魔法のレース
昔々、ある国に隣国へのお輿入れが決まった姫様がおりました。
将来後継にする王子に娶せたいと申し入れられたのです。
姫は、周囲の国々に知れ渡るほど美しく聡明ではありましたが、大変臆病でしたので、王はこの結婚が心配でした。
何事にも大きく怯え、疑い、部屋に閉じこもりがちの姫が、一国の王妃として立派にやっていけるのでしょうか?
案じた王は、東の深い森の偉大な力を持つという魔法使いの力を借りることにしました。
姫の行く末が幸せなものになるように、祝福のまじないをかけてもらうためです。
大臣たちは魔法など得体も知れぬ恐ろしいものに思い反対しましたが、王が自らお会いになって信頼しうる人柄だと判断して王宮に招きました。
さて、婚礼が決まったからには準備は進めなくてはなりません。
姫様の婚礼衣装は国の伝統に従い、細い絹糸で編んだレースで飾ります。
国中から職人たちが技を競った品々が献上され、繊細で優美なレースが山ほど積まれました。
これならば装束は美しく仕上がるでしょう。
けれど、臆病な姫の顔色はすぐれません。
「何かご心配なことがおありですか?」
婚礼の準備の部屋で、姫に声をかけてきたのは黒い長上着の恐ろしげな顔の老人でした。
臆病な姫は逃げ出しそうになりました。けれど、よほど思い余るものがあったのでしょう、
「ここに用意された婚礼衣装のレースが、わたしを絡め取り、食べてしまうクモの巣のように見えるのです」
と精一杯、押し出すようにおっしゃいました。
姫様は婚礼に不安を抱いていたのです。
無理もありません。
隣国の王子は12人もいて、後継が誰になるのか未だ決まっていないからです。一番上の王子は20も歳上であるし、12人もいる中には獰猛王子、氷雪王子とあだ名される方もいらっしゃいます。
「姫様、それではわたしが特別なレースを献上しましょう。絹糸で作られたものではなく、本物の蜘蛛が編んだレースです。本物の蜘蛛の巣だから恐ろしいとお思いにならないでください。
わたしの蜘蛛は特別な魔法の文様を編みます。
魔法のレースは姫様に幸運を捕まえるでしょう。何もご心配なさいませんよう」
そういって魔法使いが差し出した手のひらには、豆粒ほどの大きさの白い蜘蛛が一匹おりました。
蜘蛛など恐ろしいと思っていた姫様でしたが、その蜘蛛は少しも怖いとは思いませんでした。小さい体を傾けて姫様に礼を尽くす仕草がとても愛らしかったからです。
それから半年間、婚礼衣装のための部屋は、魔法のレース紡ぎの部屋になりました。
姫様は日々部屋を訪れて、小さな白い蜘蛛たちの糸を紡ぐのをご覧になりました。今まで見たどんなものよりも繊細で優美なレースが生み出される様は、可愛らしくも素晴らしい光景でありました。
さて、いよいよ婚礼の日。
隣国から姫様を迎えに来たのは、12王子の中でも一番年若くも凛々しい王子でした。
美しいレースを身にまとった姫様は曇りのない笑顔で王子を迎えましたので、王子は一目で恋に落ちました。
二人は互いに運命の相手と思い、とても幸せそうです。
一番年若い王子が姫の相手なので、王は少し不安に思いましたが、傍では魔法使いが満足げにうなづいております。
「臆病な姫に一番年若い王子。それでも大丈夫であろうか?」
王の問いに、
「魔法のレースが引き寄せた幸運の王子です。相手に間違いはございません。
いかにお若くとも、これから力を発揮なさるでしょう。
姫様が臆病で何事にもためらい、疑うお方であればその運も使いこなせません。
けれど、姫様はわたくしの蜘蛛たちを恐れず、幸運のレースを信じてくださいました。
もう臆病で閉じこもるだけの姫ではありません。
今の様子を拝見しても魔法の力は最大限に働いていております」
「なるほど」王様はようやく顔をほころばせました。
「貴殿を東の森からお招きしてよかった」
魔法使いは険しい顔を少しだけ崩して言いました。
「王が人の言葉ではなくご自身の判断で、わたしを信じ大切な姫君をお任せくださいました。
姫様も同様に。
わたしはそれにお応えしただけでございます」
<了>
数日前には今日から涼しくなるという予報だったのに……残念ながら今日も暑いです。
ここまで読んでくださったあなたは夏バテなどされてませんか?
さて、今回はおとぎ話風。
いかがでしたでしょうか。
よく見かけるクモの巣は粘着性のあるもの、耐久性のあるもの、など4種類ぐらいを使い分けて作られているそうです。また投網風の糸を紡ぐもの、ぶら下げて罠状にしたもの、格子状のネット状態にして獲物を待ち受けるもの、とタイプもいろいろあるようです。
魔法の白いクモは美しい幸運のレースを紡ぐ。そんなこともあるかも、なんて考えるのも楽しいです。