6 殺したくないから
流が現実を受け止めきれない間も、容赦なく処刑は続けられる。
キティは四肢を掴まれ、磔にされ、宙吊りになった。大型アンドロイドが肩口に刺さったままの刀の柄を握り、無造作に下へ。
「――――――ァアアッ!!」
聞くに堪えない絶叫が迸る。
「何で……? え? 何を……っ、―――何をやってんだよ、おいっ!」
思わず叫んだ流の怒声を掻き消すほどに、キティの悲鳴は続き、そして右腕が胴体から切り離された。
「アア……ッ! うう……、ナガレ……っ」
耐え難い痛みに呻き声を漏らしながら、キティは流を見、助けを請うように涙を流した。
「……っ! くそ、放せ! おい、何でだよ!」
「―――ッゥアア……!」
何もできない流の目の前で、キティの左の大腿部に刃が突き刺さる。引き裂かれる傷口から夥しい鮮血が噴出し、血の雨を降らせた。
古い刀で力任せに引き裂けるのは、せいぜい皮膚と筋繊維だけだ。太い骨はどうにもならない。
キティの左足を持っていたアンドロイドも協力し、あらぬ方向に足を捻じって骨をへし折り、無理やりに引き千切った。
子供が玩具を奪い合うかのように、アンドロイドたちはキティをバラバラにしていく。
「ヒ―――、ギュッ、ェウウ……アアッ!」
もはや悲鳴は掠れ、キティの口から瀕死の獣が発するような喘鳴ばかりが吐き出される。
散々いじめ抜いた後、アンドロイドはキティを解放した。憔悴し切ったキティを床へと放り投げ、最後にその顔面目掛けて、大型アンドロイドが巨拳を振り上げる。
「やめ―――っ」
聞く者の背筋を震え上がらせる、ぐしゃり、という音。
キティの頭部は床とともに叩き割られ、四方に飛び散った脳漿が空に飛沫き、鮮血を撒き散らす。残った手足が反り返るほどピンと伸ばされ、糸が切れたように床に落ち、そして動かなくなった。
大型アンドロイドは、その大きな手のひらでキティの死体を鷲掴みにする。
「――――――――――――ッ!!」
死体をも弄ぶ悪魔の所業に、我を忘れて暴れ狂うハディの慟哭は、もはや言葉を成していなかったように思う。
キティの死体は、不良廃棄物のための粉砕機の中へと捨てられた。規格外の異物を放り込まれ、ガタガタと不穏な音を響かせた粉砕機は瞬く間に血に塗れ、臓物と思しき肉片を飛び散らせた。
ハディも同じ末期を辿った。
「――――――ッ! ―――……ッ! ……!」
身体を縛るワイヤーで引っ張られ、為す術なく粉砕機の中へ引きずり込まれていく。生きながら幾重にも重なる回転刃で細切れにされていく。
身の毛もよだつ断末魔を最後に、工場は静けさを取り戻した。
「……。何で、こんな……っ」
一部始終を目の当たりにした流には、こうなった理由が全く分からなかった。
いつの間にか拘束は解かれ、身体が自由になっている。しかし、とても立ち上がれそうにない。胸中で渦巻くありとあらゆるものすべてを吐き出して、もう楽になりたかった。
「あの男は、我々の仲間を破壊した」
淡々とした声が、頭上から降ってくる。
「手足を引き千切り、頭を潰し、粉々になるまで壁に叩き付け、破壊した。その代償を正しい形で払わせたのだ。他の三人の仲間も同じように、あの男の目の前で処刑した。最後にあの男を殺すことで、復讐は成し遂げられた。我々は、亡き同胞の仇を討ったのだ」
「……それが、できるなら……何で……」
喉は肉壁が張り付くほどに渇き切っていた。血を滲ませる想いで、叫ぶ。
「それができるなら、何で俺を殺さない! どうしてっ、何でだよっ!」
身体を振り上げた勢いのまま、アンドロイドに掴みかかり、思い切り押し倒す。そのまま馬乗りになって、頭部を何度も床に叩き付けた。薄い金属の外装がひしゃげて潰れ、原型を留めなくなるまで、何度も何度も。
別のアンドロイドが流を羽交い絞めにし、引き剥がす。しかしそれだけだ。流の頭を潰そうとはしなかった。
「何でだ!」
拳を振り回した勢いに負け、膝から崩れ落ちる。隣に居たアンドロイドが迅速に動いて流を支え、怪我をしないようゆっくりと地面に降ろした。周りにいる他のアンドロイドは特別な動きを見せない。決して流を傷つけようとはしない。
流は、砕かんばかりに奥歯を噛みしめた。これまで積み重ねてきた鬱屈のすべてを、そのひと言に乗せる。
「―――俺をっ、無視するんじゃねえっ!」
響くは、工場中を揺るがすほどの大音声。
流は、ずっと不満だった。
アンドロイドは流をまるで腫物のように扱う。敬うような態度を取り繕いながら、その実流の意志などないかのように否定してくる。これだけの騒動を巻き起こし、危機感を植え付け、死人を出してなお扱いは変わらない。もう我慢の限界だ。
「何でだ? どうして俺を殺さない! 俺はお前らを壊しただろ!」
淡々とした声で、アンドロイドが答える。
「人間を殺すことはできない、それはやってはいけないことだからだ」
「創造主たる人間様がそう命じたからか? 馬鹿が! そんなもんに固執していながら感情がどうだとか言ってんじゃねえ! 人間だったらもっと自由だ! 嬉しかったら喜び、悲しかったら泣いて、嫌なことには怒ればいい。殺したい奴は真っ先に殺せよ!」
流は、その場にいる数多のアンドロイドを激しく睨みつける。
「周りを見ろ! 俺一人にどれだけ壊された? 何体のアンドロイドが破壊されたんだ? 作り直せばそれでいいのかよ、ふざけんな! やられたらやり返せ! 体中に風穴開けて、頭もぎ取って叩き潰して、粉砕機で細切れにしてみろよ!」
「確かに我々は、人間が作った絶対的な命令があるから、あなたを殺さない。しかし命令がなくとも、我々はあなたを殺さないだろう」
「ああ?」
「たとえ誰かに、人間に、あなたを殺せと命じられても。我々はあなたを殺さない」
「だから何で!」
度重なる問いかけの果て。アンドロイドは正面から流を見据え、はっきりと告げた。
「殺したくないから」