3 悪あがき
流はエレベーターから降り、最上階のフロアを見回した。
「こちらへ」
ロボットが案内を続ける。流は、その後をついて行った。
当たり前だが、フロアの広さはさほど変わらない。壁際には様々な露店が並び、観葉植物が置かれ、テラス席まで用意されている。程よく視線が散らばるおかげで、良い気分転換になった。
ロボットが導くに従い、露店と反対側の壁際へ。一部ガラス張りになった壁面から外の様子を一望できた。
「……これ『都市』側じゃないか」
途端に流は顔を曇らせた。備え付けの望遠鏡を使うまでもない。眼下に広がるのは、機能的に整えられた灰色の町並みだった。
「そうじゃなくて、外の様子を見せて欲しいんだ。壁の外」
案内ロボットと向き合い、反対側の壁面を指差して見せる。
「この展望台からは、『都市』の景色を楽しむことができます」
すると、案内ロボットは何事もなかったかのようにそう答えた。
駄目か……、と舌を打ち、流はコネクターを呼びつける。
「おい」
「無理だ。外界を見下ろすための窓なんてここには設けられていない」
「最初に言えよ、それ……」
あっさり返したコネクターに、流は渋い顔で苦言を呈する。
「じゃあ壁の上だ。そこまで出られれば―――、」
「今いるこの壁の上、という場所は存在しない。『都市』上空はドームで完全に覆われている」
「は? 光があっただろ?」
「あれは人工灯による光だ。証拠に、風の強弱はあっても天候の変化はなかっただろう? ありのままの自然環境は、災害を誘発する原因となりかねないからな」
「……そうだった、この『都市』は最初からそういう風に造られていたんだ」
これはあまりに大きい見落としだった。
『都市』で生まれた流は、本物の空など見たことがない。常時降り注ぐ明るい光に疑問を抱かなければ、天を覆うドームを気に掛けることなどない。
所詮、映像でしか目にしたことのない青空が当たり前の世界として定着していないのも、無理からぬことだった。
「待てよ。そのドームだってずっとそのままだったわけじゃない。整備する奴がいるんだろ? だとしたら、ドームの上に乗って歩けるんじゃないか?」
「それ自体は可能だが……、それは壁の外へ出たということになるのか? 専用の固定器具なしでは滑り落ちてしまうぞ?」
「その道具ってやつはどこにあるんだ?」
「場所は分かる。整備室のロッカーだ。お前なら開けられるだろう。けれど、使えない」
「どうしてだ?」
当たり前だろう、とコネクターは呆れたように言う。
「固定器具は整備ロボットが使うものだ。人間のお前が装着したところで、正しく機能を発揮できるわけがない」
「くそ……」
それもそうだという考えに至り、流は一度押し黙る。
再び口を開くまで、さほど時間はかからなかった。
「それでも一度試してみたい。コネクター、場所を教えて―――、」
「鈴白流」
突然背後から名前を呼ばれ、流は怪訝そうに振り返った。そこには見知らぬアンドロイドが一体立ち、こちらを手招きしていた。
「ついてきて欲しい」
「あ? 何だよ、外へ案内してくれるって?」
「そうだ」
コネクターからまさかの肯定を受け、流はより深く眉間に皺を刻んだ。
「何だよ、急に素直だな?」
「このまま放置するよりも、適切な方法を教えた方が安全だと判断された」
流は「む」と唇を尖らせ、次には不敵に笑みを広げる。
「そうだ、それでいいんだよ。最初っからそうしてろよ」
危機感を煽り、早急的な対応を強要する。その狙いが見事成功したことに他ならない。
ほんのわずかだが、光明が見えた気がした。確かな手応えに拳を作りながら、流はアンドロイドの後を追った。