8 事の顛末
「でもお前ら、学習はできるんだろ?」
流は考察を続ける。
先の警官とのやり取りを踏まえて、入口の警備員は流を警戒していた。危険人物と見做し、テーザーガンを扱う許可は出さなかった。
だが、想像力が破綻しているせいでその先の予測がまるで足りていない。流が今こうしていられることが、何よりもその仮説を裏付ける。
「警官に喧嘩を売って、腕壊して武器奪い取るような奴だぞ。それをこうも簡単に工場の中へ入れるか、普通?」
拘束されないのがそもそもおかしい。自由に歩き回っていることが異常だ。けれど、アンドロイドが支配する今の『都市』ではそれがまかり通る。
彼らは起こった事実にしか対応しない。そうすることしかできないのだ。
「こんなこと考えもしなかっただろ。やっぱりお前ら粗悪品だよ。人間ってやつを一割程度も理解できてないんだ」
「……」
押し黙るコネクターに、流は詰問を飛ばす。
「教えろコネクター。お前らがそんなにも欠陥品である事実を知っている奴はいたのか?」
人工冬眠計画をコネクター計画へとすり替えた人物はどこの誰なのか。顔も見たことのないその人物に、流は途方もない怒りを覚えた。
不老不死などという見果てぬ夢を見ようとも、コネクターがこんな有様では何一つ前に進むことはない。閉じられた輪の中を延々と回り続けているだけだ。
「そいつは、どうしてこんな杜撰な計画を推し進めたんだよ?」
コネクターは、答える。
「末端関係者まで含めると数百人規模に膨らむが、秘密裏に事を進めていた研究チームに所属していたのは五人だ。その他、有力な出資者とその身内の人間たち。彼らは事実上『都市』を裏からコントロールし、コネクター計画の中身を熟知していたと思う」
「そいつらは今どこで何をしている?」
「全員死んでいる」
一瞬、真っ白な無音の中に取り残された気がした。
「……何だと?」
「全員死んだ。死亡確認ができていない奴もいるが、まあ生きてはいないだろう」
「……」
流はしばし口を閉ざし、工場内の雑多な音に身を委ねて、雑に思考を巡らせた。
だが、やはり答えは出ない。考えつくはずがない。
「何があったんだ……。そいつらは一体、俺たちを騙して何がしたかったんだよ?」
コネクターの答えは、非常にシンプルだった。
「我々にも分からない。彼らを観察した記録が残っていないから、何が起きたか誰にも分からない」
そう前置きした後に語られるのは、事が起こる前の経緯だ。
『都市』において、彼らこそが本来の意味での被験者だった。
『都市』の人間すべてが眠りに就いたのち、彼らは動き始めた。人工冬眠計画の本来の趣旨に則って、機械の身体に人間の意識を持たせようとしたのだ。
しかし、それは不可能であるとの結論が既に出されていた。そこで、彼らは限りなく人体を削り、機械へと代替していった。
腕を義手に変え、足を義足に変え、内臓を取り替えていく。結果、脳と脳幹の一部を残し、それ以外の部位を機械化することに成功した。
その上で彼らは一連の手術方式を組み込んだ医療装置を作り出し、自らの意志で肉体改造手術に臨み、そして失敗した。
それが事の顛末だ。
「我々が起動した時には既に、彼らは変わり果てた姿だった。死体の状況とメインコンピューターに残された監視カメラの映像から推測するに、大半の被験者が機械化後に意識が覚醒せず原因不明の昏睡に陥り、そのまま腐敗。機械の身体で目覚めた者も、術後まもなく拒絶反応に襲われ、為す術なく死んでいった」
「拒絶反応?」
人体の機械化で、最も慎重になるのは神経接続部分だ。そこの接続がうまくいかなければ肉体を動かすことができず、備えた機能は失われ、稼働中に行うべき処理は正しく行われない。
そう、例えば排熱だ。
「解剖の結果、唯一残した生身の部分が焼け焦げていた。おそらく、動力源の熱暴走か何かだと思う。いずれにしても、彼らが術後早々に死亡したのは僥倖だった」
「どうして?」
「計画の失敗により絶望した彼らがいたずらに騒ぎ立てれば、『都市』で眠る冬眠者に危害が及んでいただろう」
それは『都市』の崩壊を意味していた。
幸いにも、混乱が収まる頃まで生存していたのは三名。うち、研究チーム所属だった二人は隔離施設に籠り、失敗した原因を探り打開策を打ち出すべく研究を続けた。
「研究のための施設はあらかじめ用意されていたんだ。彼らが機械化により長寿を得ようとした本来の目的は、あくまでも研究の続行だった」
「機械に人間の意識を移すための研究、か? それじゃあそいつらは、」
「ああ。あくまでも人類の夢を実現させるために行動していたはずだ。すべて憶測に過ぎないがな。その後、両名ともに隔離施設の中で死んだことを確認している」
「……最後の一人は?」
「『都市』の外へ出て行った。それきりだ」
「外へ? 何のために?」
「彼が何を考えていたのか、その後どうなったのか、我々には分からない。確認の術がないからな」
「……」
事の起こりすべてを聞き、流は閉口する。
少し、分かってきた。『コネクター計画』は『人工冬眠計画』の前段階として位置づけられていたのだ。
いずれ、不可能を可能にするという展望ありきの、無謀な時間稼ぎ。故にこんなにも歪で、脆く、不確かな状態で実行され、放置されてしまった。
そして、一体何の冗談か。そんな状態のまま今日まで破綻することなく続いている。
奇跡などではない、これは正しく悪夢だ。そうとしか思えなかった。
「道理で穴だらけなわけだ……」
流は苦虫を噛み潰した顔で、先の警官のことを思い返す。
あの時、流も興奮気味で攻撃的だった。とはいえ、まさかあんなにも簡単に壊すことができるとは思いもしなかった。
組み合って分かったことだが、アンドロイドは人並みのパワーしか持ち合わせていない。遵守すべき人間上位の理念に従い、その機能には制限が設けられている。
「……ってことは、だ」
不意に、流は口角を吊り上げた。
頭の片隅にあった仮説に対する確信を得たのだ。
「アンドロイドが相手だったとしても、俺の力で簡単に壊せるな」




