11 叶野美月
コネクターが案内した場所は、都立高校近くの高層マンションの一室だった。
ファミリー向けで中は広く、先と同様『ゆりかご』はリビングに集めて置かれていた。端から美月の父親、母親、祖母。そして美月本人。
流は、眠る美月の肉体と対面する。
「流、お前は彼女が好きなのか?」
問われ、流はぶっきらぼうに返した。
「そんなもんじゃない、分かるだろ? 何回も結婚しているんだから」
流にとって叶野美月は、幼い頃から意中の相手だった。そして今はそれ以上に、彼女のことを強く想っている。植えつけられた記憶がそうさせる。
美月は繰り返す時間の中で幾度となく流の伴侶となり、生涯を共に過ごした相手だった。
「美月なら俺を裏切らない。二人で仲良く手を取り合って、何とかやっていける」
愛おしげに眠る美月の顔を見つめ、流は力強く言い切った。
おかしな気分だ。植えつけられた記憶など吐き気を催すほど気味が悪かったはずなのに、彼女を愛した思い出だけは、不思議と胸の内を温かく満たしてくれる。
焦りと怒りで疲弊していた心に、新鮮な希望が湧いてくる。
「そうさ。お前らをどうにかするのも、この先どうするかも、全部話し合って、一緒に考えて……。そうやって信頼できる人間を増やしていく。まずは美月だ。次に重治。クラスの中にも何人か分かってくれる奴はいるはずだ」
流はぐっと拳を握る。こんな状況、すぐに何とでもなるに違いない。
「何とかしなくちゃいけないだろ、こんなふざけた世界は。あっちゃならないんだ」
「そんなふざけた状況に、彼女を巻き込むのか?」
「……」
コネクターの余計なひと言に、流の表情が歪に固まった。
「流、お前は芯の強い男だ。そんなお前でさえ自暴自棄になるほど絶望的な状況下に、彼女を引っ張り出すつもりか?」
コネクターは追い打ちをかける。本当に彼女は分かってくれるのか? と。
「……うるせえよ!」
流は、迷いを振り切るように叫んでいた。
「文句は言われるだろうよ。でもいけるさ。だってこんな状況なんだ。分かってくれる。一人じゃ何にもできないって分かってくれる……。べ、別に美月だけ起こすわけじゃない。相談して、話し合って。他の奴も皆起こして……。そうすれば、今の状況を知れば、皆で何とかしようって、きっとそうなるんだよ!」
そうに違いないと、流は信じて疑わない。
しかし実際、断ずる声は情けないほどに震えを含み、徐々に萎んでしまう。
「何とか、皆で何かできることを……。何を、どうする……?」
最後は蚊の鳴くような声で、先の見えない不安を吐露していた。
言葉は途切れ、途方に暮れる。
「そうだ、流。その通りだよ」
ようやく理解したのかと言いたげに、コネクターは問いを重ねた。
「今この『都市』で一体何が起きている? 何が起ころうとしている? お前は一体何を解決する気なんだ?」
今この『都市』ではとてつもない事が巻き起こっている。そういう風に見える。
つまり、実際は何も起きていない。始まりのあの日から今日に至るまで、糸のような細い綱の上を真っ直ぐに歩み続けてしまっている。
多大な問題を孕んではいる。しかし、決定的な何かが起こる予兆はどこにも存在しない。
改めて現状を突きつけられ、流は玉のように浮かぶ額の汗を拭った。
「俺が、こうして目覚めたんだ。他の奴らだってコネクターに起こされる可能性があって……、だから!」
「先んじてお前が目覚めさせるのか? それは主犯格がお前になるだけじゃないのか?」
「……っ! くそ、知った事か! とにかく、美月を起こすんだ。その後のことは、だから二人で相談すればそれでいいだろうが!」
流は、今度こそ手を止めなかった。『ゆりかご』のパネルに携帯端末をかざし、認証させる。
腹は括った。この状況に抗うことを心に誓った。脅されて、言いくるめられて、中途半端に終わらせることなどできるはずがない。
パスワードを打ち込むと、パネルからキーボードが消える。
現れた赤いボタンに人差し指を伸ばし―――、
「やめてっ!」
その指先が触れる直前、甲高い悲鳴が鼓膜を貫いた。
同時に右腕に何かが絡みついて、『ゆりかご』から流を引き離そうとする。
「お願い、流! そんなことしないで……!」
流の暴挙を阻止したのは、美月のコネクターだった。




