4 大いなる野望
新人類の老人は、嬉々と声を弾ませ、憚ることなく流に訊ねてきた。
「あなたは人間ですね? 『都市』の中に住んでいますね?」
「そこまで分かっているのか……。そうだ、『都市』の中でずっと眠っていた。何百年間も」
神妙に頷き、流は質問を切り返す。
「で、あんたらは『都市』外の人間。……その子孫ってことでいいんだよな?」
「その通りです。我々もまた人類であり、そのルーツは紛れもなく、あなたと同じ時代を生きた人間ということになります」
真っ直ぐに差された指先を見つめ、流はごくりと喉を鳴らす。
新人類と呼ぶべき彼らの存在を疑っていたわけではなかった。むしろ、いない方がおかしいとさえ考えた。
何一つ根拠のない憶測に過ぎないが、そう簡単に地球上から知的生命体が居なくなることなどありはしない。人間がいなくとも、その先続く者たちが居るはずだ。
ただ、この状況は全くの予想外だ。まさかこうして顔を突き合わせ、言葉を交わすことができるだなんて……。
流は緊張で張り付く唇を舐めて、口を開く。
「ここは、何なんだ? どうしてあんたたちはこんなところに住んでる? 他に人は居ないのか。いるだろ、もっとたくさん。こう、町とか国とかあってさ!」
「あの。落ち着いてください」
「あ、ああ、悪い……。いっぺんに聞かれても分かんないよな。いやちょっと興奮してて。まさかさ、こう、子孫なんてものに出会えるとは思ってなかったもんだから……。あーいや。待て、落ち着いて話をしよう」
自らにそう言い聞かせ、流は浮きかけていた腰をどかっと落とす。
「まずは何だ? 自己紹介か? 俺は鈴白流だ。『都市』から来た。あんたは?」
「名前、ですか? あー、発音が……。んー、テディと呼んで下さい。生まれは遠く西の地より。若き日に国からの任命を受けて調査のための遠征隊に加わり、今はこの地下街の長を務めています」
「調査……? 遠征……?」
背景が読み取れない単語が出てきたが、ひとまず無視する。
「えっと、ここにはもう長いのか?」
「ええ。私は人生のほとんどをここで過ごしています。そこにいる男は私の息子です。ここで生まれ育ちました」
テディは、狩猟銃を持つ強面の男を指差した。
「彼の名はハディ。赤子だった彼は逞しく勇敢な男に育ち、結婚し、子を成し、私の後継として族長を立派に務め上げています。隣は孫娘のキティ。彼女こそ次の世代を担う若き力です」
「よろしく。あんたも」
それぞれに挨拶を済ませ、流は堪えきれずに本筋を切り出した。
「早速だけど言っていいか? 俺はそれが欲しいんだ」
「ふむ。銃、ですか?」
流が指差す先、ハディが背負う狩猟銃を確認して、テディは軽く首を傾げる。
流は、大きく頷きを返す。
「ああ。それだけじゃなくて、つまりは武器だ。アンドロイドを破壊できる武器が欲しい。あんたら、何かもっと強い武器は持っているか? 戦車とか」
「センシャ?」
「分からないのか? いや、実は俺も写真だけで実物を見たことないんだ。でかい砲塔を持った国を攻撃するための兵器だとか」
「ほお、そんな恐ろしいものが……。それがあれば確かに……。うむ」
テディは長いあご髭をひと撫でし、
「我々が所持する武器で一番使い勝手が良いのがやはり銃でしょう。他には槍、斧、弓、刀など。すべて狩りのための道具です」
「狩り? ってことは、周辺の動物なんかは……」
「ええ、日々の生きる糧としております。ここでは女が外で狩りを行い、男は洞窟を掘り進めるのがそれぞれの役割なのです」
流は「なるほどな」と呟きながら、キティとハディを交互に見た。彼らの身長差や肌の色合いは生活習慣に適応した結果と言える。
「そういう武器は全部自分たちで作っているのか?」
最初、ここの様子は随分原始時代的な穴倉生活に映ったが、この部屋を含め通路内は電気ランプで光源を確保している。壁際に沿って配線やパイプが這わされているところを見ると、一通りのインフラは揃っているのだ。
興味惹かれて質問を重ねれば、まさにその通り。新人類はかつての金属精錬技術を引き継いでおり、資源採掘場をそのまま活動拠点としているらしい。
