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10.アルモ

 

 編入初日に、本来ならエドワードとのトキメキきゅんきゅんイベントを、最悪で険悪な印象で終えると言うミラクルを決めたリナ。オワタ。


 ついでに、その先の学園生活もオワタと思う。


 大遅刻した私は、学園の用務員に保護されて職員室に連行され、栄光あるフランク学園の生徒になった自覚は無いのかと滔々と説教を受け、案内された教室では全く歓迎されず、遠巻きに異物として忌避された。


 さすがお上品な令息令嬢となると、「やーいやーい、お前の父ちゃん靴職人~!」なんて揶揄ってこない。

 揶揄ってはこないが、絶対に受け入れまいとする空気が充満している。


 その筆頭が、アウリスの義弟(おとうと)、アルモ・デ・ラマルティーヌ公爵令息だった。


 アウリスが将来王室へ入る為、跡継ぎとして迎え入れられたアルモ。

 しかしその実態は人身売買のようなもの。更に義姉(あね)からの虐めは日常化。誰に助けを求めていいか分からない、豪華な檻の中で苦しむアルモ。


 フランク学園でリナと出会うまで、アルモは苦しみ続け、自分を救ってくれたリナを深く愛し、公爵家の後継者として自信を持つようになり、公爵家に息衝く毒、アウリスを断罪する。


 そのアルモが、めっちゃこっち睨んでる。


 エドワードもそうであったが、どうして話した事もない攻略対象者に、ヒロインである自分がこんなに嫌悪されているのか。


 (宰相か?宰相のせいなのか?)


 脳内でフィリップ宰相に昇〇拳をキメて、リナは居心地悪くその日をやり過ごした。





「リナ、どうした?初日にしては希望も充実感も無い顔してるぞ」


 帰宅したリナを出迎えたジャックは、その顔を見るなりぎょっとする。


 庶民が単身貴族の中に入って直ぐに馴染むとは思っていなかったが、国の政策が絡んでいる案件だ、まさか苛めなどは無いだろうと思っていたが、まさか。


 ジャックの表情から、自分の顔色の悪さに気付いたリナはムニムニと頬を揉む。


「あはは、思ってたより場違い過ぎて気疲れしただけよ。明日からもずっとそうだと思うと気が重いけど、やるしかないから」

「そうか…。無理するなよ。俺に出来る事なんて無いかもしれねえけど、いざとなったら抗議文でも書くからよ。まあ無視されるだろうけど」

「ジャック…!」


 リナは、恥ずかしそうに頬を掻くジャックに抱き着いた。

 いい所に入りうっとジャックは呻くが、男のプライドで受け止めて、リナを抱きしめる。


「リナ…」

「ああ、癒される。今のうちに思う存分吸っとこ」

「…吸うな……」


 いい雰囲気だと思った自分が憎い。

 べりっとリナを剥がすと、ジャックは溜息を吐きながらリナを連れて、闇夜の帳が落ち始めた街を歩いて行った。





 翌日。今度は迷子にならず登校したリナは、昨日と変わらない教室の雰囲気に耐えられず、休憩時間になるや教室を飛び出した。


 今日も、アルモの視線がキツい。


 アウリスに顔は似ていないが、菫色の髪と瞳は親族であると思わせ、悪役令嬢の分もプラスで睨まれているみたいで気分は最悪だ。

 アウリスがキツめの美女なら、アルモは甘い雰囲気を醸し出す美少年だ。

 大きな愛嬌がある瞳、成長途中ゆえの、青年と少年の間で曖昧に魅惑的に薫る肢体。庇護欲を誘うのに、近付けば高位貴族の威厳が確かにある。菫色の制服姿が色気を倍増し、異様に似合っている。


 だからと言って、ときめく事は無いが。

 エドワードも怖いと思ってもときめかなかった。


 あんな怖い眼で見られたら、百年の推しも冷める。悪役令嬢の弟コワイ。


 トボトボと適当にやって来た庭園の隅にしゃがむ。

 頭上にはエンゼル・トランペットの花が幾つも咲き誇り、大振りの花弁が飛び出す様にリナに向いている。まるで天上の世界から下界に向かって、その美しさを見せつける様に。


 ぼへっとそれを眺めていたら、がさっと茂みを掻き分ける音が響いた。


 昨日の今日でもしやと思ったが、期待はいい意味で裏切られ、そして裏切られなかった。


 エドワードは出なかったが、アルモが現れた。


 (何で姉弟揃って、そんな所から出てくるのかな⁈)


