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9.エドワード

 


 とうとうこの日がやって来た。


 『恋する貴公子達』の物語が始まる舞台、フランク学園へ編入するその日が。


 私は姿見の前で、フランク学園の制服姿の自分を眺める。

 制服の基本は、臙脂色のブレザーに白いプリーツスカートかスラックス。ヒロインや攻略対象者だけは、イメージカラーの装飾がされている。

 リナは桃色だ。花型のカフスボタンや、襟取りが桃色でされている。

 スカートにも桃色のラインが入っている。


「わあ可愛い。これが自分じゃなかったらね…」


 けっと、リナは悪い顔をした。ヒロインが台無しである。


 今日が登校初日であるが、学園側やウッドストック家から迎えが来る事は無い。


 リナが断ったのもあるが、フィリップ宰相からの報告でリナの印象は悪いのだろう。学園の説明は冊子が届けられただけ。くれぐれも派手な行為はせずに、慎ましく学生生活をおくれと書いてあった。


 学園が贔屓していると思われてはいけないので、教師との接触も極力控えよと、教育改革と銘うってるくせに、リナの扱いが雑だ。


 庶民が貴族の学園で学んだと言う実績さえできれば、リナの教育はどうでもいい感が見え見えで、ヘドが出る。


「素直に従わなかった私への意趣返しかしら?さすが貴族、陰湿ね」


 受けて立つ…いや受け流す。びっくりするぐらいに地味にしてやる。

 あれ?庶民の小娘なんて通ってた?と思われるくらいに地味にしてやる。


 学園ヘは徒歩でも通える距離だ。

 初日なので余裕をもって出かける。


「リナ」


 外に出るとジャックが待っていた。

 今日が初日だからと送って行くと、仕事前にわざわざ時間を割いてくれたのだ。


 お貴族様のご立派な馬車の送迎より、ジャックと歩いてのんびり登校する方がいい。


 二人は自然と手を繋いで歩き出した。





「迷った…」


 学園の門前でジャックと別れ、滑走路かよと伸びる正面通りを延々と歩き、あまりにも続くものだから不安になって途中の小径を曲がり、戻ろうと思って引き返そうと思っても、見える景色が違ってまた迷い…と、負のループ状態に陥っていた。


「みんな馬車で移動する理由が分かったわ…。何この、貴族の見栄と威信をてんこ盛りにして、使う側の勝手を無視した仕様。使い勝手の悪さを直す訳でなく、それに合わせる貴族。くだらなぁい」


 そのくだらなさに迷いまくってる私。泣けてくる。


 しかしこの状況、既視感があり過ぎる。

 それはなんだと思考を巡らせた所で、人の気配が背後からした。


「あれ、どうしてこんな所に人が?」


 高くも低くもない甘い声に高貴さが滲み出て、振り向かなくても誰か直ぐに分かった。


「やあ、こんにちは。君は誰かな?」


 質問のていを成した命令である。

 振り向かずに逃げ出したいが、それをしたら断罪される前に縄を掛けられる。


 リナは覚悟を決めて振り返る。


 さあっと、二人の間を柔らかな風が吹いた。

 視界を一瞬覆った髪の向こうに、貴公子の姿が見える。


 (急にエフェクトでたし。ナニこれヒロイン特典?)


 金糸の如く美しい髪。どんな宝石よりも輝く碧い瞳。立ち姿一つで知性と王者の気迫を感じ取れ、どのような芸術家も、その美しさを讃えるには力不足を嘆く美貌。一人だけに許された、純白の制服。


 エドワード・アキテーヌ・ノワール・ガロリア王太子。

 『恋する貴公子達』の攻略対象者の一人だ。


 (思い出した。編入初日で迷子になったヒロインを、ごますり達を避ける為に来た旧校舎で見つけて、父親から国の政策を聞いていたエドワードは、親切半分好奇心半分で学園を案内するんだ…)


 これはイベントと言うより、チュートリアルに近い。これでヒロインは、学園の設備や仕組みを学ぶのだ。


 そして、親切に案内をしてくれた彼にお礼がしたいので名前を尋ねると、王太子であると知って驚く。しかし学園の『身分の上下関係無い学園生活』と言う建前を素直に実行し、王子様とお友達になれて嬉しい!と呑気に喜ぶ。


 エドワードはその反応に毒気を抜かれ、リナと言う少女が気になり始める。

 そしてその笑顔を見ているうちに長年の劣等感を払拭し、煩わしい婚約者と決別を決め、ヒロインへの想いを募らせ…。と言う流れだ。


「こんにちは…。私は今日編入して来た者なんですけど、道が分からなくなって」


「編入…。ああ、君がリナ・アボットさんか」


 エドワードの瞳がすっと厳しさを帯びた。

 雰囲気に警戒が混じる。


 悪役令嬢に攻略されているにしても、ヒロインに対してこの様子はなんだろう。


「迷った、ね…。良かったら私が本校舎まで案内しようか?私もそちらに用があるし」


「いえいえ!王太子殿下に道案内なんてとんでもないです!」


「へえ…。名乗ってもいないのに、私が誰か分かるんだ。貴族ならともかく、庶民に私の顔はあまり認知されてない筈だけど」


 (あれ?何か墓穴掘った?)


 乙女ゲームを経験しているリナからすれば、エドワードの顔を知っているのは当然である。

 でもエドワードの言う様に、庶民が王太子の顔を知る機会は少ない。でもゼロではない。


 (そんな不審がる事?)