「他にもこの辺りは古い鉄屑が大量に投棄される場所なので、それを拾ってきて溶かして再利用するわけです」
「古い鉄屑って……、まさか?」
「ええ、『都市』からです。時には、簡単な修理でそのまま使えるものまであり、大変重宝しております」
「なるほどな。でも、どうして外に……」
流は、顎に手を当てる。『都市』にはプラズマ焼却処理場があるため、産業廃棄物をわざわざ外に捨てているとは考えにくい。
煮詰まる中、ふとハディの持つ狩猟銃が目に入った。つい先日、ガラスケースの中に飾られたそのものを目にした気がする。
「そうか、歴史資料館で見たやつだ。本物だったのか、あれ……」
まさにその場所へ足を運んでおきながら、どうせレプリカだろうと気に留めなかった愚行が悔やまれる。あの時、もう一歩踏み込んでいれば、こんな余計な回り道をせずに済んだのに。
「あの展示物も定期的に新しいものと入れ替えているってことだな……。コネクターのやつ、武器なんて無いとか言いやがって。ちゃんと生産していたって事じゃねえか」
流は業を煮やしたが、すぐに思い直す。アンドロイドにとっては武器ではなく、あくまで展示品として認識しているのかも知れない。
いずれにせよ、今となってはどうでも良い。それよりも、他の調度品の類いが気になる。
新人類の技術レベルは、見た目より高い水準にあるらしい。しかし、金属精錬だけでは説明のつかないプラスチック製の品も数多く見かける。
それらの出所は『都市』に間違いないが、しかし疑問が残る。アンドロイドたちは、一体何のために『都市』の外へ廃棄物を捨てるのか。
「……ひょっとして『都市』中だけじゃあ、処理しきれないのか?」
『都市』の中にある物資は、耐久年数に応じて入れ替えを行う。その時発生する数多の廃棄物すべてを一度に処理できる施設など、『都市』には存在しないのだ。
アンドロイドたちは苦肉の策として、廃棄物を『都市』の外へ捨てているに違いない。
「そのための巨大なダストシュートが、この洞窟に繋がっているってことだな?」
流が推測を述べると、テディは大きく頷いた。
「その通りです。もっとも、洞窟を掘削中に偶然見つけただけですが」
「道理で物に溢れているわけだ」
流は周囲に溢れる調度品を検め、納得した。耐久年数を超えて一度捨てられた物を拾ってきたならば、ほぼすべての品が壊れかけているのも当然だ。
「なあ、あんたたちはどうして洞窟に住んでいるんだ? もっとこう人間らしい……じゃなくて、文化的な生活を望んでいるはずだろう?」
こうして物資が手に入るのだ。それこそ森の中に集落でも築いてくれていれば、すぐにでも文化の灯を見つけることができただろう。彼らにはそれだけの技術と資材があるはずだ。
「もちろんです。我々はより知的で高度な生活を望んでおります。かつて、科学の英知を取り戻すのです」
「取り戻す、か」
テディが口にしたそのひと言からでも、おおよその予測が立つ。科学者を始め知識人は根こそぎ『都市』で眠りに就いてしまった。そのせいで、外に残った彼らの祖先は立ちいかなくなってしまったのだ。
その後、彼らが何を思いどう行動したのか。その結果が今流の前にある。
「袂を分かったその時が、終わりなき衰退の始まりでした。それまでの英知を悉く手放した我々は、再び苦難の道を行くしかありませんでした」
「今更どうこう言えるもんじゃないが。大方予想できたことだろ?」
「ええ、その通り。だからこそ、今の私たちはこう思います。まったく何てことをしてくれたんだ、と……。故に、我々は国から遠征隊を送り込んで、ここに拠点を築き上げたのです」
「……待てよ。それじゃあ、」
流の脳裏に、一抹の不安が過ぎる。彼らはここに多大な労力をつぎ込んで、一体何を企てているのか。
「さて、ナガレ。そろそろこちらの要件を話しても良いでしょうか」
「要件? ああ、俺をここへ連れてきた理由か。不審者だからとか、そんなんじゃないのか?」
「そうではありません。あなたを『都市』の人間と見込んで協力を願いたいのです」
テディは一拍置き、言った。
「我々は、あの『都市』を破壊したいのです」