5 生産工場
『都市』に点在するアンドロイド生産工場の一つへ、流はやって来た。
真四角の白い建物だ。壁面に赤いペンキで[P9]と大きく書かれている。
流の持つ学生階級では、工場の入口ゲートを開けることはできない。
素直にゲートバーの下をくぐり、通り抜けることにする。
「ん? 何だ、君は。ちょ、ちょっと待ちなさい!」
詰所で暇を持て余していた警備員に気付かれ、当然の如く呼び止められた。
慌てた様子で窓口から身を乗り出したのは、警備服を模した淡い水色の外装パーツを身に着けたアンドロイド。
警告のつもりか、左手の手首から先を警棒に変え、流に詰め寄った。
「君は学生かな? 学校はどうした? ここに何の用があって来たんだ?」
「うるせえ」
聞かれるなり、流は大層面倒くさそうに嘆息した。毎度このやり取りをやるのはごめんこうむる。
「うる―――、なんだって?」
「機械の人格と代われって言ってんだよ、話が進まねえだろ」
流が最後まで言い終わるより早く、警備員は自ら機能停止に陥り、がっくんと頭部が落ちる。
数秒のタイムラグ。そして、ゆっくりと上げられる面。ガラス玉のように無機質な色を湛えた瞳が流を映し出す。
これにもだいぶ慣れてきた。
「鈴白流。その言動は模倣人格に多大な困惑を与えるため、控えてもらいたい」
「どこで何しようが自由だとか抜かしていたくせに。勝手言いやがるぜ、ったく」
流はぶつくさ文句を言いつつ、すぐに「まあいい」と切り替えた。
「工場に入れろ」
「入れることはできない」
「何で?」
「身分が学生である鈴白流では、この工場への立ち入りを容認できない」
テーザーガンを扱えなかったのと同じ理由だ。
学生は都立図書館や資料館、スポーツ施設などを優先的に利用できるが、勉学に関わりのない場所への立ち入りは制限される。
生産工場へ入るためには、それに準じた職歴を持つか、それ相応の技術者でなければならない。
「だったら、俺の身分証のグレードを引き上げてくれ。俺はもう何回も学校を卒業して働いているそうじゃないか。学生として扱う必要ないだろ?」
「鈴白流が生産工場の職員であったという記録は存在しない」
「けどお前ら、俺の行動を極力制限しないそうじゃないか。俺が工場の中に入るのは、どうしても許可できないってレベルの話になるのか?」
「……少し待って欲しい」
三十秒の空白を挟み、コネクターは結論を出した。
「鈴白流の身分証の等級を最大限引き上げた。どこにでも自由に出入りが可能となる」
「どこにでも? ……っていうのは、つまり、どの程度のことを言うんだ?」
「どこにでも、だ」
淡々と繰り返される短い返答。
流は、顔をしかめるしかない。
「……そのレベルだと、他はどうなるんだ? 例えば、テーザーガンは撃てるのか?」
「不可能だ。テーザーガンを持つ権限は、警察関係者として仕事に従事する者にのみ許可される」
「そこまでグレードを引き上げてくれって言ったら?」
「それは容認できない。鈴白流がテーザーガンを手に入れた結果、我々を含め、多くの者に危害が及ぶ可能性が非常に高い」
「……そうか。分かった。じゃあ遠慮なく入らせてもらうぞ」
去り際、警備員の中で人格が再度入れ替わる。
「どうぞお気をつけて」
彼はまるで何事もなく仕事を全うしたかのように、朗らかな声で流を見送った。
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