2 外壁
「ようやく着いたな」
そう言って、流が見上げるのは『都市』をぐるりと囲む外壁だ。聳え立つほど高い白壁には東西に壁門があり、唯一そこだけが外へと繋がる道となる。
今流がやって来たここは、その西側だ。
コネクターの誘導に従い、巨大な壁面の中から申し訳程度の小さな扉を探り当てる。
「今の俺はどんな場所にでも入れるって話だったよな? だったらここも当然……よし、いけるな」
認証パネルに携帯端末をかざすと、すぐに扉は右へスライドし、道を開けた。一歩中に踏み入ると、照明が自動で灯り、流を出迎える。中は、長い廊下のようだった。列車がすれ違える程の幅がある。
流は、「ほう」と感嘆の吐息を漏らし、外壁がどれほど堅牢な作りになっているかを改めて思い知った。
背後で扉が閉まる音がする。同時に、機械音声が流を歓迎した。
「ようこそ、西門へ。私が案内を務めさせていただきます」
やって来たのは小型の自律ロボット。流の腰くらいの位置から上目遣いにこちらを見上げ、何が嬉しいのか、万歳のポーズを取る。
「案内? いや、いらねえよ。どっかいけ」
しっ、しっ、とロボットを雑に追い払い、流は適当に散策を始めた。
きゅるきゅるきゅる、と足元のキャタピラを回して、ロボットは律儀に後をついてくる。
コネクターと比べて人工知能が稚拙なのだろう。どこを案内すればいいのか頻りに訊ねてくる。
流は無視を決め込んだ。
「そもそもここは壁の中だろ? 何を案内するっていうんだよ?」
疑問の声にコネクターが答える。
「壁内は三階層に分かれていて、最上層には展望台が設けられ、露店が並んでいる」
「『都市』を守る壁を観光施設扱いしてんのかよ……」
「この壁は本来、外敵を排除するために作られたわけじゃない。大きくは外界との遮断が目的だ」
「似たようなもんだと思うけどな」
「『都市』の子供なら皆、小学校の遠足で壁内見学をしたはずだぞ?」
「……思い出せねえ」
流は一度だけ首を捻り、あっさりと諦めて別の質問をする。
「こいつは?」
後ろをついてくるロボットについて訊ねる。
「それは施設案内を兼ねた整備ロボットだ。東西にある門の間を行き来して、壁内の清掃等を行う」
「これ一体で?」
「そんなわけないだろう。壁の中だけで自律ロボットが三百体常に稼働している」
聞くなり流は嫌そうに顔をしかめた。
「迂闊なことはできなそうだな……」
数多の機械に群がられ引き千切られる……。そんな馬鹿馬鹿しいイメージが頭の片隅に過ぎり、心はどこか落ち着かず、流は慎重に歩を進めた。
止まることなく歩き、歩き、歩き続けた。
コネクターとの会話も途切れ、響くはキャタピラの小さな駆動音ばかり。行く道は広く、照明は煌々と辺りを照らしているにも関わらず、息が詰まるほどの閉塞感に襲われる。人工的に作られた洞窟の中を延々とさ迷っている気分だった。
「……駄目だ。おいコネクター」
「何だ」
「何もないぞここ……」
壁内を歩き始めて一時間。ついに流は音を上げた。疲労感より徒労感の方がダメージが大きい。
どれだけ広く明るくとも、先行きの見通せない場所に変わりはない。うんざりだった。
「くそ、無駄なところには移動ベルトが敷いてあるくせに」
不満を口にし、周囲を改めるも、のっぺりとした壁が両側を挟むばかり。何一つ進展はなかった。
大きくため息を吐き、視線を下へ下げる。
「あとはお前か、案内ロボット」
「要件をお伺いします」
待ってました、とばかりに両手を上げる案内ロボット。
蹴り飛ばしてやりたくなるのを堪え、流は要求する。
「ここ、窓はあるか? 外の様子が見たい。さっき言っていた展望台へ連れて行ってくれ」
「エレベーターはこちらに」
「そういうのはあるのか、さすがに」
嬉々として先導する案内ロボット。
大人しく後をついていくと、殺風景な壁面にぽつんとパネルが埋め込まれているのを見つけた。きっと一定間隔ごとに設置されていたのだろう。全く気付かなかった、と流は小さく呻く。
認証を済ませるとエレベーターの扉が左右に分かれて開いた。階層ボタンは三つ。一番上を押すと扉が閉まり、エレベーターは壁内を昇り始める。
「少し怖いけど。やっぱりちゃんと動くんだな」
流は素直な感想を漏らした。なにせ何百年も前の代物だ。ワイヤーが千切れて落下してもおかしくない。
「その心配はない。『都市』の機器類は定期的にメンテナンスが行われていると言っただろう? 実際、この場所に勤めて仕事をするコネクターも多い」
「そいつらにも目をつけられると面倒そうだな……」
やはり一刻も早く対抗手段を手に入れたい。
逸る気持ちを押えつつ、流は最上層へ到達した。