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コネクター  作者: ユエ
3章 生殺与奪
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10 自暴自棄

 


「どこにでも入れるっていうんなら、これもありってことだよな。……よし」



 流が向かったのは、道路の向かい側の民家だ。玄関で扉のパネルに携帯端末をかざすと、ピピッと電子音がして認証が完了する。扉を開き、慎重な足取りで民家へと入った。


 ここは流にとって馴染みのある場所ではない。たまたま目についただけだ。

 廊下を進んでリビングに入ると、部屋の真ん中に『ゆりかご』が二台並んで置かれていた。中には見知らぬ若い男女が眠っている。この家の持ち主である新婚夫婦だ。



「……本当に眠っているんだな」



 呟く声は、溶け入るように消えていく。自分の息遣いすら耳につくほどの静けさの中、流は女性の顔をじっと眺めた。こうして眠っている人間を見るのは、実は初めての経験だ。


 意味ないことと知りながら、軽く手を振り、拍手してわざと音を立ててみる。

 反応は、返ってこなかった。



「コネクター、装置について教えろ。さもないと、適当やってぶっ壊すぞ」


「構わないが。何を知りたいんだ?」


「冬眠から起こす方法」



 この質問に対してコネクターは、すぐに答えた。



「装置の側面にパネルがある。携帯端末をかざすとキーボードが浮かび上がるから、パスワードを入れてエンターを押してくれ」



 流は言われた通りに操作を行い、パスワードを入力した。

 タッチパネル上でキーボードが奥へ引っ込み、赤いボタンのマークが現れる。



「それが冷却装置を止めるスイッチになっている」


「すぐに目が覚めるのか?」


「いや。冷却が止まるだけだ。輸液を入れ替え、凍った肉体が機能を回復するまでに少しかかる。個人差はあるが約七十時間だ」


「三日か。でも確実に目が覚めるんだな?」


「そうだ」



 冬眠者の健康状態は常にモニターされ、特筆すべき異常は見られない。

 カプセル内部では擬似的な重力力場が発生し、眠りに就いた時と同等の筋肉量を保持している。彼女が目を覚ませば、すぐに動くことができる。



「流、お前も起きてからすぐに走り出すことができただろう?」


「ああ、少しふらついた程度だ。なるほどな……」



 流が納得を呟いてから、一拍間が挟まれ、コネクターは訊ねた。



「彼女を起こすのか?」


「だったら何だ?」


「それはやめて欲しい」


「何で? 理由を言えよ。はっきりと」


「……」


「要求に逆らうのか?」


「……流、お前にはそう映らないかも知れないが、我々は現状で既に混乱状態に陥っているんだ。あえて調査のためだと話しているけど、実際事態を受け入れる時間を設けたいだけなんだと思う」


「……ふん、そんなことだろうと思ったぜ」



 それはほとんど泣き言だった。流だけで手一杯。問題を先送りにするので精一杯。問題に対応する方法はこれから考える。だから余計なことはしないで欲しい、と。

 そんな言い分を聞き入れてやれるほど、流は優しいつもりはない。



「結局お前らは、俺一人に不利益を押し付けてるだけ。だからやってんだよ」



 コネクターの問題処理能力は低い。優先順位を入れ替えて対処するという当たり前の行動を選択できない。次から次に問題を起こしてやれば、いずれ取り返しのつかなくなる前に、強硬手段に出ざるを得なくなる。

 人間の社会でも良く見られる手法だ。彼らが人間を模倣するというのなら、十分に可能性はある。


 流はそう考えた。


 コネクターは否定する。



「我々は一度見定めた道筋通りに事を運ぶ。問題が同時多発的に起これば処理時間が遅くなって、それだけ対処が遅れに遅れるだけ。さっきお前が言っていたじゃないか、コネクターは欠陥品だって。……俺もその通りだと思う」


「……」



 ずっと平坦だった声に自虐が入り混じったのを聞いて、流は『ゆりかご』へ伸ばしかけていた手を止めた。

 考え直したわけではない。ただ、少し気になった。流の意識を模倣したこのコネクターは、他と比べて考え方に人間味が混じっている気がする。



「そもそも彼女を起こしてどうなる? この『都市』のシステムを話して何になる? 二人で協力してすべてのコネクター計画を破壊するつもりか?」


「それもいいかも知れないな」


「流、自分のことを振り返ってみろ。ある日突然叩き起こされ、絶望的な状況を突き付けられたお前は今どうなってる? 彼女を起こせばその矛先はお前に向くんだぞ?」



 それは見過ごせない懸念要素だった。


 アンドロイドと人間ならば人間の方が優位だ。アンドロイドがいくら壊されたところで容易に替えは利く。


 では、人間同士が争えばどうなる?



「戦争という言葉は既に人類が遠い昔に放棄したもののはずだ。その理由をよく考えてくれ」


「……機械風情がべらべらと道徳観並べ立てやがって。くそ……」



 流は唸るように吐き捨てて、伸ばしていた指先をひっこめた。女性に背を向けて、ずかずかとリビングを出て行く。

 暗い廊下にコネクターの音声が反響する。



「分かってくれたのか、流?」



 問いかけに、流は「違う」と即座に否定した。



「ただ少し思い直しただけだ」



 コネクターの言う通り、こんな見ず知らずの女性を起こしたところで意味はない。

 彼女は混乱し、泣き叫び、流を突き飛ばして夫に縋りつくだろう。そんなのはつまらない。


 いずれにせよ騒ぎになる、取り返しのつかないことを仕出かそうとしている。どうせ起こすのならば……。

 

 

「コネクター、叶野美月はどこで眠っているのか教えてくれ」

 

 


 

☆  ☆  ☆


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