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コネクター  作者: ユエ
1章 人工冬眠
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2 『ゆりかご』

 

 

 (ながれ)をはじめ、一部の被検体たちは、自らの意志で永遠を望んだとは言えないだろう。選んだのは彼らの父母だ。流は、最初から被験体として、この『都市』で生まれた。


 もっとも、そんな名称は便宜上のものでしかない。流は父母の愛情に育まれ、運命を同じくする仲間たちとともに健やかに成長した。

 そして、十七歳の春を迎える頃、待ちわびていた日が訪れた。




 用意されていた患者服に身を包み、洗面台の前に立つ。こちらを見つめてくる自身の瞳を見つめ、何やら不思議な想いに満たされる。

 確かな誇りを胸に、今日まで生きてきた。家で、学校で、周りの大人たちが何度も教えてくれた。

 古代の王が欲し、稀代の錬金術師が追い求め、幾人もの科学者がその身を賭して作り上げてきた人類の悲願。その先頭を走ることは、どれほど素晴らしいものなのかを。


 流自身は何一つ貢献せず、その恩恵に(あずか)ることへの謙遜はあれど、誇らずにはいられない。ようやくこの日が来たのだという高揚感に、思わず口元は緩む。

 一方で、明日から機械の身体になるのだという実感は沸かず、胸中の小さな不安は一体どういう生活が始まるのかと、あれこれ想像を募らせる。

 いくつもの想いを綯い交ぜにした複雑な面持ちのまま、最後にもう一度ありのままの自分に別れを告げて、両親の待つリビングへ向かった。


 滑らかな流線型を描くカプセル式の人工冬眠装置。

 通称『ゆりかご』。


 必要のなくなる家具や調度品は脇にどけられ、代わりに巨大なクーラーボックスと『ゆりかご』が三台設置されていた。

 仲良く横並びに置かれる装置の真ん中に入り、流は仰向けに横たわる。


 半透明のヘルメット型の装置を頭部に装着し、鼻と口内へ細い管を挿入し、手首に輸液のためのバンド型の輸液器具を装着する。内側に張り巡らせた極小さな無数の針が、皮膚を貫き血管に達する。

 準備を終えて上を向けば、『ゆりかご』の周りに経過を見守る五人の研究員の姿。そのうちの一人、白衣の男と目が合い、彼はマスク越しに微笑みを投げてきた。



「良い夢を」


 

 その言葉を合図に装置横のパネルが操作され、ガラス製のカバーがゆっくりと閉じる。

 巨大なクーラーボックスから伸びるチューブを通して喉と鼻に冷気が送られ、リストバンドからは冷却した輸液が流し込まれる。


 体内を巡る血液と成分調節した輸液を置換することで、より人体に負担の少ない人工仮死状態を実現させることができる。

 カプセル内部は人体幹細胞培養液で満たされ、対象となる冬眠者(オペレーター)の年齢や身体的特徴に基づき、適切な栄養素・浸透圧・水素イオン濃度、その他の条件を揃えてあった。


 冷気の中に混ぜられた睡眠導入剤によって、流はすぐに抗い難い睡魔に襲われた。

 ゆっくりと閉じていく瞳が、培養液に埋没していく感覚を最後に流の肉体は永久の眠りに就き―――。


 次には、流の意識は何事もなく覚醒し、不完全な自然の肉体を朽ちることのない機械へと取り換えて、その生命活動を再開させていた。



 金属の骨格を人工細胞で作った皮膚で覆い、機械的神経を介して外部から送られた人間の意識をそのまま心臓部に憑依させるアンドロイド。

 通称『コネクター』。


 バイオ科学で造られた不格好な人の形をした機械人形は、人を永遠なる未来へと繋ぐ存在だ。


 身体を取り換えたことによる違和感は不思議なほどに少なかった。コネクターは、乗り移る冬眠者(オペレーター)の身体的な特徴をトレースして作られている上、成長や老いの度合いを考慮して、身長手足の長さを調節できるよう設計されて作られている。

 万が一機械的な不具合を生じても、それは身体に現れる傷病の一種として認識処理され、最寄りの整備施設で容易に調整が可能となる。


 一週間もすれば自身の身体が金属でできていることなど忘れ、鏡に映るその顔を自身のものだと受け取れるようになっていた。

 周りから注目を集めたのも、ごくわずかな期間のみ。もともと『都市』に集まった人間は、そうなることが目的でここに居る。アンドロイドになった者を異物として蔑視するような輩は、初めから存在しない。



 試験運用が済み、いよいよ本格的に計画が実行されれば、街を歩く生身の人間の方が少なくなくなり、やがていなくなる。周囲はアンドロイドで溢れ、何不自由することなく、あらゆる苦難から魂は解放された。


 流は高校に通い、大学に進学。資格を取り、図書館司書として勤め、五十年間勤務。愛する妻とともに余生を過ごし、天寿を全うした。

 そして昨日、通い慣れた高校の二年生の教室で、代わり映えのないクラスメイトたちとともに歴史の授業を受けて―――……。












 

「……は?」



 流は、右の手のひらで勢いよく額を打ち、脳内を巡る回想を強制的にストップさせた。



「いやいやちょっと待てよ、何だ、今の……」



 頭の中で思い起こした先の記憶に、納得できない齟齬(そご)が生じていた。


 車酔いしているような、ひどい気分だ。眉間に深い皺を刻んだまま、ガラスに映した自身の身体を再度見回す。

 正しい年齢の確証はやはり得られないが、間違いなく若々しい肉体だ。何より、「昨日は高校で授業を受けていた」という記憶が鮮明に残っている。


 では、今しがた垣間見た人生の記憶は、一体何だというのか。


 卒業、進学、就職、結婚、そして死。

 訪れているはずのない未来が、既に懐かしい思い出として頭の中に定着している。何よりも不可思議なのは、死後に再び始まるのが高校生活である点だ。


 留まることのない困惑は渦を巻くように、そもそもの話へと戻ってくる。

 流は『人工冬眠計画』によって、老いて死ぬことのない永遠の肉体を手に入れたはずではなかったのか。



「……夢か?」



 思わずそう口に出してしまうほど、あまりに荒唐無稽だった。

 ままならないのは記憶ばかりではない。今周囲を取り巻く状況のすべてが流を置き去りにする。


 潤う瞳に映るのは、彩りの乏しい町並みだ。

 限られたスペースで冬眠組全員の居住と仕事場を確保するため、高々と空へ伸びる建物の群れ。

 道路は碁盤の盤面のように機能的に整えられ、道幅はすべて等間隔。区間ごとに数字が割り振られ、道に迷うこともない。

 自律的に機能することを目的にデザインされたこの『都市』に、無用なものなど一切存在しない。


 緑あるものと言えば、ロビーの窓際に置かれる観葉植物くらい。

 コンクリート色の街に生活音はなく、底冷えするほど整然としている。まるで、世界にたった一人取り残されてしまったかのようだ。

 

 いや、比喩ではなく、もしかすると本当に、目覚めてしまったのは流一人きりなのかも知れない。



「……」



 思うあまり、流はしばしの間立ち尽くし、動けなくなってしまった。

 

 

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