 エンゼル・トランペットの花が天使のベルの様に揺れ動き、貴公子の訪れを祝福する。

 柔らかな光がさして周囲の木々を照らし、そこに佇むアルモを、森の妖精の様に演出した。


 なんでやねん。


「リナ・アボット。そんな所で何をやってる?」


 疑問形だが、逃がさないぞと言う圧を感じる。

 昨日のエドワードと言い、どうしていきなり攻撃態勢なの?見敵必殺なの━━━あれ私、敵、なの…⁇


「…特に何も…」


「ここの庭園は、姉のお気に入りの散歩コースなんだ。どうして君がここにいるの?義姉(ねえ)さんの待ち伏せ?」


 いや知らないし。待ち伏せとか逆にありえないし。


「昨日も、義姉さんやエドワード殿下を待ち伏せていたそうだね。何を企んでるの?ウッドストック宰相まで手玉に取ってさ」


 おいちょっと待て。聞き捨てならない虚言が聞こえだぞ!

 どうして昨日の事が、曲がり曲がって歪んで、そんなんになるの?

 あと、あの腹黒変態ロリコン宰相を手玉に取ったって?お前の脳内にもお花が咲いているのか!アレの上に君臨しているような言い方聞き捨てならんぞ!


 愛しい女性の為なら、俺はなんだってできる。そんな真っ直ぐな目をしていやがる。


 アルモは降る様に咲くエンゼル・トランペットにそっと触れる。まるで愛しい人に触れるかのように。なるほど、その花を見に悪役令嬢はやって来ているのか。でも。


「それ、毒があるから気を付けた方がいいですよ。触るぐらいなら平気ですけど、手は念の為に洗った方がいいです」


 花から樹液に至るまで毒があり、特に種子や地下茎に多い。摂取すれば嘔吐・痙攣・瞳孔散大・呼吸困難などに陥る。一定以上摂取しないと症状は出ないが、警戒するにこした事は無い。


 (悪役令嬢が毒花を見に来てるなんて、笑えない演出なんですけど)


 アルモははっと手を離し、花と距離を置くと忌々しそうにリナを見下ろす。


「…お前、そんな毒がある花の前で義姉さんを待ち伏せして、一体何を企んでいる…?」


 いや企んでないし。そもそも待ち伏せしてないし。何その、何を考えているか分からない、不気味な人間を見る目は。心外なんですけど。もともとそれを鑑賞していたのはあんたらでしょ!


 膝を(はた)きながら立ち上がり、どう説明したら通じるか…と思案している時だ。


「アルモ…?」


 ふわりと、エンゼル・トランペットが光を弾きながら揺れた。

 がさっと茂みが揺れて、菫の香りのする風が吹く。


 揺れる菫色の髪、その花の(かんばせ)を焦らす様に隠す。茂みから、とんっと軽く弾んで出てくる仕草が、天使がダンスを踊っているかのようで。天界から天使が舞い降りたかの如く、幻想的な光景が目の前に広がる。


 (また謎エフェクトが…)


 何なんだこれは。この学園では、悪役令嬢は茂みから出てくるのがマナーなのか?庭師は今すぐ茂みをなんとかしろ。


「義姉さん、どうしてここに?」


 あんたさっき、自分で散歩コース言うてたやん。


「アルモと、その、編入生が同じクラスになったって聞いて。様子はどうか気になって」…」


 アウリスは潤んだ瞳をこちらに向けた。

 はっと、アルモが息を吞んだ呼吸音がして、一歩アウリスへ踏み出す。


 それに何を思ったのか、アウリスは今出て来た茂みの中に再び身を躍らせた。

 キラキラ輝いているのは涙だろうか。どこで泣く要素があったのだろうか。考えたくないのだが、義弟もヒロインの虜になったと、ショックの涙なのだろうか。


 ガッサガッサと突き進む。あのカモシカの様な足のどこにそんな力があるのか。


「義姉さん!」


 アルモもその後を追って茂みに入る。ガッサガッサと草の根を掻き分けて、二人の姉弟は茂みの向こうへ消えて行った。


 直ぐ近くに、素敵な石畳の小径があるのに。


 ある程度の距離まで不自然な光が二人を照らしてたんだけど、なにその、舞台役者がフェードアウトする的な演出は。庭師か、庭師なのか、草刈らずに照明係やってんのか!