 エドワードは一歩一歩とリナに近付く。

 リナは王族に対し、何が正しい作法か不敬になるか分からずに身動きが取れない。


「わっ私は、フィリップ・ウッドストック宰相閣下のご厚意で、この度の機会を得ましたので、それで、殿下の事も知って…」


 絞り出した声は震えていた。


 (あれ?エドワードってこんなんだっけ?)


 劣等感は抱えながらも、表面上は完璧な王子様を演じ続け、誰に対しても当たり障りのない笑顔を振りまくタイプじゃなかったの?


 あまりにもゲームと雰囲気が違い過ぎて、畏敬を通り越して、ただただ恐怖だ。


「そう、ウッドストック宰相が随分君に熱を上げていたよ。私の婚約者の教育も出来ない位にね…」


 いや知らんし。

 なにその、僕の大切な婚約者より優先して見つけ出した原石がこれね…。みたいな顔は。 

 こっちだって好きで政治利用されてるんじゃないし。なんならあんたにあげようか?どうぞどうぞ。王族でしょ、プロパガンダになりまくりなさいよ!


 リナの荒れ狂う内心を知ってか知らずか、エドワードは蠱惑的に微笑むと、すっと耳元に口元を寄せて来た。


 ドキンと鼓動が高鳴った。


 生命の危機的な方で。


「でっ殿下…」


「ねえ、リナ・アボット嬢。君は私の婚約者を知っているかい?」


「え?アウリス・デ・ラマルティーヌ様ですか?菫色の髪と目の方の」


「へえ、名前だけでなく容姿まで知っているんだ。庶民と深層の令嬢に関わりがあると思えないし、王太子の婚約者の情報をウッドストックが簡単に話すとも思えない。それとも、彼の口が羽の様に軽くなる魔法でも使ったのかな?ねえ、どうして彼女の事を知ってるの?そして、どこまで知っているんだい?」


 王太子こっっっわ!

 知ってるも何も、乙女ゲームやったからですけど!一回だけだけど遠目で見たからですけど!言えないけどね!頭おかしいと思われるし、何で見に来たかって問い詰められて、無い腹を探られるだけだし!


 どうしてそんなに臨戦態勢なのか。

 目、笑ってない。綺麗な瞳が深淵を湛えている。


 (身分不相応に楯突いたならともかく、まともに顔も合わせた事も無い悪役令嬢案件で、何で追い詰められてるの⁈)


 リナが固まっていると、がさっと茂みが動いた。


「エドワード様…?」


 さあっと、菫の香りの風が吹き抜けた。


 臙脂色の女生徒の制服。襟の縁取りとスカートラインは菫色。スカート丈はやや長めだ。


 そよ風に揺れる長く艶やかで、いい匂いがしそうな美しい菫色の髪。長い睫毛に縁どられた菫色の潤む瞳。シミひとつない白磁の肌。折れそうな柳腰。なのに豊満な胸。桃じゃない、南瓜でも仕込んだ?と疑いたくなるお贅沢なお胸。


 アウリス・デ・ラマルティーヌ公爵令嬢。

 『恋する貴公子達』の悪役令嬢で、転生した現状において、真のヒロイン。


 何でアウリスまでここに?と言う疑問符で頭が一杯になって、エドワードとの近すぎる距離から一歩も動けないリナ。

 エドワードも驚いて一瞬固まる。


 その僅かな時間で、アウリスの思考は目まぐるしく駆け巡った。


 (ああ、やはりヒロインと出会ってしまったのね。気になって見に来てしまったけど、あの二人の距離…。攻略対象者とヒロインは惹かれ合う運命。わたくしは、わたくしは、そんな二人を…!)


 アウリスは悋気を起こし、悪役令嬢に目覚める自分を想像して青褪め、もう見ていられないと踵を返した。


 シャラララ~と、謎の光が弾けた。


「アウリス!」


 婚約者の目元に光った物を見て、エドワードはその後を慌てて追った。


 二人分の、ガッサガッサと茂みを掻き分ける音が響き渡る。


「へ………?」


 取り残されたリナが我に返った時には、ぴぃ~~ひょろひょろひょろ~と、鳶の長閑な鳴き声が木霊していた。


「何、一体何が起こったの?」


 攻略対象者、エドワード王太子とエンカウントしたと思ったら、剣呑な雰囲気に完全に飲まれ、やってもいない罪の告白でもしそうになっていたら、そこに悪役令嬢アウリスまで乱入し、双方、謎のエフェクトを全開にまき散らして去って行った。


 何なんだ、一体。


「いや、でも、あのアウリスの表情。ゲームで、ヒロインと仲良くしている攻略対象者を見た時と同じだわ。裏切ったの、信じてたのにって。え?浮気してると思われた?え?もしかしなくても、私と?」


 はあ?と情けない声が漏れた。


「アレを見て、イチャついてると思ったの?遠かったから?いう程の距離だった?ええ~嘘でしょう…。悪役令嬢だから?被害妄想が逞しいの?」


 しかし結果だけ見たら、リナは攻略対象者とイベント発生させ、しっかりと認識され、悪役令嬢にも認知されると。

 ヒロインルートまっしぐらである。


「うう…何で?私がヒロインだから?そんな、そんな…」


 がくっと力無くその場に膝を突く。

 朝の素晴らしいひと時からの落差がエグい。

 高低差に耳キーンってなるやろ!


 何より、何より…。


「ここ何処よ!どう行ったら本校舎とやらに着くのよ⁈迷子を放置して行かないでよぉ~!」


 ぴぃひょろひょろひょろ~と、鳶が頭上で旋回している。


 その日、リナは編入初日に大遅刻をして、多くの生徒達に存在を認識される事になる。


 庶民のくせに、立場も時間も守れない不調法者だと。


 それは皮肉にも、ゲームのリナと同じ第一印象だった。




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