とある侍女の人生最良の日
短編の
【 結局、王太子認定争奪戦を勝ち抜いたのは誰でしょう? 】
のヒロインの乳母であるリラ視点のお話です。
この話だけでも内容はわかるように書いています。ただし、ネタバレになってしまうので、後から読んで頂いた方がいいかも…と思います。
一人の女性の一代記となっています。シリアスで切ない話ですが、一応ハッピーエンドです。
私はマンスフィールド伯爵家の侍女頭をしているリラと申します。
今日は私にとって、人生最良最高の日です。朝早くから起きてお日様に手を合わせました。これは私の亡き母の故郷の信仰です。
今日の私はどの神様にも手を合わせたい気分なのです。隣国なら追放ものでしょうが、幸いな事にこの国は割と進歩的で、信仰の自由が認められていますので、もう手当たり次第に祈りたい気分なのです。
どうか無事に何事もなく式がすみますように。どうか、お二人が幸せになりますようにと。
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私は二十歳の時にこのマンスフィールド家に、メリッツお嬢様の乳母として雇われました。お嬢様がお生まれになった二週間ほど前に、私も子供を産んでいたので母乳が出たからです。
我が子に飲んでもらえずパンパンになった私の乳房に、小さな小さな楓のような手で触れられた時、その愛おしさで私は思わず涙が溢れました。
初乳を与えた後ですぐに愛する息子と引き離されてしまった私は、ずっと辛く哀しい思いをしていました。胸が引き裂かれるようで耐え難く、正直この世の全てを恨んでいました。
あの方だけではなく、息子を実子として引き取って下さったばかりか、私に偽りの身分を与えて、仕事先を見つけて下さった公爵様の事さえ。今思えば本当に罰当たりな事でしたが。
メリッツお嬢様の成長は息子の成長具合とほぼ同じという事です。お嬢様が寝返りを打てば、息子もそろそろ寝返りを打てているだろう…
お嬢様の腰が座るようになれば、息子も…
お嬢様がハイハイして目が離せなくなると、息子も、いや男の子だから、もっとやんちゃであちらこちらにぶつかって、大泣きしているかもしれない…
そしてお嬢様がローテーブルの上に置かれていた、私が作って差し上げたウサギのぬいぐるみに触ろうとしてつかまり立ちをした時の感動は、もう言葉には言い表せませんでした。
それはお嬢様の成長を喜ぶと共に、奥様に対する微かな優越感があったのかも知れません。
まあ、貴族のご夫人方は子育ては使用人の仕事だと割り切っていらっしゃる方が多いので、別段悔しいとも思われなかったでしょうが。
私は幼い頃からずっと、どちらかといえば冷めた女だと思っていたので、こんなに自分が母性本能が強く、嫉妬深い女だとは思ってもいませんでした。自分でも驚きました。
そしてそれだけでなく、メリッツお嬢様をお世話させて頂いたおかげで、私は息子やお嬢様だけでなく、どのお子様もかわいいと思えるようになっていきました。
とは言え例外もあります。
それは、王家の第一王子のウォルス殿下と第二王子のサミュエル殿下です。
このお二人ときたら、女の子は泣かすわ、小さな子には暴力は振るうわ、使用人には横柄だわで、とんでもない悪童でした。
王家では時々、殿下達と同じくらいのお子様の家を招待してガーデンパーティーを開いていました。私もメリッツ様付きの侍女としてお供をしていました。
メリッツ様はお供をする私をいつも不思議そうな顔をして見ていましたが、八歳の頃とうとう私にこうお尋ねになりました。
「ねぇリラさん。どうしてお城へ行く時だけお化粧を変えるの? いつもとまるで違うわ。別の人みたい。どうして?」
メリッツお嬢様は大変賢いお子様ですから、下手な嘘をつくのは得策ではありませんので、そこは正直に答えました。もちろん、幾分かは嘘というか誤魔化しは入れましたが。