「なに、この、デジャヴ…」


 貴族には茂みからやって来て、茂みへ帰らなければならない伝統でもあるのだろうか。

 私、それ知らない。校則に書いてあった?


 授業開始のベルが鳴っていた。


 しかし闇雲にここまでやってきたリナは、帰り方が分からなかった。


 迷子確定とサボタージュのツーコンボを編入二日目でかまし、またしてもリナの存在は、悪い意味で学園中に広まる事になる。





  





 リナ・アボットと接触した。

 いや、されたと言う方が正しいか。


 王太子の婚約者の家庭教師をする筈だった、ウッドストック宰相の関心を独り占めにし、まんまとフランク学園へ編入に至った。


 貧しい靴屋の娘の彼女にとって、国家の宰相を後ろ盾にし、更に高位貴族と親しくなれる好機を得て、さぞかし気分がいいだろう。

 下剋上を成し遂げて、優越感に浸っている事だろう。


 目の前のご馳走に涎を垂らし、みっともなく喰らっているのは別に構わない。

 自分で自分の品位を貶めていればいいのだ。


 しかしその皿の上に、アウリス・デ・ラマルティーヌが乗っていると、その思い上がりだけは許せない。


 ウッドストック宰相から彼女の情報を入手したのだろう。

 革命的な医療体制の確立で、彼女は聖女として関係者達から尊敬と敬愛を集めている。


 本来なら国家を上げて讃えるべきだ。

 しかし慎ましい彼女は、公爵令嬢の自分の名前の力で貴族が医療を独占し、民間に制限される事を危惧しあくまでも国家事業だと、発案者もラマルティーヌ公爵を主導とした政府として、アウリスは表に出ようとしない。


 この医療改革がきっかけで、隣国アケメケアの皇太子の留学まで実現させたというのに。


 思うに、リナ・アボットは。

 特別だと思っていた自分よりも、ずっと優秀で美しい存在であるアウリスに嫉妬し、特別な自分こそがその立場に相応しいと、理解に苦しむ考えを持っている。


 何をどうしたらそんな思考になるのか。


 そして何故そんな危険人物を、ウッドストック宰相が教育改革の対象者としたのか。


 答えはリナ・アボット編入早々に解けた。


 毒だ。


 アルモに語った植物毒の詳しい内容。ただの庶民が知りえない情報だ。

 その出どころも気になるが、その知識を持ってウッドストック宰相の思考を鈍らせ、自分の思うがままに動くようにしたに違いない。


 靴屋の娘にそれが本当に出来るのかと?疑問が浮かばないでもなかった。


 アウリスが、リナ・アボットの名を聞くたびにどこか怯えた風を見せ、不安に表情を歪ませる。

 それだけで、疑うに値する。


「わたくしは、エドワード様や、他が誰を選んでも応援いたしますから。身分違いでも、それでわたくしを嫌いになる事になっても…」


 その言葉を聞いた時、リナ・アボットの存在がアウリスにとって害にしかならないと確信した。


 あのアウリスを怯えさせる要因は何か。最終的な目的は何か。何もわからない。分からせない狡猾さ。


 編入を妨害しようにも、ウッドストック宰相が執拗にリナ・アボットを推して譲ろうとしない。

 確かに今から新たに人材を用意するのは困難だろう。それなら、問題児を編入させるぐらいなら、計画の先延ばしを検討した方がずっといい。

 しかしウッドストック宰相は今年度の実施を強引に実行した。

 リナ・アボットの思惑通りに。


 編入してたった二日で、アウリスの義弟アルモと私━━━エドワードと接触した手腕。侮ってはこちらが掬われる。


 アウリスは私が守る━━━。


 エドワードは決意を新たにして、学園へと向かう馬車に乗り込んだ。





「ふえっくしょん!」

「どうしたリナ風邪か?」

「ううん、大丈夫。何か壮絶な勘違いと思い込みの気配を感じたんだけど、全然平気!」

「…いや、それ、全然平気じゃなくね?」



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[一言] お年頃の少年が明後日の思い込み激しく陰謀論一直線… 人それを厨二病と言う()
[良い点] 茂みと謎エフェクトが貴き者の嗜みと化してるの笑う
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