2 ファーストコンタクト
「……」
思いがけない未知と遭遇し、電気ショックを受けたように固まってしまった流は、しばし動けずにいた。
一瞬で処理許容量を振り切った頭が最初に思ったことは、〝それ〟がいつからそこにいたのかという疑問。
一体いつから観察されていた……?
冷たく縮こまっていた毛穴が一斉に息を吹き返し、ぶわっと夥しい汗を噴き出して、凍りつくほどの悪寒が背筋を貫いた。
「……」
目が合ったことに気付いたらしい。女性は、ゆっくりと木陰から出てきて、歩み寄り、高い位置から流を見下ろした。
数秒無言で見つめ合い、それから気づく。彼女の背後にはもう三人、人型がいた。三人とも流よりも低い位置に頭がある。彼女の子供かと思ったが、どうやら違う。
若々しい女性に対して、男の顔には労苦の皺が刻まれ、蓄えた顎髭は壮年の年季を感じさせる。ずんぐりむっくりとした体格は筋肉達磨のように逞しく、土の色が刷り込まれていた。
そして、さらなる驚愕が流を襲う。男三人がともに肩掛けで背負っていたのは、狩猟銃だった。
「そっ、それ! もしかして銃か?」
欲していたものを前にして、焦るあまり不用意に一歩詰め寄ってしまった。
「―――ヴヴォッ!」
途端に、牽制の吼え声を叩き返される。三人のうちの一人、特別警戒心が強そうな強面の小男は、いの一番に飛び出して流に銃口を突き付けた。
流は身体に急制動をかけ、こちらを狙う深淵の穴を覗いて、ごくりと息を飲み込む。
場の空気が一発触発気味に張り詰める中、女性が割って入った。流を庇うように両手を広げ、強面の前に立ちはだかる。
「―――――――――」
何か、早口でしゃべった。聞き取れないというより、耳慣れない言葉だ。外国語よりも方言の方がニュアンス的に近い。音としては分かるが、言葉として意味を理解することはできなかった。
声を荒げる強面を、女性が必死に宥めて落ち着かせようとしていることくらいは伝わってくる。残りの二人は成り行きを見守っているらしく、どうやらこの場での味方は多いらしい。
女性と強面は何度かやり取りを行い、ひとまずの決着をみた。強面は不承不承ながらも銃を降ろして一歩下がり、代わりに女性が流の前へ歩み出る。その顔にあるのは、穏やかな微笑みだ。
「……えっと」
流は驚きながらも、対応に困った。言葉の分からない相手と何を話せと言うのか。
「ダイジョブ」
「……あ? 大丈夫、か?」
今度ははっきり聞き取れた。イントネーションはおかしく、妙に間延びしているが、流の知っている日本語だ。
「アンシン、して」
「安心? 安心しろって?」
「キて。ついて、キて」
「ついて来いって? ……どこへだよ?」
流の返事を待たずに、女性は背を向け、歩き出す。
「いや、ちょっと待てよ! その前にお前ら―――う、お……っ」
慌てて追いかけようとしたところへまた銃口を向けられ、流は大きく仰け反った。油断なく銃を構えた強面が、険しい瞳で流を睨みつけている。
当たり前の話だが、相当警戒されている。むしろ、正体不明の流に対して笑顔で友好的に振る舞ったあの女性がおかしいのだ。
流は、言葉と態度をやや改める。
「……あのさ、それって昔使われていた銃だろ? 散弾銃ってやつかな? 少し見せてくれない?」
物は試しでコミュニケーションを取ろうとするも、銃口を喉元に押し付けられ、流は「けほっ」と咳払いした。
「ああ、くそっ。分かった分かった。ついてくよ。あー、分かるか? ついていく!」
やけっぱちに身振り手振り満載のジェスチャーで、従う意志を伝えようとする。理解したかは定かではないが、ひとまず流を殺そうとしている訳ではないようだ。
「って言っても、回れ右して帰らせてくれるわけでもないんだろ? ついて行くしかないな……」
胸中の不安を呟いたつもりが、どうだろう、実際口元は不適に歪んでいた。武者震いというやつに違いない。興奮気味に戦慄く手足の震えを押さえ込んで、歩き始める流。
「キて」
それを見た女性は、やはり嬉々とした笑顔で手招きした。