「お嬢様、実は私は以前は王宮に勤めておりました。ところがそこで酷い苛めを受けたのです。ですからその苛めた人物と顔を合わせたくないのです。この化粧をしていれば多分気付かれないと思うのです。事実、今まで一度もばれていないので」
「苛め? なんて酷い。そんな酷い事をした人がまだこの王宮にいるの?」
お嬢様はとても驚かれました。マンスフィールド伯爵家は旦那様も奥様も真面目で忠誠心が強く、文官なのにまるで騎士のような質実剛健な気風の家でした。
ですから苛めとかそんな陰湿なものを感じることなく育ってこられたので、最初は信じられなかったようです。
しかし、貴族社会は魑魅魍魎が跋扈する社会ですから、子供の頃から現実の厳しさを知っておかないと、後で痛い目にあいます。もちろんかすり傷程度なら構いませんが、傷跡が残ったら大変です。ですから私は少しずつ王宮や貴族社会の現実や闇の話を小出しにしていきました。
賢いお嬢様はそれをすんなりと受け入れて理解し、冷静に物事を見るようになっていきました。つまり大人の言葉の裏側を察するようになったのです。
ですからお嬢様は、王宮のパーティーへ出かけると、目立たぬようにしておりました。
そして決してあの二人の王子達の側には近づきませんでした。まあ目端の利く家だったら、我が子をあんな王子達と親しくさせようとは思わなかったでしょう。
相変わらず正妃様と第二側妃様は愚かですね。我が子の愛し方を間違っています。
汚い手で子を儲けたくらいですから、結局お子様のことも自分の立場を守るための道具くらいにしか考えていないのでしょう。もし本当に国の為を考えるなら、もっと王子達を厳しく教育したでしょうからね。
恐らく王位継承者は、第一側妃様がお産みになった第一王女のメラニア様でしょうね。もしくは王女様の同母弟である第三王子のシャルドナン殿下でしょう。あのお二人はお母様がしっかり教育し、愛情を注がれていますから、優秀で気高いお子様達です。
そして賢く優しいメリッツお嬢様は、自然の流れでメラニア王女殿下や弟君のシャルドナン王子殿下、そしてアンダーソン公爵家の次男のリオシーズ様と仲良くなられました。
いつしかメリッツお嬢様とリオシーズ様は、いずれはこのお二人の殿下方の側近になるだろう、と巷で噂されるようになりました。
この四人のお子様達は決して派手な振る舞いはなさってはいませんでしたが、見目麗しい上に行儀作法をきちんと身につけられていて、幼いというのにとても上品でした。
しかも皆様とても優秀で勉強好きでした。そして何よりも素晴らしかったのは、人を思いやれる優しくて美しい心をお持ちだった事です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メリッツお嬢様とリオシーズ様のご両親、マンスフィールド伯爵家とアンダーソン公爵様は、学園時代からのご友人で、トップの成績を争われた好敵手だったそうです。
現在の国王陛下ともっと年の差が少なかったら、アンダーソン公爵様が王太子になられていたのではないかとの専らの噂です。
公爵様は才徳兼備と褒め称えられていますが、それだけではなく、神算鬼謀の才を持っておられますから。
この国では王太子になるための条件というのが、男女差や年の差、母君の位ではなく、学園在席中の成績のポイント合計で決まります。
しかし、一番年長候補者の最終学年の時の一年間のポイントが対象となるので、どうしても年長者の方が有利となります。
公爵様は非常に優秀だったとは言え、国王陛下もそれなりに優秀だったので、さすがに二歳の年上の兄君には敵わなかったようです。
ちなみに旦那様が伯爵でありながら宰相の地位まで上り詰める事が出来た理由の一つは、学園の成績ポイントがとても高かったためです。そのために役所に入った時点で、周りからの信頼度が高かったのだそうです。
かく言う私も、たかだか男爵家の娘でありながら宮廷勤めになれたのは学園の成績ポイントが高かったためです。
