3 新人類
背の高い女性を先導に、流は小男三人に囲まれて夕暮れの森を進む。気分は連行される罪人のそれだ。短くない時間黙々と歩を進め、辺りはうっすらと闇が立ち込め始める。
さすがにまずいんじゃないかと思い、一声上げようとした頃合いだった。一行は森を抜け、岩山にぶち当たった。暗いこともあって最初は分からなかったが、ごつごつした岩肌には大きな穴が穿たれている。
「洞窟か? 入るのか? うっ、押すなよ、おい……」
巨大な獣の口の中に踏み入るようで、やや尻込みする流。その背中を銃口で突いて急かしたのは、先の強面だ。
流もさすがにむっとして、軽口を叩く。
「何だ、撃つか? 本当に撃てるのか、これ。本物か? まさか、役に立たない鉄棒を振り回してるだけってオチじゃないよな?」
次の瞬間、神の鉄槌じみた轟音が辺り一帯に振り下ろされた。
「うわっ!?」
強面が、適当な岩に狙いをつけて狩猟銃をぶっ放したのだ。
「挑発されてんのは通じたか……。それにしても、」
脳内を蹂躙する耳鳴りを堪え、流は撃たれた岩を観察しに行く。放たれた銃弾はその破壊力により、岩の大きさを半分に削り砕いていた。
「本物なんて見たことないけど……、こんな岩を砕けるほどの威力がなら、連中も容易く壊せるよな」
それが確認できただけでも、十分な収穫だ。
音に驚いたのは流だけではなかったが、残りの二人は手で耳を塞いで迷惑そうに顔をしかめるに留まり、女性は不機嫌そうな瞳で強面をねめつけ、ふいっとそっぽを向いてしまった。
強面の粗野な性格は生まれ持っての気質らしい。仲間からの無言の抗議に構うことなく、強面は流の背をつつく。
「ああ、分かった。行くよ、行くって」
流は返事をしつつ、再び行進に戻る。同時に、頭の中では幾通りもの思案が形作られ始めた。
彼らが何者であろうとも、流の目的は変わらない。アンドロイドと交渉するために、強力な武器が必要だ。手に入れない道はない。
洞窟を進みながら、流は一人ほくそ笑む。
洞窟内は良く整えられた、歩きやすい道が引かれていた。入り口は狭く闇に閉ざされていたが、奥へ向かうと徐々に明るく広くなっていく。
自然のままの傾斜に合わせて地面を削り、階段を拵え、時に横穴を開けて小部屋として利用しているらしい。進むにつれて部屋数は増え、天井は高く、奥行きは広くなっていく。
気づけば、通路とは呼べないほど広い空間を横切っていた。均整のとれた丸みを帯びる洞窟は、自然にできたものではなく、人の手で掘り抜かれたものに違いない。岩壁には五階層に渡って横一列に穴が並び、住宅マンションと化していた。
流は、その中の一室に招き入れられる。
部屋に一緒に入ったのは、女性と強面の男。残りの二人は出入り口の脇で見張り番を務める。独房のようだ、と流は思った。
ひと部屋分のスペースが立て板も同然の扉で区切られている。岩肌の凹凸を削って作った棚に皿が立てかけられ、液体の入った小瓶や、プラスチックのコップが置かれている。奥には本が積まれたスペースがあり、電気スタンドといった小物もある。
そのどれもが使い古され、壊れかけていた。家具は一揃いありそうだが、生活のレベルは教科書で見た原始時代のそれに等しく映る。
女性と強面は部屋の隅に積んであった座布団を持ち出してそこに座り、流にも一つ手渡して着席を薦めた。
これもまた随分と年季の入った代物だが、客人としてもてなすつもりではあるらしい。流は素直に従い、薄汚れた座布団の上で正座した。
背筋を伸ばし、顔を上げ、正面を見る。ちょうど上座となる位置にもう一人、年嵩の男性がいた。
おそらく立場を表しているのだろう。彼だけが椅子に腰かけ、鷹揚に流たちを見下ろして、静かな面持ちで場が整うのを待っていた。
「……」
咳払いをひとつ。居心地悪い座布団の位置を整え、正座から胡坐に変える。背筋を丸めて待てども、老人はまだしゃべらない。失礼は承知の上で、流が先に口を開いた。
「誰だ? お前の爺さんか?」
たどたどしくも話すことができる女性へ向けた質問だった。
「そうです。その娘の祖父にあたります」
あまりに流暢な受け答えが正面から聞こえ、流は思わず目を剥いた。再び老人と顔を合わせる。
「……日本語が分かるのか?」
「私たちの古い言葉です。私は私の父から。父はそのまた父から。代々受け継がれております。いつか必ず必要になる時が来る、途切れさせてはならない、と。ようやく理解しました、すべてはこの時のために」
「……まあ。言葉が通じるのは助かる」
朗らかに答える老人に対し、何と言うべきか少し考え、流は目を伏せて頬を掻くに留まった。
どう出るべきか、流は眉間に皺を寄せる。