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コネクター  作者: ユエ
4章 自由への渇望
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4 無限の闇

 


 向かった先は最上階フロアよりもさらに上。先程使ったものよりもひと回り小さいエレベーターに乗り込み、移動する。一般的に公開されている場所ではないようだ、流は面持ちを硬くする。

 エレベーターが到着した先は、狭い通路に繋がっていた。人とすれ違う際、肩をぶつけてしまうくらいの広さしかなかない。


 目的の場所は、その通路の突き当たりにあった。



「壁内部から外へ出入り可能な場所はここにしかない。ドームに使われている膜材を整備するための出入り口だ」



 コネクターの説明に伴い、アンドロイドは壁際のスイッチを押す。すると、立っている床の一部が競り上がり始める。ここだけ昇降機になっているらしい。

 天井ではハッチが開き、その向こうに真っ暗な空を見上げることができた。



「おおっ? 外は夜だったのか。全然気が付かなかった」



 流は状況も忘れ、初めて見る夜空に興奮を抑えきれず、歓声を上げた。



「どうして壁の内側と外側で昼夜が逆転しているんだ?」


「そういうわけじゃない。壁内部も今は夜の時間帯だ。展望フロアにも露店にも、誰もいなかっただろう?」


「そういえばそうだったか……」



 ここ最近気絶していた時間が長かったせいか、やや感覚がずれているらしい。

 その上、『都市』内は常に人工灯の光が降り注いでいる。光量の変化はあれど、深い闇に閉ざされることはないのだ。



「夜っていう概念はあるのに常に明るいっていうのも考えものだな……」


「そうでもない。明かりは文明が息づく何よりの証だ」


「あ?」



 コネクターの言葉の意図を図りかね、流が首を傾げるのとほぼ同時。

 昇降機が壁の上まで登り切り、ガタン、と軽く揺れて足場が固定された。

 足元で照明が灯る。


 どこからともなく吹く風が前髪を揺らし、スッと鼻から息を吸い込めば、冷たく新鮮な空気が肺を満たしていく。


 ゆっくりと瞳を見開く。視界を遮る物など何もない、広大な空間がそこにはあった。



「見てみると良い、流。お前の言う希望なんてどこにも見えないぞ」





 眼前には、無限の闇が広がっていた。





 流が立つその場所だけが、世界から切り離されたかのように、ポツンと淡く光立つばかり。

 満天に輝く星々にも、西の空に浮かぶ欠けた月にも、漆黒に塗り潰された地上を照らし出す力などなく。情景に微かな濃淡を表すばかり。漆黒塗り潰された闇の大地には、何も存在していないようにしか映らなかった。



「何だよ、これ……。ここは一体どうなっているだ? 何もないわけないよな?」


「森だ。何百年と手つかずのまま放置された原生林がどこまでも広がっている。その遥か先に海がある」


「……それだけか? 本当にそれだけ?」



 コネクターが口にするのはあまりに簡素な情報でしかなかった。乏しいどころの話ではない。

 それも詮無きこと。コネクターもまた、外の世界について何も知らないのだ。



「嘘だろ、おい……」



 とても笑える心境ではないのに、震える唇は半笑いを形作る。そうでもしないと押し寄せる深い闇の中に吸い込まれてしまいそうだった。



「何か、何も、ないのか……?」


「少なくとも人工の明かりらしきものは見えないな」


「何でだよ? なあ、どうしてだ。いるだろう? いたはずなんだよ!」



 流は、声を荒げて主張する。目の前の現実を、否定しようとする。


 全人類が人工冬眠を望んだわけではない。少数だが、確かにいたのだ。永遠の命を拒み、外で暮らすことを選んだ者たちが。人間らしく死んでいくことを望んだ人間が。



「そいつらはどうなった?」



 意味ないことと知りつつ、訊かずにはいられなかった。


 コネクターからの返事は予想通り、「分からない」のひと言だ。



「長い月日を経て彼らがどうなったのか、我々は何も知らない。どこか別の大陸へ移ったのか。あるいは既に死に絶えているのか。少なくとも、目の届く範囲に居ないことは確かだ」


「……」


「こんなところを何千何万キロと旅するつもりか? たった一人で、道具も知識も、頼れるものは何もない、丸裸の状態で? できるのか?」



 流は、もう一度目の前の暗闇に目を向ける。答えるまでもなく、不可能だ。無謀にもほどがあった。


 決して短くない時間をそのままそこで過ごした後、流は抑揚のない声で問う。



「コネクター。お前らは『都市』の外のことについてどのくらい把握している?」


「壁面に備え付けられた定点カメラで見える範囲のみだ」


「だったら、」


「流、それ以上考えても無駄だ。その闇の先にお前の望む物なんて、本当にあると思うのか?」


「……」



 行ってみなければ分からない。流は本心からそう思う。


 ただ、それを言葉にできるかはまったく別の問題だった。

 

 



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