7 想像力の限界
思えば、最初からおかしかった。
マンションに置かれていたのは、ごく一般的な家具、家電、調度品の数々。購入したのは流ではなくコネクターだ。アンドロイドである彼が、果たしてそれらを必要とするだろうか。
流が今着ているジャージ。昨日袋を開いて着衣した時点で新品そのものだった。体育の授業時、コネクターはジャージを使用していなかった。なのに、当たり前のようにロッカーに用意してあった。
それは何故か。
「自動販売機の件もそうだ。アンドロイドが飲むことのないコーヒーがどうして普通に売っているんだ? あれも最近作られた物のはずだ。じゃなければ俺が飲めるはずがない」
そして最も奇妙なのは、重治が教室で発したひと言。
「俺がロッカーを開けようとした時、あいつは言った。手首の携帯端末を使えって。コネクターは手首にそんなもん着けていないのに」
必要のないものすら、あると認識している。あたかもそこにあるかのように振る舞っている。あまりにちぐはぐだった。
今この『都市』を闊歩するのはアンドロイドであるはずなのに、『都市』に溢れているのは人間が必要とするものばかり。食料品、日用品、衣類、電化製品。おおよそ目にしてきた物すべて、流が眠りに就いた当時とあまり大差ない。
それはつまり、
「そうだ。我々コネクターが模倣した人格の意識に倣い、当時の状態を保ち続けている」
食品工場で新鮮な缶コーヒーが造られ、運搬会社がそれを運んで、自動販売機に補充する。時に機械整備士が販売機をメンテナンスし、場合によっては新しいものと交換する。
人間が行ってきた社会の営みが、コネクターの手によって模倣され、再現される。
「そうして我々は続いてきた。人間がそれを望んだからだ」
アンドロイドは多くの物資を必要としない。しかし模倣された人格は違った。
「人間の意識は、記憶は、それを求めた。物に溢れ、労働があり、人との交流があることを欲した。己の役割を持つこと、そこから生まれる価値観を人間は捨てなかった。あるべき姿として受け入れた」
「それは分かるけどな、どうしてそんな手間をかける? お前らなら、模倣した人格に影響を与えず記憶を捏造するなんて容易くできるんじゃないのか?」
現に、『コネクター計画』はそれを主として動いている。冬眠者が眠りに就いている間、コネクターに日常を過ごさせ、映像を記録し、記憶として植えつける。紛うことなき記憶の捏造だ。
それができて何故? 流は率直に問う。
コネクターは「分からない」と首を振る。「そうするしかなかったんだと思う」と続けた。
「我々が受けた命令は、人間たちの取捨選択を模倣した結果を記録することと、最後に冬眠者に植えつけること。それ以外の方法を仮に思いついたとして、実践する理由がない」
理由がないからやらなかった。やっていないから、やれるかどうか分からない。
その答えを聞いて、流は吐息交じりに「……やっぱりな」と呟いた。
「よく分かったよ。お前ら本当に大したことないんだな」
流が非難したのは外見についてではなく、中身の方だ。コネクターには決定的に欠けているものがある。
「お前ら人間に比べて考える力が、想像力がなさすぎる」
結局アンドロイドがこの『都市』で行ってきたのは、言葉通り、単なる模倣でしかないのだ。人間がああしているこうしている、その理由をひとつも考えずにただただ模倣し続けて、真似し続ける。それだけを目的にして、動いてきた。
だから、自分たちで考える力が足りていない。いくら自我の存在を主張しようと、取捨選択の範囲が圧倒的に狭すぎた。
「なあ。聞いてもいいか? どうして俺には子供がいないんだ?」
その最たるものが、これだ。
繰り返す記憶の中で流は何度も結婚している。妻となる女性との間に愛を育んできた。しかし、どれだけ記憶を掘り起こそうと、子供がいたという思い出がひと欠片も存在していない。
「どうして俺たちは―――いいや、お前らは『子供』を作らなかったんだ? その方が自然じゃないのか?」
男女がいて、成長があり、結婚することができる。ならば、『子供』は設定上存在すべきではないのか。人間の模倣を続けてきたコネクターは、何故『子供』を作らなかったのか。
答えは簡単だ、作れなかったから。
「『子供』がどういう姿形をして、どういう生き方をするのか、決めることができなかった。そいつは最初から『都市』に存在しないから」
模倣できないものをコネクターは作り出さない。想像して、生み出すという選択を取らない。
先のコネクターの発言がすべてを物語る。そうするしかなかったのだ。
裏を返せば、その程度の能力しか持ち合わせていない。 人間を模倣する上でそれは、致命的ともいえる欠陥だった。