15 生かされる地獄
流は、震える指先を彼女へ向けた。
「何で、お前……俺を助けて? お、俺はお前を死なせるところだったんだ。それを何でそんな壊れてまで、こんなこと……?」
「……」
上手く呂律が回らない。
そのせいで質問として認識されなかったのだろう、美月のコネクターは何も答えず、壊れた身体を引きずってマンションの中へと戻っていった。
一人取り残された流は、訳も分からず途方に暮れる。
と、流の疑問に答える声があった。
「お前を助けたのは美月じゃない。我々に備わる救命措置システムが作動した」
「……あいつはそれに従っただけだって?」
右耳から左耳へ抜けていった説明をかいつまむと、コネクターは危機的状況に陥った人間を救うために、その身を呈して行動するようプログラムされている。
流が屋上から飛び降りた瞬間、そのシステムが起動し、美月のコネクターは窓から飛び出して、落下する流をキャッチしたのだ。
ただし、コネクターに飛行機能は搭載されていない。実際流を救ったのは局地的に発生した上昇気流の方だ。
「あれは自殺阻止のための救助システムだ。『都市』内の空調を維持する送風機が、いざという時その役割を果たす。センサーが投身自殺者を感知すると、互いの風がちょうどぶつかり合う形で強風を送り込み、自殺者を保護する仕組みになっていて、」
「待て、ちょっと待てよ! 美月の身体はどうなったんだ?」
流は構わず声を割り込ませた。
美月のコネクターが流を助けに来たということは、今美月の肉体は危機的状況下で放置されているということになる。
「我々は人間を見殺しにはできない。そういう風に造られている」
「ならさっさと美月も助けろよ!」
「当然だ。今彼女のところにも救援が向かっている。同時に、流。お前も救わねばならなかった」
「何で俺を、そんなに……っ」
喉から悲痛な呻きが漏れる。
コネクターの優先順位は、やはり狂っているとしか思えなかった。自殺する流を助け、救うべき美月を放置した。これで美月に万が一のことがあれば、流は……。
「……ちょっと待てよ」
やるせない思いに苛まれる中、まったく別の事案に気づいて自己非難を止めた。
飛び降りた直後のコネクターの言葉の意味。そして先の説明の中に、許容できない部分を見つけてしまった。こんな時に、と思う反面、とても後回しにできずに問いかける。
「コネクター、答えろ。俺が別の方法で自殺しようとした場合どうなる?」
「その状況に応じた救命システムが働くようにできている」
「……それじゃあ、まさか」
「その通りだ。『都市』で自殺することはできない。あらゆる状況下に対応し、自殺志願者の保護を行う」
流は、表情を凍り付かせた。
「じょ、冗談止めろよ……!」
そんなことできるわけがない! と否定を叫ぶ。
実際、『都市』で自殺した人間は存在している。まだ流が眠りに就く前の話だが、年間に一人か二人程度は必ず現れ、『都市』のシステムに不備があるのではないかと騒ぎになっていたはずだ。
「確かにその当時は対処できない案件が存在していた。だが、それは自殺者の数が多くて処理が遅れてしまったことによるものだ。対象者が流一人だけなら、いくらでも対応できる」
コネクターの自信ありげな声は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
青ざめた流を、今度こそ途方もない絶望感が包み込む。
「それじゃあ、俺は、死ぬこともできないっていうのか……」
そんなこと信じられるわけがない。
奪われていい権利ではないはずだ。
視線と思考は自然と上を向く。飛び降りたばかりのマンションの屋上へと向けられる。
「考えていることは分かる。もう一度飛び降りるつもりだな? それは待ってくれ。今お前が自殺を敢行すれば、近場のコネクターは総出で救援に向かうことになる。余計な手間を煩わせれば、美月は間に合わなくなるかも知れない」
「……っ」
そんな追い打ちをかけられて、動けるはずがなかった。立ち上がりかけた膝は力を失い、流はペタンと尻餅をつく。
「落ち着け、流。もし本当に試したいのなら後でいくらでも試すことができる。だからは今は大人しくして欲しい」
「……後で? そうか、後でか……」
失意を呟く流の声は、酷く掠れて聞き取れなかった。
今忙しいから後で試せ、とコネクターは言う。自殺するのは後にしろ、と平坦な声でそうのたまう。
それは、およそ人間に対して決して向けてはいけないほど、あまりに無造作で雑な言葉だった。
「ふざけろ、馬鹿が……っ」
滑稽だな、と口元は歪み、コネクターを嘲笑うのに、溢れ出る涙を止めることはできなかった。
☆ ☆ ☆
ここまでの読了、ありがとうございます。これにて3章完結です。
アンドロイドとの交渉に乗り出すも、敢えなく敗れ去り、自殺も封じられ、状況的には八方塞がりに陥りました。
4章では、さらなる絶望的状況の中、なんとか希望を見出そうと四苦八苦する流が楽しめます。
引き続き、楽しんでいただけると嬉しいです。