まあこれが良かったのか悪かったのか、それは何とも言えませんが、今日の幸せな日を思えば良かったのでしょう。きっと。
あっ、話が逸れましたが、旦那様とアンダーソン公爵様は友人同士でしたので、その関係で私も公爵様経由でこちらのお屋敷で雇って頂けたわけです。
しかしいくら親友からの頼みと言えど、私が未婚のまま子供を産んだということになれば、そんなふしだらな女を大切なお嬢様の乳母にして下さるわけがございません。
そこで公爵様は私が公爵様の奥様の遠縁の方と結婚した後で離縁した、という偽りの履歴を作って下さったのです。
ですから、一年前のあの日、旦那様と奥様の驚愕したお顔を見た時は、本当に申し訳なく思いました。
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そして、旦那様同士が親友ということもあって、奥様同士も仲良くなさっていたので、両家はずっとご家族ぐるみのお付き合いをなさっています。
マンスフィールド伯爵家にはメリッツお嬢様の上にお兄様がお二人と、弟君がいらっしゃいます。そしてアンダーソン公爵家にはお嬢様お一人とおぼっちゃまがお二人です。
お子様達は皆とても仲が良くて、まるで本当の兄弟か従兄弟かと思えるほどでした。
公爵様のお子様達がいらっしゃった時は私がお世話をさせて頂き、反対にお呼ばれした際には、私が責任者として一緒に同行致しました。
公爵様のご配慮に私は心から感謝致しました。私は我が子の成長していく姿を、すぐ側で見つめる事ができたのです。そして、我が子の趣味や好きな音楽や作家、食べ物の好みも知る事が出来たのですから。
そしてまだ幼い我が子が、大好きな女の子にプロポーズする現場に立ち会った時は、まるで夢を見ているようで、本当に幸せでした。
しかし、そんな幸せもあの女にまたもやぶち壊されました。何度私のささやかな幸せを邪魔すれば気が済むのでしょう。
いいえ、私の幸せなどはどうでもいいのです。私の大切なお二人の幸せをふみにじり、彼らを蟻地獄へと突き落としたのです。私は腸が煮え繰り返る思いでした。
旦那様ご夫妻だけではなくてメリッツお嬢様まで王宮に呼ばれたと聞いた時、私はそれが何の為なのかをすぐに察しました。私は以前は王宮の侍女でしたから。
きっとメリッツお嬢様は、第一王子の婚約者に内定されたのでしょう。
呼ばれる数日前に、学園入学前の予備試験があったのですが、恐らくお嬢様の試験結果がずば抜けて良かったので、正妃様に目をつけられてしまったに違いありません。きっと彼女の息子は目も当てられないような点数だったのでしょう。
尽善尽美として評判だったメリッツお嬢様は、既に第一王女様の側近に内定したので、私も少し油断をしていました。
しかし、きっと正妃様はご自分の実家である侯爵家の力を使って横槍を入れたに違いありません。それにしても何故ご自分の力で息子の教育をしようと思わないのでしょう。王家の力を使えば、いくらでも再教育が出来るでしょうに。
いえ、既にもう無理だと教師から匙を投げられていたのかもしれません。しかしもしそうであったのならば、余計にそんな人物に、メリッツお嬢様を添わせるわけにはいきません、
尽くし甲斐のない人間にいくら尽くしてもそれは無駄というものです。私は嫌というほどそれを知っていました。
私は御恩のある伯爵ご夫妻に背く事になろうと、お嬢様の幸せだけを願ってこうお嬢様に言いました。
「尽くす価値のない者にいくら尽くしても、それは無駄なことです。相手が価値のない相手だとお嬢様が判断なさったら、絶対に拒否なさって下さい。そうしないとお嬢様は一生不幸になりますよ」
「何を言ってるの?」
「今日はお嬢様の一生が決まってしまう大事な日かもしれません。
ですから、相手がたとえ誰だったとしても、まずご自分の幸せを一番に考えてお返事して下さいね。
例え親不孝者と言われようと、最終的にお嬢様が幸せになる事が、ご両親様への恩返しになるのですからね」
