6 拍子抜け
電子制御の鉄扉の認証パネルに携帯端末をかざすと、分厚い扉は滑るように左右に分かれて道を開けた。
中に入ってすぐ、大型機械が発するいくつもの駆動音に包まれる。
扉の向こうは、パーテンションで区切られただけのだだっ広いスペースだった。
野球場よりも広い場所に所狭しと機械が設置され、その間を縫うように白帽を被ったアンドロイドが行き来している。
息が詰まりそうなほど雑多な光景だが、見た目よりずっと静かだ。
優れた消音技術のおかげで、携帯端末から流れるコネクターの声は普通に耳に届く。
「流、今何を考えている?」
「昨日はお見通しだって言ってなかったか?」
「訂正するから教えてくれ。警備員とのやり取りで一体何を確認したんだ?」
流は「そこは分かるんだな」と口の中で呟き、コネクターの質問に答える。
「大したことじゃない。お前らの、コネクターの能力っていうか、性能っていうか。そういうのを見てみたかった。ここにきた理由もだいたいはそれだ」
流は工場内をぐるりと見渡し、表情を酷く曇らせた。
「何か拍子抜けした、お前らに。何だよこれ……」
流は、足元が揺れるような心境で、胸中に溢れ出た落胆を言葉に変えた。
工場内の大型機械はコンベアやパイプで密に連絡され、一糸乱れることなく働き続ける。
一番奥で原材料の鉄や銅を製錬し、薄く板状に伸ばして細かく裁断。プレス機で各パーツの形に鋳造。それを溶接して繋ぎ合わせ、アンドロイドの骨格が形成。瞬時に研磨・加工が行われる。
また、パーテーションで区切られた別の工程では、プリント基板の配線上に抵抗やコンデンサ、ICチップを差し入れ、半田付け。
それを何層にも重ねて多層回路を組み、専用の機械で動作チェックを受ける。
不良が出れば直したりせず、即刻粉砕機に放り込み、一度溶かして、固めて、再利用。
縦横無尽に入り組んだコンベア上を行きかい、やがて乱流めいた部品の流れは真ん中で合流。
骨格のみの手足に無数の配線を這わせ、精密機器を組みつけ、最後に人工皮膚が被せられて、完成。
搬入口から工場外部に向かって伸びるローラーコンベアに乗せられる。
人の手を一切介さない、全自動システムによって量産されていくアンドロイド。
その一体一体が出来上がっていく様を最初から最後まで眺め、流は薄く口を開く。
「お前ら本当にベルトの上だけで作られてるのかよ……。何の専門知識がなくても分かるぞ、子供の玩具レベルだ」
それくらい単純めいた作りとしか言いようがなかった。
アンドロイドが量産されたものであることは周知の事実だが、しかし失望感が流の胸中を満たす。
目の前で造られているものは、とてもではないが、人類の未来を託すことのできる代物ではない。
もちろん高度に編み込まれた電子回路を解読する知識など持ち合わせはいないが、しかし。
これはない、と心は断ずる。人類の英知を結集させて生み出されたロボットが、こんなものであっていいはずがない、と。
「確かに簡単な作りにはなっている。けれど、それは代替可能な運用に重きを置いているためだ」
「代替運用?」
「ここを含め、各工場で生産されたアンドロイドはメンテナンス用として収納施設に一度保管され、稼働機体の故障時や、定期的なメンテナンス時に容易に交換を行えるようになっている。そのための量産タイプだ」
すべては不測の事態に備えるためだ、とコネクターは言う。
量産可能な外装部分は、さほど重要視されないのだと。
肝心の中身の部分は、すべてが〝意識の核〟で共有化されているため、機体を交換後にそこからのデータを送信すれば如何様にでも補填可能だ。
「あらゆる状況に対応し、効率的な運用を実現するために、あえて簡素な造りを採用したんだ。中身は科学技術の英知を結集させた最高水準のアンドロイドであることに変わりない」
「ふん……」
分からなくはないが、流はどこかしっくりこない様子で顎先に触れる。
「その割に、『都市』の様子は俺が眠りに就いた頃と何も変わってないじゃないか」
口にしたのは、ここに来るまでずっと頭の片隅に引っかかっていた小さな疑問だ。
「少し気づいたことがある。俺のマンションの部屋には確か、物が置かれていた。タンスとか、テレビとか、布団とか、そういうのだ。まさか何百年間もそのまんまってわけじゃないだろ?」
「取り決められた耐久年数に応じて定期的に取り換えている」
「ってことはそれ作ってる工場があって、それを売ってる店もあるわけだ?」
コネクターの返答を受け、流は心底分からないと表情をしかめる。
「一体何のために?」