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1.ヒロイン始めました





 始まり




 その日、私リナ・アボットは、親の仕事の手伝いの帰りに、王侯貴族が通うフランク学園前を通りがかっていた。


 庶民の小娘である自分とは、一生縁も所縁も無い天上人の園。


 絢爛豪華な校舎や、美しく整えられた庭園を眺めていると、心が躍るがちょっとだけ空しくもなる。


 授業を終えたのか、生徒達が校舎から出て来た。臙脂色の揃いの制服を着た、紳士淑女の卵達。

 目と鼻の先に居るのに、敷地と往来を隔てる豪奢な鉄柵以上の、見えない壁を感じた。


 無垢な笑顔をしている彼らは生まれながらの支配者で、リナは生まれながらの負け組だ。同じ年頃の同じ人間同士でも、星と塵芥程の差があった。


 その時、人垣の中から、風に靡く菫色の髪が目の端に映った。

 なんとなく惹かれてその方向を見やると、ひと際美しい集団が、歓声を受けながら庭園を歩いている所だった。


 中心にいるのは金髪碧眼の美少年と、菫色の髪と瞳をした美少女だった。その周りを見劣りしない同年代の少年達が歩く。

 少女より少し濃い菫色の髪の少年、水色の髪と眼鏡をかけた賢そうな少年、燃える様な赤い髪の勝ち気そうな少年。


 その光景を認識した瞬間、リナの中に電流が走った。


『これ最近、吊り下げ広告とかで見るけど面白いの?』

『面白いよ~。映像も綺麗でさ、最後は王道の終わり方。何より攻略対象者が超イケメン!』

『へ~やってみようかな。ダウンロードってこれ?』


 知らない街、知らない乗り物、知らない建物、知らない少女達…。


 いや、自分はこの光景をよく知っている。

 生まれ育った街の、毎日通った通学路だ。親友と同じ高校に進学して、一緒に毎日電車通学していた。


 実家は駅前の薬局で、両親共に薬剤師だった。学校が終わると帰宅そのままバイトに入った。駅前なので多種多様なお客さんが来た。


 月曜から栄養剤を纏め買いするサラリーマン、お腹を下して駆け込んで来たサラリーマン、男二人で避妊具を買いに来たサラリーマン、妙に近い距離感で夜の街に消えて行ったサラリーマン…。


 多種多様なサラリーマンが…、って違う。


 どうして私はこんな記憶があるの?泉の様にどんどん湧き出てくる、記憶にない記憶は一体なに?


 目の前が真っ赤に染まった。現実には王侯貴族の子息子女が、微笑ましく戯れる美しい光景が繰り広げられている。


 これは私の、いや、リナでは無い、大森薬子の記憶だ。

 高校生大森薬子の最後の記憶。酔っぱらいのサラリーマンに背中を押されホームに転落し、やってきた快速電車にそのまま…。

 幻視痛まで感じる克明な記憶。


 妄想や気のせいと片付けられない鮮明さ。


 リナは情報の濁流に、パンクしそうな頭を押さえながら鉄格子を掴み、戯れる美少年と美少女達を苦悶に耐えながら見やる。


「私、死んで生まれ変わったんだ…。多分、乙女ゲームの世界に…」


 不運な事故で死んで、乙女ゲームの世界に転生するって良くあるもんね!

 いや、ねーよ!


 大森薬子は両親を薬剤師に持つ、ごく一般的な高校生だった。

 敢えて特筆するとしたら両親の影響で、世間の平均よりも薬剤の知識があったぐらいだ。

 薬剤と言うか、毒に対する知識。ガーデニングが趣味だった両親は、薬剤師の知識を活かして、子供だった私に日常にある毒性のものや危険な植物毒の知識を教えてくれた。

 冷静に思うと、これは危ないよ!と教えてくれるだけで、詳しい成分とか致死量まで教える必要はあったのかな?単に両親の趣味だったのでは…?


 そんな私がなんで、乙女ゲームの世界に転生を⁈まだRPGの世界なら、ダンジョン攻略とか対モンスターとかに活かせそうなのに。乙女ゲームの世界に、腸炎ビブリオ菌の知識が活躍するときある⁈いや、無駄な知識じゃないけど、この世界刺身とかないし、生の魚介食べないし、乙女ゲームの世界で食中毒エンドとか聞いた事ないよ!