お嬢様は怯えた顔をなさいました。それはそうでしょう。私が何を言っているのか、いくら賢いお嬢様だとしても理解出来るはずがありませんから。ただ私は、お嬢様が幸せになる道をご自身で選択して欲しかったのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は領地を持たない男爵家の一人娘でした。そして父はとある侯爵家の執事として勤めていました。
その侯爵は非常に評判の悪い領主でした。領地経営に失敗したために税を重くしたり、無理矢理領民を使用人にしたり、女性を暴行したり。
私が早くから学園の寄宿舎に入れられたのも、侯爵の目から逃がすためだったのかも知れませんね。
そして私が学園で最終学年を迎えた時に、突然父が亡くなりました。主である侯爵様が暴漢に襲われた時、彼を守って刺されたのです。
父は主人を身を呈して守って殉職したわけですから、貴族社会ではその忠誠心を褒め称えられました。しかし、領民からは反対に白い目で睨まれ、父の葬儀はとても寂しいものでした。
領主の命を狙った暴漢は、領主の余りの暴君振りに苦しむ領民の為に、我が身を犠牲にして事に及んだのです。しかし父のせいでその目的を達する事は出来ず、無念な思いで殺人犯として逮捕されて処刑されたのです。
母親を子供の頃に亡くしていた私は、兄弟もなく一人きりになりました。親戚も、領民からの目を気にして私に関わろうとはしませんでした。そして、父に命を助けられた侯爵でさえ、使用人が主を守るのは当たり前だといって、何もしてくれませんでした。
いえ、それどころか、使用人として雇ってやると厭らしい目で私を舐めるよう見たので、私は慌てて王都の学園に戻りました。
学園に相談すると、職員の方から同情され、私の成績が考慮されて奨学金を受けられる事になりました。そして最後の年はトップで修了し、トータルポイントもかなり上位だったため、王宮の侍女に採用されたのです。
私はこの頃にはすっかり感情のない冷めた人間になっていました。愛する父親を殺されたのだから当然だと、周りの人達はそう思ったようですが、私は犯人の事を恨んではいませんでした。もちろん侯爵の事は憎んでいましたが。
それよりも尽くす価値のない者に尽くした父親を哀れに思ったのです。尽くす価値のない相手でも忠誠心を持たなければならない、そんな社会に辟易していたのです。
そんな無表情で無感動、誰にも媚びも売らず、ただ黙々仕事をこなす私は、次第に周りから信頼されていきました。女の色気もない私は男に興味がないから心配がないと見なされて、国王陛下のお付きの侍女となりました。
陛下は国王としてとても優秀で、内政も外政も上手くこなし、現状に満足する事なく、次々と新しい政策を打ち出していました。
そんな陛下の悩みは公の事ではなく、私的な事でした。陛下と政略結婚で結ばれた正妃様には長い事お子様がお出来になりませんでした。そこで、側室を持つように重臣達から責められていたからです。
陛下は生真面目で、複数の女性を等しく愛する自信がなかったのです。
余計な事を話さない私に、陛下は次第に心を許すようになり、側近や友人にも言えない悩みを色々と語るようになりました。私はそんな陛下の話をただ頷きながらお聞きして、陛下の気分に合わせてお茶やお酒を選び、絵画や置物、花瓶の花、バックミュージックを選択しました。
そしていつしか陛下との間に淡い恋愛感情に似たものが生まれました。しかし、私達は自分の置かれている立場をちゃんと弁えていましたから、それを言葉や態度に表す事はありませんでした。
やがて陛下は次代を繋ぐ役目を果たすため、二人の側室を迎えられました。そしてようやく第一側妃様がご懐妊されたのです。もう宮廷、王城だけでなく、国中が歓喜しました。
ところが、これを喜ばない一派がありました。そうです。正妃様とそのご実家の侯爵家でした。
