5 できるはずがないこと
一目で分かる、圧倒的な脅威だった。纏う外装は見るからに分厚く堅牢で、床を踏みしめる足音は重く響く。あからさまなパワー型。厄介な襲撃者を排除するための、特殊機体に違いない。
「おいおい……、ようやく本命のご登場か?」
思わず半笑いが漏れる。その存在は仄めかされていたが、できればハッタリであって欲しかった。
アンドロイドに数で圧倒され、その上あんな大型タイプまで引っ張り出されては、いよいよ打つ手がなくなる。人型タイプと違って銃弾や剣戟が通用するかも分からない。
「……いや、別に戦って勝つ必要はないのか。連中の隠し玉まで引っ張り出せたと思えば、まあ」
流が鈍感に構えていられたのは、そこまでだった。
「ヴヴヴ……っ。ヴァアア……!」
苦しげな吼え声が工場内に響き渡る。大型アンドロイドがボロ雑巾のように引きずって持ってきたのは、ハディだった。ワイヤーのようなもので固く縛り上げられ、手足の自由を奪われている。
「アア……ッ」
ミノムシのような有様になってなお、猛々しく威嚇するハディ。
身を削って暴れ回る父親の姿を目にして、キティもまた悲痛に叫んだ。
「……やっぱり無理があったか」
この分では、残りの三人も駄目だろう。阿鼻叫喚が響く中、流は小さく苦渋を顕わにし、歯噛みした。
無論、『都市』の中で彼らに好き勝手されるわけにはいかなかったが、喚き叫ぶ彼らの慟哭を心苦しく思う程度に気を許していた部分があったのもまた事実。
お互い差し出した利を得て、それぞれの場所へ帰還するのがベスト。そんな風に思っていただけに、この結果は少し残念だ。
いずれにせよ、彼らを見捨てるつもりはない。拘束を解かせるために、まずコネクターを呼び出すべきか。
「――――――ッ! ――――――ッ!」
「……おいおい?」
考えを巡らせる流を邪魔する、ハディの怒声。さすがに大げさすぎやしないかと目を向ける。
と、ここで彼の様子が何かおかしいことに気がついた。
手足を拘束する鉄製のワイヤーを引き千切らんと、目を血走らせながら激しく抵抗している。縛り付けられている部分からは、少なくない量の血が滴り落ちていた。
「それじゃあ、やり過ぎだ。何をしてるんだよ!」
殺される心配はないと説明したはずなのに、ハディの形相は険しく鬼気迫るほどだ。一体何がそんなに彼の心を駆り立てるのか。
率直な疑問を抱いた流。その瞳に、予想だにしない光景が飛び込んできた。
アンドロイドの一体が、床に落ちていた何かを拾い上げた。流が持ち込んだ日本刀だ。先の衝撃で吹き飛ばされたのだろう。
アンドロイドは鈍く光る武器を片手に、押さえつけられているキティへと歩み寄り、何の警告もなくその肩口に鋭い刃を突き立てた。
「ァア―――――――――ッ!!」
「ヴヴァアッ!!」
甲高い悲鳴が上がり、次いで怒りの激声が重なった。
嵐の如く吹き荒れる叫喚を耳にして、
「……は?」
流は独り、呆けた吐息を漏らした。
今目の前で繰り広げられている光景が信じられなかった。
アンドロイドが、キティを刺した。
人間を、攻撃した。
彼らにできるはずがないことをやってのけたのだ。