竜の横たわる町
富士山の様に巨大に聳える桃色の山に風が吹くと吹雪の様に桃色の欠片が空に散っていく。桃色の山の周りは復興の手がまだ及んでいないから、それがよく見える。
桜の木が全身から余す事なく生えた竜の死骸。卵を護るように輪っかになってお腹の部分にある黒い球体の横で死んでいる。それが何なのかは分かっていなくて本当に竜の卵だとも言われているし、竜がやって来た場所に繋がる異空間だとも言われている。私には光を一切反射しないツルリとした表面のナニカにしか見えないけれど。でも竜が居るのだから卵や異空間も夢とは言い切れない、それはとても良い事だと思う。素敵だと、思う。
竜が何でこの町にやってきたのかは理由は不明だ。一時期は自衛隊の人や海外の軍隊が侵略しにくるかもなんてニュースもひっきりなしだった、と社会の教科書にはある。竜がやって来たのはお爺ちゃんの世代だから町の人たちも多くは気にしている雰囲気はない。むしろ観光地やお土産を作ってお金儲けをしている。
だから、今はもう桜の木が満遍なく生えた竜の死骸がそこにあるだけになっている。それなのに建物が倒壊している地区の復興がまだされていないのも、そういう場所に行くのも未だに自衛隊が制限しているのも慣例というか、当たり前になっている。どうせなら壊れた建物も瓦礫も無くしてしまえばもっと綺麗になるのにな、なんて私は思ったりする。
そして私は不満だらけの瓦礫の道を歩いている。さっき会ったばかりの人に手を引かれながら。
「ねぇ」
声をかけてみても反応はない。さっきも、会った時もそうだった。耳が聞こえないのかな、と思ったりもしたけど時折り声をかけると振り返るので違うみたい。
破れた金網の上に彼女は腰掛けていた。管理の行き届いていない、町の子供達が肝試しに使う竜の死骸に近づく裏道を見下ろしていた彼女と私は出会った。
見かけない人だった。人、というには雰囲気がかけ離れていてまるでどこか作り物、人形みたいに綺麗な人だと思った。大きく丸い目も、小さくて長い鼻も、形の良い桃色の唇も、この町には似つかわしくないといった感じで。ダンっ、と勢いよく金網の上から飛び降りると私に近づいてマジマジと凝視される。ぎょろぎょろと蛇みたいに。そしてギュッと手を握られた。引っ張るようにして歩き出した彼女に着いていくしかなくて今私はこうして彼女と歩いている訳だけど。彼女がずんずんと進んで行く先には桃色の竜の死骸がある。
でも一向に近づいている気がしない。どれだけ遠くにあるのだろう。
「ねぇ、どこまで行くの」
「あそこ」
と指を差した先はやっぱり竜の死骸。
「何かあるの」
「何もないよ」
それでも歩いて彼女は私を引っ張っていく。
「じゃあなんで行くの」
「あなたを連れていきたいから」
何もないのに? と思った。何かあるよとか綺麗な景色が見れるの、なんて言われたら興味も出てくるかもだけど。何もない場所に連れていかれるのは何ともよく分からない。
「イヤ?」
「嫌じゃ、ないけど……さ」
「うん」
簡素なやり取りで、でも気まずい雰囲気はなくて。
だけど何だかその背中は寂しそうに見えて。
「君は竜なの?」
「違うよ」
更に重ねて、
「私は違う」
と言われた。じゃあ何なのだろう。
「私は竜じゃないけど、居るよ。あそこに」
指を差した先は変わらず桜の山。
「じゃあ君は何?」
「寂しがってるの、みんな」
「皆?」
「さくらの木だよ」
……へぇ? と声に出したけどよく分からなかった。いざ夢のある事を言われても、桜の木が寂しがっているなんてよく分からない。そこに竜の死骸があるのに。
それに何だか聞いたこととは違う答えが返ってくるから要領を得ない。
「ついて来て、ついて来て」
でも何だか悪い気はしない。