元々この侯爵家は権力志向が強く、娘を正妃にして、生まれた子の外戚として権力を濫用しようとするのが見え見えだったので、陛下は正妃の事を避け気味でした。その上ご実家だけでなく、正妃様自身も気位がとても高くて人を見下すような方であり、周りの人々からも嫌悪されるような方だったので尚更でした。
この事に焦った正妃様一派は、何と他国から秘薬を取り寄せて、陛下に一服盛ったのです。
その秘薬は無味無臭で、本人に気付かれずに服用させたのです。日頃の飲食に関しては私が厳しく管理していましたが、陛下ご夫妻の寝室の管理までは出来ませんでした。
第一側妃様がご懐妊された三か月後、正妃様の懐妊が判明しました。ところが、なんとその後すぐに第二側妃様まで…
宮廷だけでなく、城中呆気に取られました。後でわかった事ですが、第二側妃様も正妃様と似たり寄ったりの性格だったので、同じような手を使ったようです。
陛下はこの事に大変ショックを受けたご様子で、お妃様達を遠ざけるようになりました。私はなんと慰めていいのかわかりませんでした。
そんなある日、陛下は自棄酒を飲み、酩酊して私に襲いかかったのです。
私の異変に唯一気付かれたのは、陛下の弟君のアンダーソン公爵様でした。私の鉄仮面のようなポーカーフェイスも、さすがにどこか崩れていたのでしょうか? それとも公爵様は心眼をお持ちなのでしょうか。
私はアンダーソン公爵様の指示通りに宮廷を辞め、公爵夫人の親戚筋のとある子爵家のお世話になる事になりました。何故私が公爵様の言う事をきいたのかと言うと、王城には影と呼ばれる暗部組織があって、誰にもわからないように城内を監視しているのです。陛下の子を身ごもったとわかったら、私と子供の命も危険に晒されます。王家の血が利用されれば国家を揺るがす事になりかねないのですから。
陛下は突然私がいなくなった事で、私に裏切られたとたいそう腹を立てていたようです。
ですから、その真実を知った時には相当打ちのめされたようです。知らなかった事とは言え、実の息子の想い人を無理矢理に奪い、別の息子へあてがおうとしていたのですから。そして真に想い合う二人を長い間苦しめ続けたのですから。
公爵様ご夫妻は、大切な三番目のお子様を亡くされてとてもお辛い思いをなさっていたにも関わらず、私の産んだ息子を実子として育てて下さいました。感謝しても感謝しきれません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
六年前のあの日、メリッツお嬢様は第一王子との婚約という王家からの打診をはっきりとお断りになりました。マンスフィールド伯爵様ご夫妻は第一王子との縁談を快く思ってはいませんでしたが、王家に対する忠誠心が強かったので、その申し出を受けようとなさっていました。そんな中でたった一人で毅然と王家と渡りあったお嬢様はご立派です。そして健気で過ぎていじらしくて、胸が張り裂けそうでした。
その後もお嬢様は第一王子とは仮の婚約者だという事を愛する人に伝える事も出来ず、ただひたすら孤独に耐え、毎日毎日勉強や王子の世話、お妃教育に励んでいました。私はただそれを側で見守る事しか出来ませんでした。
しかし、王家がお嬢様との約束を反故にして、無理矢理第一王子との婚約を強要するのならば、私はこの命をかけてもそれを阻止してやろうと思っていました。
まぁ、さすがに陛下も第一王子と第二王子は後継者には相応しくないと大分前から思ってはいたようです。そして第一王女を後継者にして、甥のリオシーズ様を王配にと考えていたようなのです。
ところが二年ほど前に弟のアンダーソン公爵様にその事をご相談なさって、その時ようやく真実を知ったというわけです。まあ公爵様もまさか姉と弟を結婚させるわけにはいかなかったので、打ち明けないわけにはいかなくなったのです。