 乙女ゲームユーザーが不幸な死に方をしたら、乙女ゲームの世界に転生するシステムになってるの⁈


 異世界の神様、忖度する方向性間違ってない⁈


 親友に薦められプレイしていた乙女ゲーム、『恋する貴公子達』。


 乙女が憧れるシチュエーションで紡がれる愛の言葉。美しい映像は勿論だがそれ以上に煌びやかな攻略対象者達。


 下手に奇を衒わず、王道のストーリーだが飽きさせない展開に、多くの乙女達の胸をキュンキュンさせゲームは大ヒットし、テレビCMとPR広告は町中に溢れ、アニメ化・舞台化は大ヒットし、一大旋風を巻き起こした。


 攻略対象者は、王太子・騎士伯嫡子・宰相嫡子・公爵家子息、ほか完全攻略後に開放される対象者も含め、定番で王道で人気の布陣。


 そしてその全てのシナリオで、絶対にライバルとして登場するのが、悪役令嬢アウリス・デ・ラマルティーヌ公爵令嬢だ。


 菫色のドリルの様な縦ロールの髪、同じ菫色の鮮やかな瞳。少女なのに完成された美貌と豊満な肉体。上位貴族出身特有の、高過ぎる矜持と傲慢な性格。

 ザ・悪役令嬢な彼女は、己の持てる権力を振り翳し、あらゆる手段を用いてヒロインの恋愛を邪魔する。そして最後は悪事が公になり、良くて国外追放、処刑と死刑と暗殺がマストと言う散々な結果になる。


 で、ヒロインだが。

 名前はリナ・アボット。靴職人の父と心優しい母のもとに生まれた美少女。別に実は王侯貴族のご落胤とか隠し子とか、聖なる力を持った選ばれし乙女とかではない。そもそも魔法など存在しない。


 リナは天真爛漫で心優しい性格と、桃色の髪と青空色の瞳を持つ容姿の良さと、万人に好かれる性格がとある貴族の目にとまり、「君の様な優秀な人材がこの国には必要だ」と、例外中の例外で、王侯貴族だけが通う事が出来るフランク学園へ編入する。


 そこで貴公子達と運命の出会いを果たすのだが、悉くアウリスが邪魔をしてくる。

 婚約者に近寄るな、義弟に近寄るな、幼馴染に近寄るな、と。


 まあ主張は当然なのだ。いきなり現れたどこの馬の骨とも知れない庶民に、自分の関係者を近付けたいと思うわけがない。彼女は決して間違ってはいない。


 主張の仕方が倫理的にアウトだったのと、もの珍しい珍獣に、ほいほい釣られた男共が不幸にも身内だっただけだ。


 ヒロインもヒロインだ。身分の垣根を越えた付き合いが許されると言う、大義名分を旗印に高貴な貴族令息達に関わり過ぎだ。忖度も裏読みもあったもんじゃない。


 天真爛漫に脳内お花畑を駆けまわり、お疲れでしょ?一杯どうです?と、出されたぶぶ漬けの意味も分からずに、喜んで完食するタイプだ。


 お友達とか言っているが、普通に考えて婚約者がいる人と、お相手以上に親密にしていたら顰蹙を買うし、お相手はぶちギレて当然である。


 権力をもって排除しようとする行為は是とは思えないが、それをしてやりたいと思われていても致し方ないだろう。

 そんなにお友達でいたいのなら、殺意の籠った視線を投げかけられるくらい、甘んじて受け入れているしかない。怖がって泣いてるんじゃない。それを攻略対象者に慰められてるんじゃない。それを悪役令嬢がものすっごい顔で睨んでいるぞ!


