幻の筋肉増強食材
一つだけ書くとは言ってない(ぇ
茂木さんイラストありがとうございました!!
極東の島国『シェンラン』の片隅に存在する大森林。
海を越えた先に存在する大陸にある、大国のそれ以上に自然豊かで、多種多様な生物が存在するとされるその森の獣道を、二人の男が歩いていた。
一人はガリガリの体……まるでここ数日飲まず食わずであったかのような容姿をした長身の男。もう一人は、その男とは反対に小太りで小柄な男だ。
ギャーギャーと、不気味な鳴き声が時折、森の中でこだまして、ガサガサと茂みで何かが忙しなく動き回る音がする。それは彼らも知る生物か。もしや、まだ誰も知らない……危険な生物か。
しかし、普通であれば危険性を考え、思わず足を止めたりするであろうそのような場面でも……彼らは簡単な荷物を詰めた鞄を背負い、まるで何かに取り憑かれたかのように、しばらく黙々と進み続ける。だが、先に長身の男の方がバテたのか、彼が急に座り込んだのを機に……小太りな男の方も立ち止まった。
「おい、本当に……この森に、あるんだろうな?」
座った長身の男は、なんとか息を整えつつ……連れの小太りの男に問いかける。
「鍛えても鍛えても……筋肉が、つかない体質の俺でも……筋肉が、つく、ようになる……幻の食材、は……?」
「はい、もちろん。と言っても私は、それを見つけた事はないのですが……どんなモノであるかは知っています」
まだ息を整えている途中だというのに、無理やり話し始める雇い主へと、小太りの男は……反対にまったく息切れを起こしていないのか、丁寧な言葉を返す。
「ご安心ください。その食材は、必ずや坊ちゃまのためにも見せてさしあげます」
「ふ、頼んだぞ……なにせその食材を知るお前を見つけ出すために……表裏両方の世界を、金に糸目もつけずに探し回ったのだ。相応の働きをせねば許さんぞッ」
「ハハッ」
年収約十年分の金を使い、なんとか見つけ出した小太りの男――裏社会ではそこそこ有名な料理人が、圧力をかけた己へと臣下の礼をとるのを見て、長身の男は、安心したのか少しだけ表情を和らげ……これまでの事を、ふと思い返した。
※
長身の男は、いわゆる貴族であった。
と言っても次男坊。さらには家族にとって彼は、長男に何かあった場合のスペアでしかなく、そしてその長男も優秀であるために……今のところ長身の男は、他家との繋がりを得るための道具程度の価値しかない存在…………と見られていた。
長身の男は、当然であるが……その環境をよしとしなかった。
家族にとっての自分の存在価値についてを自覚して以降、彼は、自分をスペアか道具としか思っていない家族を見返し、あわよくば家を乗っ取ってやろうと、勉強も運動も、全力で努力した。思いきって起業もした。年収は、現時点での世界一の金持ちのそれには及ばないが、そこそこの業績を残した。
しかし……それでも家族は。
さらには、ナンパしたそこいらの女でさえも。
彼の偉業を認め、それなりに評価する事はなかった。
全ては。
いくら食べても。
いくらジムで鍛えても。
まったく筋肉がつかない、その肉体のせいでッッッッ。
※
そんなある日、長身の男は裏社会である噂を耳にした。
先ほど彼が言った通り、筋肉がつかない体質の者でも筋肉がつくようになる……特殊な食材の噂。
そしてその食材を知っている、現在お供をしている小太りの料理人の噂を。
それからの彼は、それらに関する情報を探し回り。そして今、なんとか見つけた小太りの料理人と共に、さらに仕入れた噂によれば、この森にあるというその食材を探しているというワケである。
※
(…………クソがぁ)
今までの事を思い返した長身の男の中から、激しい怒りが湧いてくる。
(確かに俺は、兄貴と比べると、体は細ぇよ……頭も良くねぇよ……でも、だからってよぉ……それなりに頑張ってるのになんで認めてくれねぇんだよあのクソ両親にクソアマがぁッッッッ)
『はぁ。なんでアイツは兄と違ってあんなにひ弱な肉体なんだ。あれじゃあ夜会に出せんぞ恥ずかしい』
『まぁ所詮はスペア。でも兄の方は優秀だから、弟の方が代わりに次期当主にならなくちゃいけないような事態にはならないでしょ』
小さい頃。
両親がしていた会話が脳裏を過る。
『アタシぃ、ガリガリくんよりもマッチョなオトコが好みなの。さようなら』
なんとか家に呼んだ女の台詞が脳裏を過る。
すると、男の怒りは再び限界を超えた。
そして超えたせいか、再び歩き出せるほどには疲れが吹っ飛んだ。
「行くぞ、案内しろッ」
「ハハッ」
怒りでギラつく眼差しを。荒らげた声を。長身の男は小太りの料理人に向け……そのまま大股で歩き出す。しかし小太りの男は、雇い主を怖がる事なく、再び臣下の礼をとると……素直に雇い主の前に立ち、先導した。
※
それから彼らは、森の中を歩き続けた。
時に川を越え、岸壁を登ったりもした。
しかし、小太りの料理人が言うには、その食材――直径十五センチメートル前後で、赤黒い見た目をしたそれは、今のところどこにもないという。
しかし長身の男は諦めなかった。
己をバカにした者全てを見返すために……その執念が彼を、極限状態の彼を再び立ち上がらせるッッッッ。
※
「おお、ついにできましたよ!!」
謎の食材の探索を再開してから、約三時間後。
小太りの料理人が、雇い主へと嬉々として……おかしな事を言った。
「ッッッッ!?!?!? あ、あったのかッッッッ!? ようやく食材を見つけたのかッッッッ!!!!」
しかし、その言葉……いや、今までの彼の言葉のおかしさに。
極限状態を超越し、ハイな状態になっている長身の男は気づかない。
彼は今にも小躍りしそうな表情で。ただただ虚ろな目で。小太りの料理人を見つめるだけだ。
「ええ、あなたの胸元に……今やっとできました」
そして、だからこそ。
長身の男は遅れて気づく。
「…………………………ぇ……?」
己の心臓が、抉り取られた事に。
「いやぁ、まさか私の一族が…………人体を食材とする特殊な料理専門の料理人の一族が仕組んだ噂に、未だに引っかかる方がおられるとはねぇ」
ドシャリ、と目の前で……雇い主であった男が、おびただしい量の血を流しつつただの肉塊になるのを見届け、小太りの料理人は言った。
「確かに、食べただけで筋肉がつく食材は存在します。しかしそれは自然界に存在するモノではありません。その自然界を、筋肉のつかない者が筋肉を得ようと踏破せんとして成っていく、強靭な心が宿った心の臓……それが、この食材の正体なのです。そしてこの食材、裏社会ではえらく人気で……もう、聞こえていませんね」
そして、小太りの特殊な料理人は。
雇い主であった男の心臓だけを手にして……その場を、後にした。