陛下はリオシーズ様が息子だと知って驚いたと同時に、ようやくモヤモヤが消えて納得したのだそうです。何故実の息子達よりも甥を愛しいと感じているのか、ずっと不思議だったのだそうです。
陛下はご自分のお子様全員を愛していました。しかし、第一側妃様がお産みになった四人のお子様はともかく、秘薬の力で無理矢理関係を持たされて出来た、第一王子と第二王子への思いはどうしても複雑だったようです。
そして何故か一番愛しいと思っていた甥が、唯一自分が愛していた(自分で言うのは恥ずかしいのですが)女性との子だと知った時には、申し訳なく思うと同時に嬉しくてたまらなかったと、手紙に書いてありました。
その後陛下から、王太子認定争奪戦にリオシーズ様も秘密裏にエントリーしておくとのお手紙を頂きました。リオシーズ様は公子なので元々王位継承権を有しているからと。そして将来王となるべき資質を備えているからだと。
しかし、たとえリオシーズ様が王太子になったとしても、彼の身の安全の為に、二人の子であるという真実は公には出来ない。甥として後継者に認定する。許して欲しい、と綴られてありました。
もちろん当然の事です。私にとって何よりも大切なのは息子の命なのですから。
そしてその手紙を読み終えた私は、尽くす価値のある相手に巡り会えていた事実に、改めて感謝をしたのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
去年のダンス競技会の終了後、第一王子と第二王子は衆人環視の中で、六年間ずっと助けて支えてくれていた婚約者、メリッツお嬢様と、辺境伯のご令嬢のカサブランカ様との婚約を破棄しました。しかも新しい恋人を未来の王妃として紹介するという暴挙に出ました。
そしてこの事が二人の王子の廃嫡の決定的な原因となりました。この事は公然の場で行われたので、正妃一派も第二側妃側も誤魔化す事が出来ませんでした。
陛下はこの事により、国の弊害になりつつあった一派を一掃する事が出来たようです。
結局、王太子の継承者は、元々才徳兼備と評判であり、総合ポイントが最高点だったリオシーズ様に決定しました。
第一王女のメラニア様は隣国に両思いの方がいらしたので、最初からこの王位継承の争いには加わってはいませんでした。年の離れた弟君のシャルドナン殿下も。そのために異論の声は一切出なかったそうです。
こうしてメリッツお嬢様とカサブランカ様は晴れて自由の身となり、本来の婚約者となるべきだった方々と、新たな婚約を結ぶ事ができました。
お二人は本当に頑張られました。お辛かったでしょうが、お嬢様達の御努力が無駄になる事はないでしょう。特にメリッツお嬢様は王太子妃様になるのですから。
そして今日メリッツお嬢様は、二か月前に王太子に成られたリオシーズ様と結婚式を挙げられるのです。
式に参加して欲しいとお二人には言って頂きました。そして結婚後は王宮の王太子夫妻付き侍女として一緒に来て欲しいとまで。さすがの鉄仮面の私も泣いてしまいました。
でも、お断りを致しました。王宮にはまだ私の事を覚えている方々もいらっしゃるでしょう。たまのパーティーならともかく、毎日王宮で暮せば私の身元が判明し、リオシーズ様の真実まで明るみに出てしまう恐れがあります。そんな危険な真似は出来ません。そして、お二人の親御様は、公爵ご夫妻と伯爵ご夫妻です。
私は、大切な大切なお二人がお幸せなられればそれだけで良いのです。お二人の幸せが私の幸せなのです。
そして出来る事ならば、いつかお二人のお子様を一度でいいのでこの胸に抱かせて頂ければ、もう他に何も望むものはないのです。
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ああ、今日はとても良い天気です。お日様の輝く光で世界が明るく照らされています。そして春の暖かくて優しい風が、人々の気分を和ませてくれています。
今日は私にとって、人生最良最高の日です。
読んで下さってありがとうございます。