 嘘が吐けない清純さと、貴族の常識の枠に捉われない柔軟な発想。何より心優しい、中も外も美しい少女。誰からも(一部例外除く)愛される美少女。


 空気が読めなくて、社交辞令と気付けずに場の雰囲気をぶっ壊している破壊神なのにね。


 貴族社会と言う郷に入ったなら、服従までは言わないけど郷に入ってみようよ!染まれとは言わないから、保護色くらい身に付けようよ!と、当事者のリナ・アボットになった今だから、星の裏側に響くが如く叫びたい。


 前世でプレイしていた時は、ヒロイン健気可哀相!悪役令嬢性格悪っ!権力行使最悪!としか思っていなかったが、冷静に考えればヒロインが立場と礼儀を弁えていれば、大概の問題は起こらなかったのである。攻略対象者との関係もだ。


 庶民がいるだけで気に喰わない。だから排除する!となる可能性もあるが、国が絡んでいる案件に内心はともかく、小さな嫌がらせはしても本格的な行為はしなかっただろう。


 無自覚に貴族の世界を踏み荒らしたヒロインと、縄張り意識が強い、踏み荒らす者には容赦しない悪役令嬢との、バトルロワイアル。


 と、私は将来入学する事になるだろう学園の、今はまだ初等部に在学しているであろう、攻略対象者達と、悪役令嬢アウリスの姿を見て思う。


 素直に受け取れば、前世で好きだった乙女ゲームの主人公になれたのだ、前世の死を悲観しても、今度こそ幸せな一生をと、喜んでもおかしくは無い状況だ。


 しかし私は知っている。

 これは『転生した悪役令嬢が破滅を回避する為に、起業したり王子達と良好な関係を築き上げたりして、逆に幸せになり、転生したヒロインの方が悪道の限りを尽くして破滅するパターン』だと言う事を。


『恋する貴公子達』の小説版を読んでいた流れで、その世界に転生した悪役令嬢ものの小説も読み始めた。

 それは悪役令嬢が破滅を回避し、ヒロインが破滅をする、あべこべなストーリー展開であり、悪役になってしまった、憐れな失恋少女への救済処置だ。


『そうだよね普通に考えて、一般庶民の女の子が王子と結婚出来るわけ無いよね。フィクションって分かってるけど、それにしては矛盾を無視しすぎって事だよね…。まあその矛盾する夢を楽しむのが、乙女ゲームの醍醐味なんだけど』


 んな正論言ってたら、乙女ゲームなんてやってられないけどね。


 読んで納得し、何なら本家よりもハマって、学んだ。

 転生したら寧ろ危険なのは悪役令嬢でなく、ヒロインの方なのであると。


 それを弁えて、今の自分の状況は———。


「アウリスと王太子達は年齢を重ねていくにつれ、価値感の違いで不仲になって行く筈…、今はリナが入学する前の、子供時代って言うのもあるかもしれないけど、それにしては親密度高過ぎない…?」


 幼い容姿だが見間違う筈がなかった。何せ、全てのルートをクリアして、隠しキャラまでクリアする程やりこんだのだから。


 美しく微笑むアウリスに、将来破滅する影は見えない。婚約者の王太子も張り付けた様な微笑みでなく、心から愛おしそうにアウリスを見つめている。


 これは、悪役令嬢も転生者で、そして破滅回避対策の中で、攻略対象者達と仲睦まじくなってるパターンだ。


 証拠に、アウリスの髪がドリルってない。

 悪役令嬢の象徴たる、それ自分に刺さらないの?痛くない重くない?チクチクしない?整髪料なに使ってるの?セットに何時間かかってるの?と、心配になる凶悪なドリルを装備していない。


 これは、悪役令嬢がヒロインルートに入って、ヒロインが断罪破滅するパターンのやつじゃん!


 もうオワタ。私の入る余地ないじゃん。何の為に生まれ変わったの?悪役令嬢が幸せになる為の踏み台?


 うまく立ち回って、悪役令嬢にも恨まれず、お気に入りのキャラとイチャイチャすればいいと、楽観的で利己的な考えは浮かばなかった。


 だって、転生乙女ゲームの世界のヒロインは、絶対正義は、悪役令嬢なんだから。


「よし、この物語、退場しよう」


 即座にそう決心し踵を返したリナは、フランク学園と悪役令嬢達に背を向けて、駆け出した。


 平穏なヒロインライフに向かって。








ここまで読んで下さってありがとうございます。

13話まで週一更新予定です。




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