12 拒絶と否定
「美月? お前、何でここに……っ」
「うう……、流……っ」
涙が滲むような声色で懇願。とても機械的に創り出されたものとは思えない。
鈍器で殴られたかのような衝撃が、流の頭を揺さぶった。
だが、真っ白になったのも一瞬だけだ。流はすぐに我を取り戻す。
「離せよ! お前も模倣された人格なんだろ? 偽物じゃねえか!」
力任せに引き剥がそうとするが、美月は必死の抵抗を見せる。まるで本当に自らの身を案じ、流を敵と見定め、勇気を振り絞って立ち向かうかのように。
こちらを見上げる瞳に強い意志を感じ取り、流はややたじろいで困惑する。
「どうなっているんだ……?」
「今の叶野美月は必ずしも偽物とは言えない」
「何だと? どういう意味だ?」
携帯端末から聞こえたコネクターの声に、流は噛みつくように問い返す。
「美月のコネクターが美月の模倣人格に、事のすべてを打ち明けたんだ」
「なっ……。打ち明けたって、計画のこと全部を?」
「そう。つまり、叶野美月はすべてを知った上でここへお前を止めに来たんだ。目覚めさせないで欲しいと願って」
「そんな馬鹿な!」
流は驚愕した。それはとてつもない危険な行為だ。
そもそも、コネクターはそれを防ぐために、シャットダウンという緊急措置機能が設けられていたはずだ。
いや、例外はすぐ身近に既に存在していた。流のコネクターだ。携帯端末の向こうにいる彼は、何故流を目覚めさせることができたのか。
緊急時に際して発動するはずだったシャットダウンが、正しく機能しなかった。故に、起こった不幸な事故……?
違う、そうではない。この現象は故意に引き起こすことができるのだ。
「緊急処理システムは、本来外部で起こった緊急事態に対処するために人工知能と模倣人格が切り替わる機能だ。つまり、内部で起こった事態に対して作動しない。コネクターが自らの意志によって模倣した人格にすべてを暴露することは可能なんだ」
「そうか……。そういうことか、くそ……っ」
これで合点がいった。流のコネクターに人間味があったのではない。単なる仮面でしかなかった模倣人格を、本来の自分として受け入れたのだ。
驚くべきことだ、何より信じ難い。これまで『都市』の状況を見て来なければ、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てていただろう。
アンドロイドが自らの意志で計画に背き、危険のある賭けに出たということに他ならない。
たった一つの例外は、今二つに増えた。今後この動きがさらに拡大していけば、いずれアンドロイドは本当の意味で人間を支配する力を手に入れることができる。
そうなれば、この『都市』は?
眠っている人間は、どうなる?
「……こんのっ!」
頭を過ぎった最悪の未来図を殴りつけるつもりで、流は美月を引き剥がした。
数歩下がって間合いを取り、睨みつけて威嚇する。
「いいのかよ、お前は。こんな状況下でコネクターどもに騙されていて!」
「違うよ、そうじゃない! そうじゃないよ、流……」
怒鳴りつけたのと同等の声量で返される。
首を横に振った美月は、ゆっくりと顔を上げ、様子を伺うように上目遣いに覗きこんでくる。
「落ち着いて、流。私たちは知らなかっただけじゃない。……そう、何にも知らなかったんだよ。知らないまま眠りに就いてしまったって、それだけ。でしょう?」
「それ、だけ?」
美月の言葉に、流は愕然とした。事情を知った上でそんな風に言ってのける、彼女の胸の内が心底理解できない。
「確かに驚いたけれど、騙されてはないよ。だって、私はこうしてちゃんと生きているもの」
「生きて……?」
「そう生きてるよ、私は。あの中で」
美月は『ゆりかご』で眠る生身の自分と向き合い、穏やかに微笑んだように見えた。
「見て、生きてる。私ちゃんと健康な状態で眠っているよ。生きているの。今日の記憶も明日の記憶も全部コネクターが記録して、未来の私へ届けてくれる」
美月は流ともう一度向き合い、切望した。
「お願い、このままそっとしておいて」
「……」
彼女の願いを聞いた流は、少しの間身動きが取れなかった。
ようやく開いた口から、震える声で問いを吐き出す。
「じゃあお前、……だって、俺はどうなる?」
美月は顔を逸らして躊躇いを見せ、それでもはっきりと言った。
「……私のためを思うなら、眠らせておいて」
「ふざけんなよ、見殺しかよ!」
「だ、大丈夫だよ。だから落ち着いてってば!」
激昂する流を宥めようと、美月が一歩こちらに近づく。
「すぐ眠れるようになるって。だってコネクターがそう言ったんでしょう? だったら、」
「言われてねえよ、そんなことはひと言たりとも!」
「きっと大丈夫だから。見殺しになんてしないから。ね、落ち着こう、流。そんな風にはならないよ」
美月は機械の顔に引き攣った笑みを張り付けて、同じ言葉を繰り返す。
大丈夫だ、落ち着け、と。びくびくと怯えながら、必死になって保身に走って、この場を切り抜けようと画策している。
身勝手で自己中心的な、醜い人間の本性をありありと表現していた。
機械が、人間を演じている。
コネクターが、美月という人格を貶めている。
「―――っ!」
その考えに至った途端、流の頭の中で何かが沸騰する。
この歪な機械の人形を美月だと認識してしまった自分を、思い切りぶん殴ってやりたい。
こんなものは、美月ではない。流の知る、叶野美月ではない。
だから躊躇う必要は、ない。




