞ?」
「だって愛ほど面倒で、しつこくて、厄介で、拗れる問題はないのよ!そんなのに立ち向かいたくないじゃない!頼むから嘘であってくれって思いたいじゃない!」
「帰ってこい。現実逃避するな」
ジャックに宥められ、うっうっと滲んでくる涙を拭ったリナは決意を固める。
「明日、確かめて来る…」
「は?」
「本当に、公爵令嬢がそう思っているのかどうか」
「無理だろ。本当ならお前は令嬢の天敵だろ?会ってくれないだろうし、周りの連中も会わせようとしないだろ」
ジャックとしては、リナにもう学園を辞めて欲しかった。
それがリナ本人や家族に不利になる事でも。
ジャックがそう望んだせいだというのなら、一生かかってもその償いをする。だから。
「うん、でも。当てがあるの」
ジャックの決意を何となく感じ取りながら、リナは柔らかく微笑む。
ジャックが決心したのなら、私もその時がきたのだ。
この手段は取りたくなかったが、そう言ってられる状況ではなくなった。
ヒロインはヒロインらしく、イベントを起こそうではないか。




